第6話 断罪したのは誰でしょう?

「殿下、残念ですがバゼロ公爵家を巻き込むことはおすすめしません。なんといっても王妃様のご親戚筋。そこの本家の娘が処刑とあっては一族の衰退は否めません。後ろ盾は政治を円滑に運ぶために重要です」

 兄様は諭すようにサージェ殿下に微笑みかけた。

 ——微笑みかけたのよね?

 目の奥でバカにしているのが透けて見えるけど、それを感じられればとっくに側近から外されているだろうし。


「そ、そうだな。致し方ない。国外追放と処す」

 そもそもエレア様との婚約は第一王子であるサージェ殿下が皇太子として指名されるためのものである。正妃の子である第一王子が後ろ盾を必要とすること自体押して知るべきことなのだが、果たしてそれに本人気が付いているのだろうか?

 わかっていれば簡単にバゼロ公爵家との婚約破棄を口にするはずはない。


「寛大なご決断です。エレノア様もそれでよろしいですね」

 エレノア様は兄様をすがるような視線で見上げたが、それ以上は口を開かなかった。どうやらこちらは家名がかかると状況がきちんと理解できるらしい。


「ふん、エレノアのおかげで茶会が台無しだ。皆の者、席を移すぞ。カイル今回のことはバゼロ公爵家と父上にお前から報告しておけ」

「かしこまりました」


 兄様は深々と頭を下げると、天使のような笑顔で「皆さん、本日は何といっても慶事です。くれぐれも殿に傷がつかぬよう他言無用でお願いします」とくぎを刺す。


 殿下は満足そうにうなずきフェリシアの腰を抱いたまま取り巻き達とさっさと王宮に戻っていった。事の顛末を見守っていた貴族たちもあわてて席を立ち、複雑な面持ちで殿下を追いかける。たぶん心の中では今日の出来事を親にどう報告するか。これから先、誰に付くのが最良か考えを巡らせる事だろう。



 何だか複雑な気分だ。

「薔薇の乙女に花冠を」は身分差を乗り越えて結婚するという純愛小説で、王子様は数々の難題を振り切って愛に生きる。


 悪役令嬢を断罪し平民出のヒロインを選ぶなんてロマンチック! と思っていたけど、あの名台詞めいぜりふ「エレノア、君との婚約を破棄する!」を聞いた時、あんなに楽しみにしていたワクワクシーンが一気に色褪せて見えた。


 目の前で聞けば「浮気男がふざけるな」である。

「処刑」といわれ真っ青になった時のエレノア様の顔には、兄様が国外追放にしてくれると思っていても胸が痛んだ。


 本当は断罪の余韻に浸っているはずだったのに、ストーリー最大の見せ場を見たという充実感が湧いてこない。

 罪悪感でいっぱいだし、これから先純粋にこの世界を小説として楽しめないことを自覚した。



 ✳︎



 結果として、今日の春バラ茶会は殿下とフェリシア様がエレノア様の罪を暴き出し断罪したというより、兄様がエレノア様の失態をついてバゼロ公爵家を陥れたような形で貴族たちに伝わりそうだ。


 うちと同じ公爵家でありながら将来の王妃を出せば、4大公爵家の中では一歩リードだ。それを阻止し、バゼロ公爵家にとって最も不名誉な娘の「処刑」を国外追放にして恩まで売った。どこから計算されていたかわからないが、兄様の実力は貴族の認めるところとなるだろう。


 兄様……今は間違いなくショタキャラなのに小さくてもりっぱな腹黒なんだなぁ。

 流石、私の推し第一号。順調に育ってくれている。



 すごーく重たい空気の中、残された下っ端貴族や使用人たちが、その場から動けずにいると、近衛に肩を押さえつけられ立たされているエレノア様に兄様が声をかけた。


「エレノア様、あなたは賢くならなくてはなりません。もっと広い世界を見てたくましくなってから、もう一度恋するといいですよ」

 兄様の意外すぎる言葉に忘れていたことを思い出す。

 そうだ、今回の国外追放はこの国と私の破滅を防ぐための作戦だったけれど、同時に悪役令嬢を破滅から救う作戦でもあったのだ。

 このままエレノア様が国内にいれば間違いなく処刑だ。だからストーリーにない国外追放にして、この国と全くかかわることなく身が立つように兄様と計画した。

 大丈夫だ。最高の断罪シーンは堪能できなかったけど、今日の計画は成功だ。そう考えて、心に刺さった棘をみないようにした。


 よし、あとは後ろで見張っている人物をなんとか丸め込むだけ。


「さあ、見世物も終わったみたいだし、ゆっくりと話をしようか」

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