第12話 不遇の王子はあとをつけてみる クレイド目線

 その少女を見たのは、後宮の庭先だった。

 数ある後宮の中でも、ここは存在を忘れ去られた王子が暮らすだけあって、庭といっても花も植えられておらず、枯れ枝を剪定せんていする程度の手入しかされていない。

 偶然迷い込むには深すぎる場所だ。



「なぜこんな場所に?」

 迷子が誰かは心当たりがあった。

 あんなに鮮やかな赤い髪色を持ち王宮に出入りできる人間は数人しかいない。

 暗殺者じゃなければ関わらないのが原則。

 好奇心は判断を狂わす。いつもなら考えるまでもない。

 しかしダメだとわかっていたけれど、気づいたら足が勝手に追いかけていた。


 彼女は真っ赤なふわふわの髪を風になびかせて、木々の間を跳ねるように進んでいく。あまりに迷いのない足取りで、もしかしてこの宮に何度も出入りしているのだろうかと疑ってしまうほどだ。

 息をひそめてついて行くと、彼女の目の前を小さな若草色に輝く光が飛んでいることに気づく。

 !

 まさか妖精?

 今は聖女でさえ見えなくなったと言われる妖精なのか?


 走り寄って問いただしたいけれど、それはあまりにも迂闊な行動だと思い留まる。

 気づかれない様にそっと距離を縮めたが、林をぬけ、開けた庭に出ると光は消えてしまった。この先には図書館と教会、執務棟がありここまでが西の後宮となる。これ以上いくと今日は春バラ茶会が開かれている王宮につながる。

 この先に入ったからといって誰も僕を咎めるものはいないだろう。しかし、ここ何年も人が多い時に出入りしたことはない。


 どうする?


 一瞬迷ったが、彼女を追いかけた。


 *


「今日、バラ茶会に出席なさったと言うのは本当ですか?」

 いつも冷静なサマンサが部屋に入ってくるなり、心配そうに聞いて来た。

 サマンサは、母の侍女で母が亡くなってからは僕の乳母としてずっと側にいてくれる。

 本当なら、母の実家に帰した方がいいのだろうけど、敵だらけの王宮で唯一信頼できる人物を手放すことができないでいる。


「出席したわけじゃない。たまたま妖精を見つけて、あとをつけたんだ」

「まあ、妖精をご覧になられたんですか?」

「うん、はっきりと姿を見たわけじゃないけど。若草色に光るもので蝶々くらいの大きさだったよ」

 真っ赤なふわふわの少女が頭をよぎったが、サマンサにはなんとなく言えなかった。

 しかも、勢いで婚約まで申し込んでしまったなどと知ったら、サマンサが腰を抜かしてしまう。


 自分でも、なんであんなことを言ったのか呆れてしまう。

 第五王子である僕が、アルデンヌ公爵の一人娘に婚約を申し込むなんて、誰かに聞かれていれば皇太子の座を狙っていると誤解されかねない。

 そんなことを王妃に知られれば、今よりももっと暗殺者が押し寄せてくるだろう。


 彼女の兄に思いっきり否定されたが、アルデンヌ公爵が仮に「うん」と言っても、国王がそんなもめごとの種になる婚約を認めるわけないし。


 そもそも、彼女のあとをつけたり、バラ茶会の席で自らお茶を淹れたり、今日の僕は変な行動ばかりだった気がする。



「それは縁ですね」

 サマンサが両手を前に組みうるうるとした瞳で僕を見つめている。


「どうしたのサマンサ?」

「クレイド様。それは若葉の精霊です」

「若葉?」

 サマンサが精霊のことに詳しいなんて、今まで聞いたことがなかったけど。妙に自信ありげに断言する。


「お嬢様、いえ。奥様はお小さい時から精霊を見ることができました。ご実家の子爵家では昔から精霊使いと呼ばれる人間が何人もいたそうです。私もよくお話を伺いましたが、まさかお坊ちゃまがその血を受け継がれているとは大変喜ばしいです」

「へー、そんな話お母様から聞いたことなかった」

 僕の言葉に、今まで嬉しそうに話していたサマンサの顔がいっきに曇る。


「こちらでは精霊のお話は禁句ですから……」

「禁句?」

「はい、ご結婚は奥様のお美しさをお聞きになった国王からお話があったと旦那様もおっしゃられておりました」

 確かにお母様はこの国一番の美貌だったと誰もが唱える。


「しかし、こちらにお仕えするようになり、国王陛下は精霊にご興味があるのではと感じることがしばしばで」

「それがいつから禁句に?」

「お坊ちゃまがお生まれになったころでしょうか……奥様にも冷たく当たられるようになり」

 最後の方はサマンサの怒りが滲んでいた。

 僕が生まれて、離宮に閉じ込められるようになり身体を壊したときく。

 たぶん、暗殺者や毒から僕を守るのに精いっぱいだったんだろう。


「お嬢様はお坊ちゃまには精霊が見えないようだから安心だと言っておられました。もしも、精霊が見える子だったら私のように国王陛下に興味を持たれてしまうだろうと」


 ああ、なるほど。

 国王は知っているのかもしれない。金色の瞳の力を覚醒させる方法を。



「黄金の瞳も精霊と繋がることができる特別な色だとしたら……金竜がカギになるんじゃないかと思うんです」

 昼間のローズの言葉がよみがえる。


 金竜か、いるなら探し出したい。


「クレイド様。奥様はもしもお坊ちゃまに精霊が見えるようになったら、伝えて欲しいと言われたことがあります」

「え? 本当」

「はい。精霊と王家には古くから切れない縁があるそうです。それは逃げることでは解決しないと」

「それはどういう意味?」

「さあ、詳しくは説明してくれませんでした」

「そうか……」

 逃げるな……か。

 難しい宿題だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る