第14話 カイル視点 悪役令嬢エレノア

 春バラ茶会から数日後、僕は父の名代でバゼロ公爵家に来ていた。


 応接室に通されると、待つことなく渋い顔の公爵と愛想笑い一つしないエレノア嬢が入ってくる。



「今回、根回しをしてもらったみたいで、感謝している」

 歯切れの悪い言葉は対立している家紋に対して猜疑心さいぎしんいだくというより、騒動後も恨みつらみを言い続けるエレノア嬢に少々疲れているといった感じだろうか。

 挨拶もせずに公爵の横に座るなり、目の前のお茶をグイと飲み干し、不機嫌を隠すこともなく腕組みをする。



「いいえ、大した事ではありません。ウクラは母の姉の嫁ぎ先でもありますし、しばらくゆっくり過ごせるでしょう」

 エレノア嬢がどうなろうと全く興味なかったが、ローズの頼みなので最上の笑顔で返事をしてやった。


「年をとってからできた娘なので、少々甘やかしすぎたようだ。君のおかげで修道院に入ることがなく、本当によかった」

「お父様、国外追放のどこが良かったとおっしゃるのですか? ウクラなどという属国に行くくらいなら、修道院の方がましです」

「ウクラは帝国の属国ではありませんよ。小国ではありますが魔術学はレベルが高く、魔道具の開発も進んでいるそうです。エレノア嬢にその気があれば学院に通うこともできます」

 街は便利な魔道具であふれ、他国環境に合わせて改良し輸出、メンテナンスまで行う。

 それだけではない、手に入れた外貨は国民に還元され、近隣諸国には例をみない識字率を誇る。

 実は、留学の申し込みも多く今は受け入れを厳選しているそうだ。



「エレノア。冷静に考えてみなさい。確かに修道院に入っても、公爵家からの寄付があれば、出入りもある程度は容認されるし、なに不自由なく暮らせるだろう」

 一口に修道院といっても、貴族のご令嬢が入るところは、形だけのことが多い。


「しかし、婚約破棄された上で、その様なところに行けば傷物のレッテル確定。間違いなく良縁など望めない」

 サージェが皇太子に確定すればなおさらだ、不興をかった令嬢と結婚する貴族などいない。

 そうなれば一生修道院か領地に引きこもるしかない。


「だが、国外の貴族の家に滞在するとなれば、話しはぜん全違う。向こうで有力な貴族と結婚してもいいし、こちらに帰ってきたければ留学していたと説明すればいい」

 皇太子の立場が安定すれば、王妃とは親戚関係にあるのだ。バゼロ家を蔑ろになどできない。


「そんなの意味ないですわ。皆の見ている前で、平民の小娘にしてやられたのです。この屈辱をはらすまではこの国を出るわけにきまでん」

 相当悔しかったのだろう、あの時を思い出してエレノア嬢はカップを握りしめる手を震わせて、乱暴にテーブルへと戻した。


「エレノア嬢」

 名前を呼ぶと親の敵とばかりに睨まれる。

 公爵の話を聞いても、あのとき味方にならなかった僕には相当ご立腹のようだ。


わたくし、カイル様とは何一つお話することはありません」

 公爵からは形だけでも礼をするように言われているのだろうが、まったくその気が無いらしく。ツンと視線を窓の外に向けると、口をかたくなに閉じ黙り込んでしまった。


「エレノア。いい加減にしなさい」

「かまいません。お気持ちもわかります。幼少のときより、厳しい王妃教育に耐え、国母となるべく育てられたエレノア嬢と彼女ではあまりにも違います。頭が空っぽの身体だけで男をはべらせている阿婆擦れ、そう思っているのでしょう?」


 僕の言葉に、公爵は少し眉間に皺を寄せたが、それが事実であると思っているので口に出してたしなめたりはしなかった。


「そうです。今は一時の気の迷い。時間が立てば考えが変わります」

 そうすれば、サージェはきっと迎えに来る。だからこの国を出るわけにはいかない。そうエレノア嬢は期待しているのだ。


「残念ですが、あれはただの阿婆擦れではないです」

「カイル様もあれが天使だとでもいうのですか?」

「いいえ、どちらかと言えば魔女です。人の心を操る」

 心当たりがあったのか、エレノア嬢はごくりと息をのんだ。


「実は今日はそのことについて話に伺ったのです」

「彼女が魔女だとは?」

 公爵も僕の話に興味が出てきたようで、目配せしてメイドを下がらせる。


「学園の中とはいえ、殿下にはしっかり護衛がついています。交流のない令嬢が近づけるはずもない。それが、何度も偶然鉢合わせしたり、トラブルに巻き込まれているところを助けるなんておかしいでしょ。それはもはや偶然ではい」

 ローズの言葉で言えばイベントだ。



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