第7話六道陣(小兄視点)

 俺の名前は六道陣りくどうじん。陰陽師一族の次男である。


 この一族は生まれた順番や母親の出自とかは関係ねぇ。実力あるものが継ぐのがしきたりである。


 とはいえ、母親や自分の結婚相手の実家とのコネが仕事に繋がると考えれば、母親や婚約者の出自も実力のうちとも言える。


(母親がなんのバックボーンも持たない、ド平民から生まれた末弟?)


 大した実力もないのに殺せば経験値が爆上がりする、【メタルキングスライム】か何かか?


 親父があきらの素質にやたらとこだわり、ちょっかいをかけていることがクソむかつく。

 中学を出ると同時に明を山伏に弟子入りさせて、山ごもりとかさせてたし。


(生まれ持った陰陽力の質と量は認めんではない)


 だが…生まれ落ちた時から陰陽道の修行を始めた俺達と、外で生まれ育ち、6才かそこらで修行を始めた明。

 攻撃的な陰陽術——呪術をつかうセンスの点で圧倒的な差がついているのである。


(それを執念——怨念で覆せ!って、か?)


 親父もいろんな意味で酷なことをする。何をしようが明が【メタルキングスライム】であることに変わりはない。

 それを殺すのが兄貴が先か俺が先か?ただ、それだけのこと。


 それに…婚約者の実家にして、俺のお得意様たる寺の住職からの依頼を邪魔するとは…


(何を勘違いして、正義漢ぶってやがる!)


 殺しの仕事に対して、守るほうは困難が伴う上に実入が10分の1くらいになるだろうに。

 潰れそうな呉服屋の娘に取り入って何になる?


 それに加えて明の奴、俺と依頼者である住職にタチの悪い呪いを返してきた。

 この俺ですら解ききれない呪い——餓鬼を際限なく増殖させつづける呪いをかけやがったんだ!

 俺自身は不完全でもある程度、餓鬼の増殖を抑えられるが…住職の方まで手が回らない。


(人を呪うのが苦手な明がこんなタチの悪い呪いを仕掛けてくるとは…どうなってやがる?)


 住職は、絶え間ない飢餓感にさいなまれながら苦しみ悶え、弱気になっている。

 この呪いを解くには、俺では術師を殺すしかない。


 昔から、坊さんと医者は金づるって相場が決まっている。あの一家は全員、蛇みたいな性格をしていて気にいっているし見殺しにするのも忍びない。


(俺、蛇大好き。美少女が苦しみ悶えて死ぬところを見るのも)


 俺の婚約者たる長女、その下の次女が斎王代に選ばれたのに末妹だけが選ばれないのは可愛そうだと?

 呉服屋の娘ごときにとって変わられて悔しい!だと?


(クソ坊主が!煩悩にまみれてやがる)


 俺の嗜好も狂っているが。


 


♠️


 だが、俺の術を破った狐の式神。

 見た目は、可愛らしかったが…実力はそれなりのものだった。

 それに、明が標的に持たせた護符。これのガードもなかなか硬い!

 加えて、管狐くだぎつね型の式神までガーディアンとして持たしている。


(明の奴、いつの間にあんな狐好きになったんだ?)


 犬派だと思っていたのだ。狐はイヌ科とはいえ、習性や性格は猫に近いという特殊な動物で、人に懐かないだろうに…。


 それはともかく…まずは俺が直接出向いて、ターゲットを拉致するか?護符の守りがいかに硬くても俺が直接出向けば、破れる。


 まずターゲットを拉致して人質にして、呪いを解かしてから明を殺す。それから、ターゲットもいろいろと楽しんでから殺す。


(これで、俺の完全勝利だ!くくく)


 

