第32話インドラジットvsナーガ

「これは…やばいぞ!神クラスの魔物がでてくるかもしれん」


〝りほ〟が転生陣を見て、焦ったようにいった。


「神クラスの蛙魔人?インドラジットとかか?」


「そんな所かのぅ」


 インドラジット——インド神話の羅刹らせつ。〝神々の王である雷神・インドラを破った者〟という意味の称号である。


 本名は、〝雷鳴〟を意味するメーガナーダ。羅刹王ラーヴァナとマンドダーリーの子。魔術に長けた戦士だ。

 蛙魔人というのは、母親であるマンドダーリーが〝創造と破壊を司る神・シヴァ神〟を誘惑しようとして蛙に変えられたことに起因する。

 〝りほ〟のかけた呪いと六道の嫡男との化学反応。とんでもないものがでてきそうだ。


「じゃあ、蛇神・ナーガでも出してもらうか。もっとも、インドラジットのメイン武器がナーガなんだけどな」


「では、陰陽力をたっぷりいただこうかの。大分ギリギリまで吸うからあるじは結界と同化でもしておれ。生身でいると蛙魔人に殺されてしまうぞ」


「はは…。そうさせてもらうかな?陰陽力を吸うのもお手柔らかにね。あと、【蘇生】使えなくなるだろうから死ぬなよ」


「うむ」


 そうして、〝りほ〟は俺に抱きついて首に齧り付いた。


 散々、陰陽力を絞りとった挙句、生み出したのは人間の頭の後ろに7匹のインドコブラがついている者——蛇神・ナーガである。


 俺は、生身を放棄して結界に溶け込む。これで、俺を殺すには結界ごと壊さないといけなくなったわけだ。


♠️


 転生陣の輝きが収まりつつある。


 陣の中央には、背中が曲がった老人のようなシルエットの何かがいる。


「…転生に成功したか。ワイはどんな姿をしとるんや?」


 貧相になった両腕を見ながら、シルエットが問いかけた。

 俺は、結界そのものの姿で答える。


「蛙のような三角形の頭をして、目は頭の上に飛び出している。背中は曲がっていて老人みたいだ。身長は、160㎝くらいか?皮膚は褐色で黒や白の帯のような模様も混じっている。ヒキガエルかな?ただ…呪力が半端ない。悔しいが、インドラジットと呼ぶにふさわしい姿だろうな」


「〝インドラを破った者〟か。ふふふ。いい響きや。吐き気も収まって、気分も最高。今なら、この身一つでなんでもできそう。インドラジット…魔術に長けているだけでなく、スピード自慢でもあったはずや。試してみるか」


 こいつも、魔物に詳しいな。


 まぁ、その手の本が実家にごろごろあったし、それらを読み漁っていたのが俺だけでなくても何の不思議もない。

 つまるところ、俺達は兄弟として確かに一緒に育ったんだ。腹違いだけど。




 長兄の姿がふいにひゅんと消える。


「ぐはぁ」


 次の瞬間、〝りほ〟の左わきから貧相な褐色の腕がにゅっと生え、鮮血が舞い散った。

 長兄が、〝りほ〟の後ろに周りこんで、貫手ぬきてを放ったのだ。


「心臓というか、核を狙ったんやけどなぁ…。間一髪、避けられてもうた。いい眼と素晴らしい反応速度を持っとるやん。それとも勘か?」


 ——なんで、変身して飛躍的に強く速くなった敵って相手の後ろにまわりこみたがるのかな?


 非常事態に、素朴な疑問がつい頭をよぎる。



「そなたの動きは見えておったが…体が反応し切らんかった。ナーガよ、インドラジットをちょこまかと動き回れぬように縛りあげよ」


〝りほ〟は長兄の貧相な腕を両腕でがっしりつかみつつ後ろを、ふりかえって言った。


「ほう…ナーガか。そいつは捕縛力が高そうだから、ごめん被る」


 縛りあげられる前に長兄の姿が〝りほ〟が掴んでいる両腕ごとひゅんと消えた。


 刹那


「ぐはぁ」


〝りほ〟の顔が後ろにはじける。


 術で正面にまわりこまれて、殴られたのか?


「くっ。正面から尻尾の自動防御をかいくぐって、わらわをおもいっきり殴ったじゃと?」


 尻尾の自動防御によほどの自信があったのか、殴られて呆然とした表情で固まる〝りほ〟。


 テレポテーションのたぐい、か?


「ふっ。〝九尾の狐〟ともあろうものが、さっきまで人間に過ぎなかったワイの速さと術に全然ついてこれてないやないか…。強くなりすぎてしまったかな?魔人にまでなったワイをあまり退屈させるなや!」



「尻尾がとれたばかりのカエル魔人風情が、調子にのるでないわ!」


「おっと、危ない」


 〝りほ〟得意の尻尾による打撃。長兄はひょいとその尻尾を掴んだ。

 他の尻尾も別の生き物の如く長兄をいろんな角度、速度で攻撃する。

 長兄は掴んでいた尻尾を離して、ひょいひょいかわしていく。

 そこにナーガも7本の頭でラッシュを開始して攻撃に加わった。


「そんなものか?〝九尾〟と〝ナーガ〟が一緒に放つ攻撃がそんなものなのか?」


 長兄は余裕笑みを浮かべながら暴風雨の如きラッシュを縦横無尽に紙一重でかわしまくる。1秒間に2体合わせて200発は打撃を放っているだろうか?


 尻尾も蛇の頭も頭を狙うとみせてボディ、ボディとみせて頭を狙ったり、鞭のようにしなったり、紙一重でかわす長兄を追尾するように変化させたりしているが…一向に当たらない。長兄は、腕を使ってのガードやパリィすらしていない。余裕の笑みすら浮かべながら息も切らしていない。


「はぁはぁ…」


 〝りほ〟とナーガの息が先にきれた。刹那…


「ラッシュとは、こうやるんや!そらそらそら。そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそら————」


 2体がかりで致命傷をなんとか避けているが、攻撃を避け切れておらず防戦一方だ。その様は暴風雨なんてものではない。音速を遥かに超えた拳の嵐。隕石による重爆撃によって惑星が誕生するさまとでも表現しようか?ペガサス流星…いやいや、今風に言うならば、ゴムゴムのジェットガト…ごほん。1秒間に500発くらいの打撃を放っているだろう。数えていないが。


(このままでは、やられる)


 俺は、そう思ったのだった。

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