悪役令嬢はもう一度恋をする〜ちょっと待て! 次こそはご褒美転生じゃなかったの?

彩理

1章 断罪シーンは蜜の味

第1話 断罪は物陰から見学するのが一番です

「これはのぞきじゃない……」

 王宮自慢の庭園で、私は誰にも見つからないよう薔薇の生垣に隠れていた。これから始まるメインイベント、悪役令嬢エレノア様のが小説通り本当に起こるか確認するためだ。


「エレノア様早く来ないかな?」

 決して楽しむためじゃないのに、胸が高鳴る。


 今日は第一王子主催の春バラ茶会。

 出席者は皆、自分を売り込みライバルを蹴落けおとそうと笑顔の下にギラギラとした欲望を隠していた。

 その中で、頂点とも言えるエレノア様がついに婚約破棄される。

 このシーン目前に期待に胸が踊らない人がいる? いや、いない。

 これを覗かなければ一生後悔する!

 私は最前列まで駆け寄りたいのを必死に我慢してそのときを待った。



「堂々とお茶会に招待され間近で見学したかった……」

 悲しいかな、14歳の私は社交界デビューもまだしていない。もちろん王宮に招待などされるはずもない。


 今まで覗けたイベントと言えば市井での誘拐事件や、暗殺未遂と全く恋愛小説要素なしのものばかり。

 イチャイチャもドキドキもなし。

 今日はコネと権力を盾にやっと王宮に入り込んだのだ。


「断罪シーンだけは絶対に見逃すわけにいかないんだから」



 *


「では皆、今日は楽しんでくれ」

 殿下が上機嫌に挨拶を締めくくる。


 とうとう始まる!

 ドキドキする胸を押さえて、私は冷静になろうとゆっくり深呼吸した。

 ヒロインちゃんまではちょっと距離があるけど、そんなの感じさせないほど光り輝いている。

 ピンクブロンドの髪をさらさらとなびかせて、ヒロインちゃんが「サージェ様、とても素敵な薔薇ですね」とにっこりと可憐な笑顔で殿下を見上げた。


 胸。

 大っきい胸。確実に押し付けてるよね。


 そして、微笑み返されたのを確認してから、ゆっくりと横にはべる数人の攻略対象者に「皆様はどの薔薇がお好きですか?」と首を傾けた。


 ウッ、あざとい。

 小説の挿絵は見たことあるけど現物はそれを上回りめっちゃ可愛いじゃん。髪とお揃いのピンクのシフォン生地を幾重にも重ねたドレスは、花びらのように広がりまるで親指姫のようだ。

 あれに勝とうとか、悪役令嬢じゃ、まじ無理でしょ。


「これは私が一番好きな薔薇だ。その美しい髪に挿してもらえるかい?」

 殿下が甘い声で八重咲の薔薇をヒロインちゃんに手渡す。


「まあ、かわいい! 今日のドレスとお揃いの色ですわね」


 しらじらしい。

 極限まで薄く織られ、しなやかな光沢のあるシフォンはどう見ても最高級品で、殿下のプレゼントに間違いない。そのドレスと同じ色の薔薇を髪に付けることは、飾りのない髪を見れば一目瞭然。


「この薔薇の名前を知っているかい?」

 いたずらっ子のように殿下がウインクして、薔薇をヒロインちゃんの髪に挿す。

「いいえ、知りませんわ」

「これはフェリシアという名の薔薇だよ」

「まあ、私と同じ名前!」と嬉しそうにヒロインちゃんが両手で頬を押さえて長いまつ毛をシバシバさせた。


 くぅうう。これこれ。この甘々な溺愛がずっと見たかったのだ。2人だけの世界。バカップル、それこそ恋愛小説の醍醐味。


 それなのに、何だろう。

 このいちゃいちゃシーン。小説では殿下やるじゃん。と思ったのに、実際に目の前でやられるとちょっとウザい。

 周りの攻略対象までが、まるで子猫でも愛でるように慈愛に満ちた視線を向けるのは違和感ありまくり。

 ライバルだよねあんた達。

 うーん、モヤっとする。


 なぜ??

 でも、モヤっとしたのは私だけのようで、慈愛の空気は人々に伝染し、会場がほんわかとした空気になっていく。


「すごいな、これがヒロインちゃんの力か」

 私は、ちょっとの引っ掛かりは忘れて断罪シーンに集中することにした。

 考えるのは後、まずは楽しまなくては。



 ギスギスした空気が一瞬和んだ気がしたのも束の間。庭園の入り口がざわめき立ち、真っ赤なドレスに派手な化粧をしたエレノア様が、これまたお立ち台か? というほどふわふわの羽のついた真っ赤な扇子で口元を隠し、モーゼのように人々を割って殿下の前に出た。


 おお!

 この空気の読めない登場シーンは見覚えがある。

 私のせいでストーリーが狂ってきてるから、もしかして断罪されないんじゃないかって心配していたけど、もぐりこんだ甲斐がある。


「殿下、手違いで少々到着が遅れてしまい申し訳ありませんでした」

 エレノア様は気品いっぱいに、すっと殿下の前に左手を差し出した。


 殿下がその手を取ることはなかったけれど。

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