閑話 身代わり人生をしていたらチートになってた。


「ちょっと、またあんた一人できたの? 時の番人はどうしたのよ」

 つい今しがた、医師が「ご臨終です」と申し訳なさそうに宣告してから、私はの身体から解放された。

 すすり泣く声が聞こえる病室の端っこで、真っ黒いマントを深くかぶった死神の脇腹を肘でつつく。


「さあ、どこでしょうね。私はとは全く無関係でいたいので知りません。ただ、命の蝋燭ろうそくが消えそうなのは知っているはずですから、もう少ししたら現れるんじゃないですか?」

 呑気に首を傾けて、興味なさそうにベットの上のの死体を見る。


「あの人って言い方おかしくない? そもそもあんたもあいつも人じゃないんだから」

 私が訂正すると、死神はちょっと眉を上げたが何も反論しなかった。こいつは何故か、会話の端々に自分が人間のくくりのようにしゃべる。だがそれが違和感でしかないことを分かっていない。


「それって次の身代わり先?」

 死神の胸の前に一本の真新しい蝋燭が青白く燃えながら浮かんでいる。

 今度の身代わりをする人物はずいぶん長生きのようだ。


「まあ、そんなところです。説明を聞かずに次に行きます?」

「うーん」と唸って、「もうちょっとここにいるわ」と答えた。

 身代わりの魂として入っていた身体に、すがりついて泣く彼女の両親が、大昔の自分と重なって胸が締め付けられる。



「そうですか、では、次の身代わり先の説明を……」

「ちょっと待ってよ。話はあとで聞くから、ほんのちょっとでいいから彼女の死をしのぼうよ」

「偲ぶ……それ意味あります?」

 死神は不思議そうに私に尋ねた。私がこんなことを言うのが心底わからないという顔で。


「あるでしょ。少なくとも私は短かったけど彼女の人生の身代わりを成し遂げたんだから」

「成し遂げたねぇ。でも、いつも早く寿命になれって言ってませんでしたっけ」

「ぐっ……。だって、仕方ないじゃない。彼女の抜け殻の身体に入った時にはもう病気で入院生活だったのよ。本人が寿命を放棄しちゃうくらい辛い治療を受けてたんだもの。愚痴くらい言わせてよ」


「痛み感じませんよね」

 あちこちの世界で、身代わりをするたびにその人物の記憶とをもらい受けて来たので、今では治癒能力も使えるようになっていた。

 今回はある程度、自分自身に治癒魔法をかけていたので実際に痛みは感じない。


「まあね。でも、痛みを感じなくたって、病人は辛いのよ。それに、ここまでチートになるまでには、それこそ血を吐いてきたし。最近やっと誰の身代わりになっても人生楽しめるようにったんだから」

 本当にここまで長かったよ。


「偲ぶって意味をご存じですか? 過ぎ去った物事や遠く離れている人・所などを懐かしい気持ちで思い出す。ということです。あなた朝倉幸あさくらさちさんに会ったこと無いですよね」


「確かに、朝倉幸の魂には会ったこと無いけど、両親の愛情とか友達とかそういう人たちの思い出の中の幸には会ったよ」

 彼女は絶望しすぎてしまったのだ。ほんのちょっと周りの愛情に気が付けば、寿命をまっとうすることができたのに。


 幸は本当の寿命より数年早く自分の身体から抜け出てしまった。本当なら身体から魂が抜けるのは死んだ時だけれど、稀に少しの衝撃やきっかけで起きることもある。彼女は自分の意志で身体に戻らなかった。


 死神にとっては見過ごせない事案である。手を尽くしても、本人の意志が固い場合、無理に魂を身体に戻すことはしない。死ぬ恐怖が薄れると、身体を犠牲にして自殺したりするからだ。

 身体の持ち主の魂が抜けてしまったあと、命の蝋燭が消えるときまでの身代わり。それが「私」だった。



「今度の転生はご褒美ですよ」

「ご褒美? あなたの好きなゲームのお話そっくりです。どうぞ楽しんでください」

 笑顔で手を振る死神に、なんだか嫌な予感がした。


「あ、そうそう。ご褒美なので幼少期から転生させてあげました。勿論今までのチートもそのままですから」

 そのまま意識が暗闇に飲み込まれる。

 次目覚める時は、いったい誰なんだろう。


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