九尾の狐が封印されているという殺生石の前で、きつねうどんを作ってみた[PV10万超・❤️3.8K超、★550超感謝]

ライデン

序章

第1話お湯がない

 身も心も凍りつきそうな冷涼な荒野。そこを、死神の鎌とでも形容したくなるような細長い月が照らしている。

 時刻は、いわゆる草木も眠る丑三つ時。


 俺は、今、栃木県那須町湯本温泉にある丘陵で途方に暮れているのだ!


(お湯がねぇー)


 いや…温泉がわいているのだから、お湯はある。


 だが…


(俺が欲しいのは、温泉とかの生ぬるいお湯じゃなく、ぶくぶくと沸騰した熱湯なんだよっ!)



 なぜ、こんな真夜中に丘陵でお湯を欲しているかというと…

 インスタントのきつねうどんを作りたいから。

 俺が食うわけじゃない。

これは、供物を捧げて魔物を召喚する儀式。——陰陽術の一種だ。


 殺生石から召喚するのは…〝玉藻の前〟…またの名を〝九尾の狐〟。

 古代中国を滅ぼした傾国の美女、妲己もこいつだと言われている。


 狐を呼び寄せたりするのに、きつね揚げを捧げるのはど定番。

 普通は、〝至高のきつね揚げ〟とか〝究極のきつね揚げ〟とかを準備することだろう。


 しかしながら…


 逸話によると、九尾の狐が取り憑くのは末期の王朝のトップばかり。王とか、皇帝ばかりである。

 王とか皇帝が国を傾けてまで捧げる以上のものを、般ピ(一般ピープルの略)が準備できるわけがないと思うのだが…。


(だから、みんな九尾の狐の召喚に失敗するんだ)


 贅沢に飽きた大妖怪が興味を持つようなもの。それは、安くてもどこかほっとするような庶民の食べ物とかではないだろうか?


(こいつが封印されたの、平安時代だからね)


 平安時代に薄口醤油とか、出汁とか、なかっただろうし。


(出汁のきいた熱々のきつねうどんのいい匂い、存分にかがせてやるぜ!)


 いや。まずはお湯を作らないと、か。


♠️


 陰陽五行説というものがある。

 万物は、木・火・土・金・水できているとかいう暴論。


 お湯を沸かすなら、土で釜戸をつくり、そこに水の入った金属のやかんを載せ、釜戸に薪をくべて火をつけるといった要領だ。



 え? もっとスマートなお湯の沸かし方はないのかって!?


 ……。


 あると思うが、術理を考えるの面倒くさい。



「臨・兵・闘・者・皆・烈・在・前!」


 俺は印を結びながら、お湯を沸かすのに必要なものを創造していく。

 この呪は山で修行する修験者が唱えるもので、古来から貴族相手に仕事をするような、お上品な連中は使わないらしい。


(まぁ、どうせ、おれは傍流だし)


 それに本流の奴らは表面上はお上品だが、やっていることは薄汚い。京都人の腐ったようなやつらだ。



(九尾の狐さえ手に入れたら、あいつらに復讐できる。近いうちに、あの高慢で薄汚い一族を潰してやる!!)


 そんなことを考えているうちにお湯が沸騰した。


 俺は、やかんを手に持って、他にここで創造したものは全て消し去った。

 そして、蓋を開けて、かやくや出汁の粉を入れたきつねうどんの容器にお湯を注いだ。

 これからきつねうどんができるまでの5分間が勝負だ。


 あたりには、出汁のいい匂いと狐揚げの甘辛い匂いが漂い始めた。

 このいい匂いを術で昇華させつつ、目の前の殺生石に施されている封印を、九尾の狐を俺の式神として従わせる制約に変えていく。


「オン・キリキャラハラハラ・フタランパソツ・ソワカ、オン・キリキャラハラハラ・フタランパソツ・ソワカ、オン・キリキャラハラハラ・フタランパソツ・ソワカ…」


 こういうのは、イメージが大切だ。


 きつねうどんといえば【◯んぎつね】を想像してしまいがち。

 吉岡◯帆だ。

 主演のドラマや映画がことごとく大コケしてるがゆえに、◯んぎつねが最大のヒット作だと揶揄されているのだが…。


(俺と同郷のほんわか美女を揶揄するなし!)


 ◯ん兵衛のライバルと目されている他社の製品をイメージすると…武田◯矢になるんだぜ?


