第21話 ローズしごかれる
兄様と話してから数日、私はこれまでにないんじゃないかって程、おとなしく家にいた。
大人しくと言っても、ベッドでごろごろしていたわけじゃない。ダンスの練習に行儀作法。令嬢としての教育がこれでもか! というくらいつめ込められていて。
「今までさぼっていた分を取り戻せるわね」
とお母様が屈託なく微笑んでいたが、この家でお母様のこの笑顔に逆らえる人間は誰一人いない。
「お母様、だからってこれは詰め込み過ぎじゃぁ」
朝から3時間も踊りっぱなしでは、文句も言いたくなる。
「カイルが、ローズが退屈しない様にって言うから……仕方ないわね。午後からはお勉強はなしにしましょう」
ふふふ。とお母様は女神のように笑った。
しかし、それは午後からの地獄の幕開けだった。
なじみの外商を呼び、「最近ドレスを作っていなかったわね」の一言で採寸と終わりなきドレスの試着が始まる。
「兄様、絶対に同じ目にあわせてやる」
コルセットをめいっぱい引き締められながら私は誓った。
「下手に公爵家が動けばクレイドが国王の暗殺部隊にすぐにでも始末されかねない」
兄様が、いつになく真剣に言うから大人しくしていたのに!
こんなに締め上げられたら「私の方が先に死ぬ!」
「まだまだですわよ。お嬢様はもっと完璧になれます」
メイドが絶望的な言葉で応援してくれるが、私は耐えきれず「お母様助けてください」と叫んだ。
*
それから数日後、やっと兄様が部屋に尋ねてきた。
「ローズずいぶんやつれたんじゃないか?」
肩を揺らし笑いをこらえてカイルが長い足を組んでソファーに座った。
この数日を思い出し、私はじっとりとした目つきで兄様を睨む。
「こってりお母様に絞られました」
「そうか。それでお母様はお肌がつやつやだったんだね」
母上は私を着飾るのに生きがいを感じるそうだ。
動くお人形とでも思っている節がある。
「レースとリボンだらけのドレスは勘弁してほしいんですが、今しか着れないからって、今回もフリフリです」
「それは楽しみだね」
「……」
駄目だ。今は精神的に疲れていて、兄様に反論で勝てる気がしない。
「それで、なにか進展はありましたか?」
「相変わらず、王妃とマクサ侯爵の不正の証拠はあがって来ていない。国王にも報告はしているが、やはりこのままでは王妃を追及するのは難しいだろうね」
「そうですか」
仮にも自分の妻と息子だ。
面倒ごとを避けたいのかもしれない。
「王妃の不正を知っているのに、きちんと読み込んでいないせいで追及できないなんて悔しいです」
王妃は本来なら貧民街に当てられる公共事業の予算をマクサ侯爵と使い込んでいるのだ。
続編の最後には具体的な事業内容が明記されておらず、多くの孤児や貧しいものが死んだとしか書かれていない。
「みんなが苦しまないうちに、解決できたらと思ったのにやっぱりストーリー通りの出来事が起こらないと断罪できないんですね」
「ローズはこの世界で起きる、悪い出来事すべて自分のせいのように話すけど、それは違う。何もかも自分で阻止しすることなんてできない」
言いたいことはわかる。
ここは小説の世界じゃないし、ヒロインも悪役令嬢も本当に生きている人間だ。そして今の私は子供。
わかっているけれど、やっぱりシナリオを知っているということは何かしらこの世界でやらなければならない役割があるからだと思う。
「ローズには、ローズが幸せになるために生きて欲しい。そのために僕は協力すると決めたんだから」
「お兄様……ありがとうございます」
「もう少し時間が掛かるだろうけど、王妃達のことはいずれ必ず断罪するから。ローズはくれぐれも危険なことはしないって約束して。何かあったら誰のことも助けずに逃げて欲しい」
「大丈夫です。忘れてるかもしれませんが、私は強いです」
なにせ、私は世界を滅ぼしてしまうほどの魔力持ちの設定だし。まだまだ死ぬ設定じゃない。
「確かに、僕より強いかもね。でも妹を守るのは兄の役目だから」
私は身体は子供だけど、精神的には大人だ。兄様は本当にまだ15歳なのに。
こんなことに巻き込んでしまって良心が痛むけど、やっぱり心強い。
絶対に、兄様には幸せになってもらおう。
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