第29話 いちご


 罠は一般的なトラバサミと呼ばれるタイプのもので、真ん中に足を入れるとバチンと両脇からはさまれるやつだ。

 今回は魔物をターゲットにしているもので、挟まった足が取れないようにギザギザの刃がつけられ魔力を封じる魔石まで埋まっていた。


 私は両手に魔力を込めていっきに挟まった罠を拡げた。

 モフモフは自力で足を動かすことができないのか、びくともしない。

 ロダンが、見かねて身体を持ち上げ救出する。

 手を放すと罠はガシャンと音を立ててまた閉まった。


「ロダン、そのまま抱き上げていてね」

 力なくうな垂れるモフモフは相当弱っているようだったので、治癒と一緒に私の魔力も流し込んでおく。


「治癒が使えるのか? もしかしてローズは聖女?」

「治癒のことは二人とも秘密ね」

「お嬢様、凄いです」

 ロダンが感嘆の声を上げるが、口止めをしておかなくちゃ。

 私はロダンからモフモフを受け取ると、優しく頭を撫でてあげる。


「いやぁーん。めっちゃ可愛い」

 想像以上にふわふわで、頭だけで足りずワシャワシャと身体中を撫でまわす。

 久しぶりだわぁ。このさわり心地。

 ひとつ前の前世は病人だったし、その前の身代わりで、ねことか動物を飼っていたのは思い出せないくらい前だ。


「あー、萌えるぅぅ」

 そのままぎゅうと抱きしめると「しつこい。助けてもろたから大人しくしとれば、何じゃい。いい加減にせぇぇ」と私の腕から抜け出し、モフモフが目の前にふわふわと浮いた。


「しゃべった」

 うそでしょ。小説でもゲームでもモフモフがしゃべることはない。

「きゅぅぅ」とか「ぐふふ」とかいうだけで感覚で理解するっていう感じなのだ。


 驚き過ぎて固まっていると、モフモフがやれやれという風にしっぽを私の顔にパタパタ振った。


「見ろ、お主のせいで俺のかわいいピンクの目が真っ赤になったじゃないか」

 モフモフは怒ったように私の顔を近くで覗き込む。


「ほんとだ。私の目の色と一緒」

「どうしてくれるんじゃよ。あの色、気に入っておったのに」

「私のせいなの?」

「お主以外に誰がこんな真っ赤な色してるんじゃ」

 そりゃあ、お兄様もお父様も同じ色だけど。


「仕方ないから、名前を付けろ」

「え! 名前つけていいの?」

「いいから早くすれ」

「じゃあ、いちごはどう?」

「はぁ! このわしがいちごじゃとぉ」

 駄目? 

 可愛いじゃない。

 本当は別の名前があるけど、それはヒロインちゃんがつけた名前だし。あんまり好きじゃなかったのよね。


 ジーっと、モフモフを見つめると。かすかにモフモフがピンク色に変わった。


「仕方ない。契約成立じゃ。お主に従属してやる」

 プイっとそっぽを向くしぐさが可愛くて、浮いているいちごをもう一度抱きしめて堪能する。


 ん?

 従属じゅうぞく

「ちょっと待って、契約って力を借りるものよね。私の方がお願いする立場なのに、従属って?」




「この世界で、お主より強い奴がいると思うか? お主じゃろ」

「なんで知ってるの?」

「当たり前じゃ、契約は魂とするんじゃから」

「そうなんだ」

 だから生まれ変わっても、その前のチートな力が引き継がれるのね。


「人間との契約は、そいつが生きている間ほんのちょっと力を貸してやるだけじゃが、魂の契約はより強いものに従属するんじゃ」

 いちごが不貞腐れたように説明してくれる。


「え? あなた、光の聖獣でしょ。運命の番人と言っても私は普通の人間なんだけど」

 たまたま、運命の番人だなんて大層な名前をつけてもらったけど、空き役職をもらったようなもんだし。

 この世界で光の聖獣は最も上位ランクに位置するはずなのに。

 それを従属だなんて、不本意じゃないの?


「お主が普通の人間じゃとでも?」

「身体は普通、中身はまあ、普通じゃない?」

「まさかとは思うが時の番人からの加護があるのは知っておろうな」

「あー、そんなこと昔言ってたかも」

 でも、それは私の魂が消滅しないように情けで加護をくれるって話だったような。


「勘違いしてそうじゃから説明してやるが、わしとお前と従属関係を持つことで、運命の番人と同じ属性になったんじゃ」


 まじ?


「お前、わしを治癒したとき一緒に自分の力も流し込んだじゃろ。あれで完全に属性が変わった」

「じゃあ、あなた光魔法とか使えなくなったの?」

「そういうわけじゃない。今まで使えたものは使えるが、新たに運命の番人と時の番人とそれぞれの加護を受けたんじゃ」


「それぞれの加護?」

 それってどういうもの?


「お前自分の力がわからんのか?」

「私の力と言えば、転生を繰り返してるうちに努力して手に入れた魔法の力だけよ。さすがに年季が入ってるからチートだけど、運命の番人とか時の番人の力なんてな思い当たらないけど」

 長年番人をやってるけど、今までそんな力があるなんても死神も教えてくれたことはない。


「わしはたぶん2分くらいなら時間を止めるか戻せる」

「2分!」

 そんな力、私にはないけど。

 それって、やっぱり私の方が従属していることになるんじゃないの?


「お主の場合は他人の運命を肩代わりしてその魂を救っておるじゃろ」

 それって、私の力なの?

 知らなかった。

 死神が勝手に他人の寿命を押し付けてきてるのかと思ってたわ。

 次にあったら、話し合いが必要みたいね。



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