 まぁ、美醜の基準は時代ごとに変わるし…平安時代の美女は、武田◯矢のような顔だったのかもしれないけど。



♠️

 ◯んぎつねをイメージしつつ、2分ほど呪文を唱え続けると…。


 あたりを眩い光が照らした。



 しばらくして眩い光が収まる。目の前には人影が立っていた。


 身長は平均的。全体的に細っそりとしていながら、グラマラスと言っていいほど胸とお尻は大きい。

 特筆すべきは、野生の猛獣を思わせる金色の眼。

 短めの髪から飛び出る獣耳。

 そして、九本のもっふもっふの尻尾か。



 おれは、眩い光が収まって回復しつつある視力で目の前の妖狐の顔を凝視した。


 九尾の狐の容姿は、とても整っている。肌は夜眼にも白くてもちもちすべすべなのがわかる。

 髪の色は白金色でとてもサラサラしてそう。

 容姿は、女優で例えたら18才くらいの吉岡◯帆ってところか。

 妖艶というイメージからほど遠い、ほんわか美少女だ。

 きつねうどんが放つ匂いを嗅ぐしくさもどこかあどけない。



「成功だ」


 俺は思わず、そう呟く。


(あー、よかった)


 武田◯矢が出てこなくて。


 …。


 そんなことを考えていると…



「わらわの封印をといてくれたのは、そなたか?」

 可愛い外見とは裏腹にとてつもない妖気を漂わせながら、目の前の妖狐が静かにそう言った。


「ああ」



「この魅惑的な匂いを放つ食べ物もそなたのか?」



「食べてみたい?」



「こんないい匂いをさせておいて、食べれないとか…なんの拷問じゃ?」



「俺がおまえに〝おまえが食せるのは、きつねうどんと俺の気や俺自身のみ〟という制約をかしたからな。ただ二つだけ食えるもの。きつねうどんと俺は、さぞかし魅力的に見えるだろうな」



「は?」


 九尾の狐は、一瞬、(信じられぬ!)というように硬直してから、猛獣の目で俺を睨みつける。



「この食べ物をやってもいいが、まだ調理の途中でね。3分ほど時間をくれないか?いい匂いはするだろうが、きつね揚げもうどんも、まだ、固くて食えん。あー…それと、俺が死んだら、その時点で封印が発動するようにも仕組んである。封印を解かれてすぐに石に戻されたくないなら、俺の方もむやみに食わないほうがいいぜ?」




「ほう…」

 九尾の狐は、自身にかけられた制約を確かめるように瞑目する。


 …。


「そなた、何者じゃ?」



「…しがない野良の陰陽師だけど?」

 俺がそう返すと…


 九尾のきつねは呆然とした顔をする。



「しがないじゃと…? 野良じゃと…? 封印を解き、わらわに制約をかけ得たそなたが…か!?」



「ああ」

 おれは平然と答えた。


 その返答に、九尾は(そんなはずが…)というふうに考えこみ…

(あ、こういうことか!)というふうに口を開く。



「そなた…妾にかけられていた封印式を知り尽くしておったわけか? 気質も似ておる。さしずめ…そなた、わらわを封印したものの末裔であろう!」


 周囲にほんわか美人の怒気が満ちる。 


(怖っ)


 まぁ、激怒する気持ちもわかる。自分を1000年以上も封印していた者の末裔が目の前にいるのだから。



「ばれた?」


 俺は妖狐が発するとてつもない怒気…いや、殺気? を逸らすように、軽い感じで答えた。



「ばれた?…でないわ!無惨にぶっ殺してやりたい反面…そなたの気しか食えんという制約のせいで、そなたが途轍もなく魅力的に見えるのも忌々しいぞ」



 ふーん。狙い通りの制約がかかったな。


「そう。俺に愛と憎しみを持って欲しいんだよ。そして、お前を封印した一族を滅びつくしてほしい。一族を滅ぼしつくしてくれたら、俺を食ってもらって構わない」


「…わらわを長きにわたって封印した一族を滅ぼしつくすのは、わらわの意にかなう。そなたを食ったら、また封印されるというのは不本意じゃが…。その契約、受けてやろう!…そろそろ3分たったか? まずは、〝きつねうどん〟とやらをしょくさせてたもれ?」


 九尾の狐は可愛く俺を覗き込んで、九本の尻尾をふりふりさせながら俺におねだりする。



(可愛いすぎる)



 …ごほん。


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