第8話 不遇の王子は死んでもいいのか

「お前の兄はエレノア嬢を国外追放にしたかったのか?」

 私が、うつ向いて逃げ出すことを考えていると、不意にキラキラは核心をついて来た。


「え?」

「皆、あのフェリシアに骨抜きにされていたのに、目もくれてなかったし。修道院送りが妥当かと思ったが、結論は国外追放だった。気づかれずにうまく誘導したんだろ。くだらない茶番だと思っていたが面白かった」

 鋭すぎ。

 あなたもまさか私と同じ転生者じゃないよね。


 うーん。

 なぜなのか理由をこたえるわけにはいかない。

 何と答えるのが正解?


 ✳︎



「もしかして、エレノア様と一緒に国外追放になりたかったですか?」

 考えた末、反則だけど私は質問に質問を返してみた。


「は?」

 あー、間違いなくこれは不正解だ、けれどどうしても確認したかった。


 だって、私は彼があと数年で死んでしまう事を知っている。そして死ぬ間際、「一度でいいから広い世界を見たかった」と言い残すのだ。

 それは、モブの死ぬ間際に囁かれる定番な言葉で、作者としては何の意味もなかったに違いない。


 でも、目の前の彼は現実に存在する。

 こんなにキラキラして輝いているのに、ずっと王宮の奥で、いない者として閉じ込められているなんて可哀想すぎ。

 彼を今、推し認定することはできないけど、私は悪役令嬢なので鳥かごの鳥は逃がしてしまっていいだろうか。





「僕がこの国から逃げ出したいように見える?」

「……」

 逃げ出したいようには見えない、どちらかと言えば意地になって逃げてないように感じる。



「確かに公爵家なら可能かもな、頼んでくれるのかい?」

 失礼な質問に怒っているのか、呆れているのか表情からはわからない。ただ、冷たいだけで心が存在していないような返事に、彼のあきらめが見えた気がした。


「ご希望なら」

「見返りは? 僕が君にあげられるものはないと思うけど」

 ついさっきまで、居心地が悪いなりに打ち解けられるんじゃないかと思えた空気は嘘のようになくなリ、声からは全ての感情が消えた。


 思った以上に禁句だったようだ。



「見返りは今のところ思いつかないです」

「ふーん。じゃあ同情?」

 同情? 

 その言葉を発した時、更に周りの空気が凍り付いた。

「そうです」といえば彼のプライドを傷つけるだろうし、少しでも同意のしぐさをしてしまえばもう二度と話しかけてはくれないと思うと、身動きできない。


「どうやら君は思った以上に僕を知っているみたいだね」

 イヤイヤそんなことないよ。

 サージェ様やヒロインちゃんのことは好きな食べ物から嫌いな食べ物、癖まで網羅してるっけど、キラキラのことは会うまで忘れていたし、不遇だっていう記憶しかない。

 けれど、何故か実際に助けたいと思ったのは目の前の彼だ。


 ん? 助けたい? 私が……キラキラを?

 なんで? 

 あれほど読み込んだサージェ様やヒロインちゃんをこれから死なない程度にバッドエンドに導いて行こうと思っている私が、直接破滅とは関係ないモブキャラを何で助けないとならないんだろう。


 もう二度と話さないで、このまま彼の運命に手出ししないのが


 正解なんだけど……。お茶もいただいちゃったし、袖振り合うもの縁っていうし。知っていて何もしないなんて負けを認めるようで目覚めが悪いし。

 なにより、思いっきりフラグを拾ってしまった気がする。



「今のところ同情かもしれません」

 ガタンとキラキラは無言で立ち上がると、後ろを向き歩き去ってしまう。


「まって、それでも助けたいと思っちゃったみたいです。同情するならお金をって言うのが世間の常識なんですが、お金はいらないですよね。だから、国外で平和に暮らせるように根回しします。それじゃ駄目ですか?」


 絶対零度の瞳で振り返ったキラキラが、一瞬ギョッとした顔をしたかと思うと、フッと不敵に笑った気がした。


 あああああ、やっぱりこの憎たらしい笑顔がデレデレになるのが見たい。



「同情か……。そんな感情向けられてると思っただけでムカムカしてた」

 まあ、そうですよね。


「たいていの大人は僕が長くは生きられないだろうと考えている。だからかわいそうといいながら手は差し伸べてこない、いない者として扱うのが無難だと思っているんだ」

 そう、王ですらこの金色の瞳の力を恐れている。結局その力は目覚める前に毒殺されてしまうけれど。


「助けたいなどと言われるのは初めてだ」

「そうなの? これだけの美貌と黄金の瞳があれば今までにすり寄ってくる貴族もいただろうに。それほどまでにみんな黄金の瞳が怖いの?」

「驚いたな。もしかして、君はこの瞳の力も知っているのか?」

「えっと、ちょっとだけ」

 あれ? また失言しちゃった? でも黄金の瞳のことは秘密じゃないよね。


「黄金の瞳は先祖の血をより濃く受け継いでいると言われているけど、ここ何代もこの瞳の王族は生まれてきていないし、力のことを正確に知るものはほとんどいない。宰相はそんなことまで君に話したの?」

 言い終わった瞬間、キラキラは私の右腕をぎゅっと掴み、身をかがめて顔を覗きこんできた。


 いやぁぁぁぁぁ。

 キラキラが顔を覗き込んできた!

 これって、おでこコツンしていいの?


 イヤイヤいや、落ち着け私。

 今はシリアスな会話中。

 顔を引き締めろ!


「何?」

 いきなりのことで驚いたが、私はその手を振り払わなかった。逃げない代わりに真っ直ぐに瞳を見返す。


「同情して助けてくれるって言うならなら、金も国外での生活もいらない」

「うーん、じゃあ解毒剤?」

 フッと、今度こそ間違いなくキラキラはほほ笑んで掴んでいた私の腕をそっと離した。


「君が僕の味方だっていう確証が欲しい」


 不遇の王子。感情のない冷徹王子。

 私を見つめる王子はどちらの言葉も似つかわしくないように感じた。


 この人モブだけど。推し決定です。


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