閑話   時の番人に気に入られちゃったようです。

「駆け落ちしよう。君がいればいいよ」

 それが彼の本心からの言葉だとわかっている。

 だからこそあの時、素直に頷くことが躊躇ためらわれた。


「もう少しだけ待って、絶対にお父様を説得するから」

 私は当てもなく彼を説得しようとしたが、結局3日後に無計画同然で駆け落ちすることになる。


 今思えば、安い悲劇である。それでも私たちは真剣だった。


「愛しているよ」

 彼はギュッと私を抱きしめて足早に狩猟小屋を出て行く。

 駄目だと思いながら、身体中が喜びに満たされる。

 今までと同じ生活ができないのは勿論、守ってくれる家族から離れるなど考えただけで足がすくむ。

 それでも「愛してるよ」彼がささやくと不安が消えていき暖かな気持ちだけが心に広がっていくのだ。

 彼の言葉は魔法でもかかっているのだろうか?


「きっと二人なら大丈夫」

 声に出して言うとそれは真実のように聞こえた。


 *


 悲劇は決まっていたのかもしれない。


 その日、一番いい馬で私は領境りょうざかいに向かった。

 二人のいつもの待ち合わせ場所。今は使われていない狩猟小屋だ。

 なのに、小屋からは血の匂いがした。


「なに?」

 思い切って扉を開けると、血の匂いはより一層濃くなり、目の前に人間が倒れている。


「!」

 声にならない悲鳴を上げて、私は彼に駆け寄った。

 絶望で目の前が真っ暗になり、彼を抱き上げた手がガタガタと震える。


「誰か助けて!」

 涙がぼろぼろと頬を伝って落ちた。



 *



「……いいけど」

 それは場違いなほど明るくのんびりとした声だ。


 私は泣きながら顔を上げる。

 さっきまで狩猟小屋には私達しかいなかったのに、目の前には真っ白いサラサラの髪をしたとてつもなく顔の綺麗な女と、対照的に黒いマントをまとった銀髪に翡翠ひすい色の瞳のこれまた綺麗な少年がいた。


「女神様?」

「うーん、残念。僕はどちらかというと男型だし、神でもないよ。あ、それにこいつは神は神でも死神だし」

「死神……」

 その言葉を聞いて、私は彼を隠すように抱きしめなおした。


「お願い。彼を連れていかないで」

「いいよ」

 私の必死のお願いに、白い男は軽く頷いたが、その横で銀髪の少年が嫌そうな顔をしてじろりと男を睨んだ。


「簡単に言わないでください。彼はもう死んでます。あなたに寿命の来た人間を生き返らせる権限もない」

「まあ、確かに。人間を生き返らせる権限はない。だが、時間をいじる権限は持っているよ、それを行使して偶然そこに暮らす人間の時間が巻き戻ったとしても、それは僕のせいじゃない」

 言っていることは理解できたがそんなことができるとは思えない。

「彼は生き返りますか?」

 恐る恐る言葉にすると、白い男はにこにこと笑い、うんうんと満足そうにうなずいた。


「確かに生き返ります。ですが、大儀たいぎなく時間を戻せるのはせいぜい1日。それ以上戻したら、あちこちからクレームが来ますよ」

 死神は嫌そうに眉をしかめたが、何処か他人事で止める気はなさそうだった。



「1日あれば十分です。どこか違う所へ行きます」

 そうとわかれば早く時間を戻してほしい、こんな話をしている間にも彼からはぬくもりが消えていく。


「残念ですが、時間を戻しても彼がどこにいようとも16歳と34日で死ぬことに変わりがありません。それが彼の寿命なのです」

 死神が無情に続けた。


「そんな……いくら過去に戻っても長く生きられないという事ですか?」

 それでもいい、もう一度彼と話がしたい。私も愛していると伝えたい。


「方法はある」

「そんな方法はないです」

 白い男が言うとすかさず死神が否定した。


「あるだろ、僕が時を戻したら、お前がそいつの寿命を延ばしてやればいい」

 ほら、と白い男は目の前に手のひらをかざした。

 すると一本の蝋燭ろうそくが何もない空間から出現する。


「この長さなら君の寿命は残り50年ってところか……」

「また勝手に私の領域に手を出して!」

 死神が心底心外だとばかりに、目の前に浮かぶろうそくに手を伸ばし握りしめた。


「君の寿命の半分をその男にやることはできる。そうすればそいつは25年長く生きられるだろう。もちろんその時は君の寿命は25年減る。そいつのことは忘れてあと50年生きるもいいし。僕はどちらでもいいぞ」


「本当ですか? じゃあ彼に私の寿命をあげます」

 自分でもびっくりするくらい答えはすぐ出た。


「勝手に話を決めないでください。あなたが時間を戻すのは勝手ですが、私が人間の願いを聞いて寿命に手を加えることなどあり得ません。いいですか、寿命を変えるという事は輪廻から外れるという事です。輪廻から外れた魂は消滅するしかないんですよ」


「そうか、では人間の願いではなくの願いならどうだ? 男の方は自ら寿命を変えたわけではないから魂も滅びたりしないだろうし。彼女は死後、私のもう一つの仕事を任せよう。それなら文句はないだろ」


「この人間を、運命の番人にするのですか? 何故? 今まで一度も番人を置いたことはなかったじゃないですか」


「あ、だって彼女、の数少ない信者みたいなんだ。やしろが流されるたびに、掘り起こして綺麗にしてくれる。信仰深いものには奇跡を起こしてやらないとな」

 死神はそれ以上反論しなかった。



 それから私は25年の寿命を終えた後、時の番人について運命の番人となった。

 行きがかり上、死神の仕事も手伝う羽目になり、何百回と寿命をまっとうせずに死んだ魂の身体に入って、身代わりにその人の寿命を生きた。


 これは、死神に対してのを返しているらしい。






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