♠️


 茜色の夕暮れ。濃紺のコートにくすみピンク色のマフラーをまいた品行方正といった雰囲気の美少女が呉服屋の裏手(路地裏)から家に入ろうとした刹那、


 少女の影からぬうっと陰鬱そうな男が現れて、蛇のように血走った目で囁いた。


 別に、愛の告白ではない。


「結界術・【蛇仙郷じゃせんきょう】! オン・アビラウンケン・ソワカ」


 2人をつつむのは、闇色の光。足元には、六芒星のサークル。


「きゃあっつつつー!」





♠️


「キュイ!」


「可愛い! …っじゃ、ねぇえええ?」


 細長い体躯。もっふもふの金色の毛。愛らしく無垢な顔。つぶらな瞳。


 光が収まって、男の目の前にあったのは…標的とは似ても似つかないものだった。それが「やあ!」とでも挨拶するように男を見つめながら首をかしげ、可愛いらしく鳴いたのである。



「我が尻尾の一本じゃ。可愛いじゃろう?」



 管狐を回収しながら言ったのは、8本の立派な尻尾を誇示する細身の妖狐。

 それにもう1本の尻尾が加わりつつある。

 戻ったというべきか?



「そんなことはどうでもいい。標的ターゲットをどこへやったっつつーーーー!!!」


 ——狐にばかされた!?


 とでもいうような、驚愕の表情。



あるじの護符で、はじききれないほどの術をわらわの眷属が代わりに受ける。そして、管狐はわらわを呼ぶという訳じゃ。我があるじとの共同作業じゃな。沙織とやらは、何の問題もなく帰宅したことじゃろう。真後ろから呪を囁かれて腰を抜かしたかも知れんがな!我が主なら、もっと紳士的に先導するぞ? しかも、もっと雰囲気のよい場所へ、な」


 九本の尾を持つ妖狐は、妖艶というよりほんわかした雰囲気でポッと頬を染める。


 男と、妖狐がいる場所はジメジメして暑い。——熱帯雨林である。真冬の京都から術で瞬時に移動した異空間であるのだが…季節感がないにも程がある場所だ。


「その言葉と表情…もしかして…あきらとお前は恋仲なのか⁉︎」


「主は上手うまくて、美味うまいのじゃ」


 恍惚の表情。


「キモッ。心底キモい奴ら。虫唾が走るわ! 主を呼べっ!! 契約してるなら【逆召喚】くらいできんだろ!?」




「では、そなたらの真似をしてやろうかの?」


「さっさとやれ」



「【逆召喚術】。オン・アビラウンケン・ソワカ!」

 ほんわか美人な妖狐は、結ばなくても良い印を結び、唱えなくても良い呪を唱える。(やれやれ……仕方ないなぁ)といった風情ふぜいで。


 妖狐の後ろに唐突に現れる虚無の穴。


「のわっ!」


 虚無の穴から、どさりと落ちる風体のあがらぬ青年。


「痛ってぇ! もうちょい、丁寧に呼べんのか!? 〝りほ〟ちゃんは、さー!」



「すまん、あるじ。印とか呪とか慣れておらんものでな。で、誰が〝りほ〟ちゃんじゃ」


 ジト目で地面を。いや、地面に這いつくばった〝主〟を見る妖狐。



「お前だよ! 普通にやれ。普通に!! …よっ。どうも、六道陣りくどう じんさん」

 穴から落ちてきた姿のまま立ち上がりもせず、相手を見上げて無造作に挨拶している。

 そのさまは、非礼を煮詰めて腐蝕させたが如くである。



「兄を他人行儀にフルネームで呼んでんじゃねぇ。クソあきら! それから、俺と住職にかけた呪いをさっさと解け! 解かないと殺す!!」



「何の罪もないJKを苦しめる残虐な呪いをかける奴なんか、兄でもなんでもない。まだ、そんな事をやり続けるというなら…俺の方こそお前を殺す」

 逆召喚の穴から落ちて、立ち上がりつつ言った明のセリフには、何の迫力もない。


 腹違いの兄弟同士の死闘が今、始まろうとしていた。

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