第15話 カイル視点 悪役令嬢エレノア 2

「でも、学園でならともかく、殿下とあの女は約束もせず何度も市井で会ったそうです。あれが偶然じゃなければどうやって、殿下の行動を把握できたのですか?」

 普通なら男爵家が王子の予定など知るすべもない。

 だが、彼の後ろにはマクサ侯爵がいる。いつも黒いうわさがあとを絶たず、今は閑職に追いやられているが、政治の中枢に返り咲きたいと虎視眈々こしたんたんと狙っているのだ。

 だが、それをわざわざバゼロ公爵に教えてやる必要もない。


「それは、うちに暗部があるのと同様、男爵にもそういうつてがあるのでしょう」

 うちのように優秀な諜報部員を男爵が雇えるはずもないが、エレノア嬢は納得してくれたようだった。

 流石に、公爵は疑っているようだが僕が教える気がないとわかっているのか口は挟まない。



 *


「フェリシア嬢はか弱くて儚い令嬢を演じながら、殿下の取り巻きを翻弄ほんろうした。殿下にはエレノア嬢に虐められていると吹き込み、エレノア嬢には馬鹿で頭がお花畑の平民は排除しなければと思い込ませたのです」

 まんまとエレノア嬢は市井でフェリシア嬢を襲わせた。しかも、殿下が助けに駆け付けるという最高のタイミングで。


「そんなことが……」

「ええそうです。本当におバカでは、そんなことたった2か月でできるわけありません」

 エレノア嬢が、何か言おうとしてパクパク口を開けている。


「一番厄介だったエレノア嬢を排除するのに成功したのです。これから先、障害になるものはないでしょう」

 それはもうエレノア嬢にチャンスはないと言っているも同じだった。


「ですが、お妃教育など平民出のあの子についていけるとは思いません」

「うーん。それもどうでしょう。気づかないのも仕方ないですが、フェリシア嬢の成績がいつも殿下よりほんの少しだけ悪かったのをご存じですか?」

「いいえ。存じません。それが何か?」

 そうでしょうね。

 エレノア様は常にトップから10番以内に入っていた。

 殿下の成績を気にしていたら、毎回自分の順位を殿下に報告になど来なかっただろう。

 殿下にとって、自分より成績のいい女の順位など報告されても不快にしかならないことすらわかっていない。


「彼女はわざと、殿下よりちょっとだけ悪い成績をとっていたんです」

「わざと? そんなことが可能なの?」

 殿下は特別優秀ではないが、そこは王族、小さい時からの教育で、そこそこの成績であった。

 この、そこそこというのが難しい。

 トップクラスの人間を基準にするなら、毎回のテストの合計から少し多めに間違えて回答すれば、相手より少しだけ成績を下げるのは可能だ。だが、いつも30番から50番くらいの間をうろうろしている殿下の成績から少し悪い成績をとるとなると、予想するのは難しい。間違って少しでも成績を越してしまえば疎まれることになる。


「彼女はよく勉強を殿下に教わっていたでしょう。あれは殿下の理解度をチェックしていたんですよ。万が一、筆記の方で点数が上だった場合必ずといっていい程、魔法の実技で失敗していました」

「なぜそのようなことを?」

「わかりませんか? 彼女は殿下の虚栄心を満たしてあげていたんです。婚約者が自分よりもいい成績をとったと自慢しに来た後で、殿下はすごいですねとかわいく寄り添う」

「うそよ。そんなことあの女ができるはずない」

「うそではないですよ。生徒会室での仕事もミスはないですし、雑談をしていてもきちんとした答えが返ってきます。馬鹿な行動を目にするのはエレノア嬢や、その取り巻きに対してだけです。そのほかの場所では、可憐という言葉がぴったりな行動ができるんです」

「そんな……」

 愕然とエレノア嬢は呟いた切り両手でドレスを握りしめ、考え込んでしまった。


「ですが、問題は彼女が何故そんなことをしたかです」

 ピクリとバゼロ公爵が眉を上げる。

 標的がエレノア嬢なら、バゼロ家を潰すための罠であるか見極めなくてならない。


「ただ単に、サージェ殿下の婚約者になりたいだけなのか。それとも別の目的があるのか。今うちの方で探らせます。ですからバゼロ公爵には表立って彼女を糾弾しないで欲しいのです」



 何かあれば報告するという、僕の話にバゼロ公爵はしぶしぶ頷いた。


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