第51話 街を探索する
「ローズ、僕から離れないで」
バーンズ領でもとりわけ賑わっている市場を歩いていた時、クレイドが人混みから私を庇うように腰を引き寄せる。
うっ、近いんですけど。
クレイドの胸に抱きかかえられて心臓が大きく音を立てる。
静まれ! 私の心臓。
頭がぼーっとして、鼻血が出そう。
「クレイド、私は大丈夫だから離してくれない? もしもはぐれてもお城を目指して歩くから」
「……ローズ。ほっぺたが赤いけど。もしかして照れてる?」
わぁ。なんてイケメンなセリフを言うようになったのよ。
ついこの前まで、捨てられた子犬のように私に縋っていたのに、なんなの?
「そう? クレイドは私の推し、照れるっていうかご褒美?」
推し様に。抱きしめられたら天昇しちゃうに決まってるでしょ。だがしかし、私はちょっと強がって答えた。いくら推しでもクレイドを死なせないためには対等の友人でなければならない。
頑張れ私。
「推し?」
この世界で「推し」なんて言葉はないからね。
クレイドは私の瞳をじっと見つめながら、首をかしげた。
なんとなく揶揄われているような気がする……完全に主導権をとりにきている感じ。
「応援したい人のことかな。見返りを求めない好きな人とか?」
「好きな人?」
クレイドが目を見開いて驚いている。
「えっと、好きって言っても、それは恋とか愛ってわけじゃないの。とにかく純粋な好意よ」
「友達以上だけど恋人じゃないってことだよね……もっと頑張らないとな」
何を頑張るのか知らないけど、クレイドはニィっとキラキラな笑顔で私を見ると「ここを抜けるまでちょっと我慢して、とウィンクした。
目が潰れる。
私がクレイドの腕の中であたふたと悶えていると、時計台の鐘が忙しなく鳴り響く。
バーンズ領の鐘の音は聞いたことがないけれど、止まることなく鳴り続ける鐘の音は通常とは思えなかった。
「何?」
「魔獣だ」
クレイドは短く答えると、私をヒョイとお姫様抱っこして走り出した。
「クレイド!」
「黙って、しゃべると舌を噛むよ」
そんなこと言ったって、お姫様抱っこだよ! と叫びたかったが今は感動している暇はないようだ。
所狭しと並んでいた露店も、皆いっせいに店終いすると店主はワゴンの下に身を隠す。その身の速さと言ったら、まるで訓練でもしていたようだった。
よく見ると、ワゴン全体は鉄格子に覆われている。
「ローズはこの中に入って待っていて」
大きな地下通路の前にクレイドは私を地面に下ろした。
「防空壕だ」
聞いたことがある。バーンズ領には魔獣の攻撃に備えて街の至る所に防空壕が設置されているとか。
「あなたは?」
「城壁に行く。すぐ戻るから」
「私も行く」
「ダメに決まってるだろ!」
「揉めてる暇はないでしょ。私、フローズン卿より強いから」
なおも躊躇うクレイドの手を取り私は城壁に向かって走り出した。
「大丈夫。いざとなったらいちごだっている」
今頃はお城でお昼寝しているだろうけど。
「仕方ない。絶対にそばを離れるな」
私たちは馬に乗ると、城壁を目指した。
城壁に上るとすでに戦闘が始まっている。
空から雄叫びをあげ街へと突っ込んでくる魔獣を、城壁にずらりと並んだ兵士が弓で迎え撃つ。
弓の先には魔石が使われていて、折れることなく魔獣に突き刺ささった。
よく見るとバーンズ領の兵士に混じって傭兵や魔術師までいる。
王宮魔術師だって十人にも満たないのに、城壁の上にはかなりの人数が兵士を補佐していた。
それだけではない、城内に目をやると見張り塔がいくつもあり、城壁で取りこぼした魔獣に対抗しているのだろう。
住民の素早い避難といい。長年、魔獣と戦ってきた領地だけある。
あれだけの数をわずか30分足らずで全滅させるバーンズ領は流石だ。
こんなに無敵だと言うことを、果たしてお高く止まっている中央貴族や陛下は知っているのだろうか?
無知というのは、本当に愚かだ。
まあ、それももうすぐ終わる。
「ローズ? 怪我はないか?」
今まで戦闘していたとは思えないほど、爽やかない前髪をかき上げてクレイドが走ってくると、私が怪我をしていないか点検した。
クレイドもカイルに負けず劣らず過保護ね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます