第6話祈祷

 土曜日になった。


 沙織ちゃんの実家は、室町時代から続く呉服問屋さんだった。

 沙織ちゃんの症状をとても心配していた親御さんは出張料5万円に関しては、気持ちよく払ってくれた。


 あとは、仕事ぶり次第ってことで。


 京都人らしい、しっかりした親御さんでよかった。きっちり働こう。


♠️


 祈祷の簡易的な祭壇を設置して、沙織ちゃんその前に

座らせ、祭壇に祈りを捧げてもらう。沙織ちゃんの格好は、清楚な白装束である。


 これからつかう術は3つ。


 まずは…


 祈祷台の前で焚いている香。【蛇嫌香】という蛇が嫌う香で沙織ちゃんに巻きついている呪いの蛇を引き剥がしにかかる。


 次に…


「オン・アビラウンケン・ソワカ…オン・アビラウンケン・ソワカ…」


 沙織ちゃんの背後で俺が呪を唱えて、呪いの主導権を術者から奪う。これは、相手が大物であるほど時間と労力を使う。



「ぐうっ」


 蛇が術に抗って暴れている。そのせいか、沙織ちゃんが苦しげに身悶えた。

 蛇に締め付けられて、苦しいし、痛いのだろう。


「大丈夫?」


「大丈夫…です」


 沙織ちゃんは気丈きじょうに答えてくれた。


「辛いだろうけど頑張って。絶対、助けるから」


「は…はいっ!」


♠️

 半日ほど呪を唱え続けると、敵との主導権争いがようやくこちらに傾き始める。

 俺は汗びっしょりの疲労困憊状態。沙織ちゃんにかかっている負担も相当なものだ。


 そして、最後の術。


「式神召喚! バジュラ・オン・アーク!!」


 印を結んで呪を唱えると、祈祷台で作った結界の中でぬうっと〝りほ〟が俺の影からその姿を現す。


 ついでに呪いの大蛇も実態化させた。術者のコントロールを失った大蛇は本能で〝りほ〟を敵と認めたのか、「シャッー!」っと襲いかかった。


〝りほ〟は、大蛇の頭を無造作に掴んで〝グシャ〟と握り潰す。




〝りほ〟の食料問題は、制約を緩めたので許可制になっている。


「焼いて塩で。あと、酒も所望するのじゃ!」


 呪物を焼き鳥みたいに食うわけか…。いや、白身で鳥か魚みたいな味がするのかもしれないが。


「グルメか⁉︎ …帰ってからな。塩は、お清め用。酒は、お神酒おみきでいいか?」


 どちらも退魔用のものだが、こいつが飲食すると逆に気が上がりそう。こいつ元々、神獣もしくは瑞獣だし。


「上物じゃろうな?」



「辛口の純米大吟醸じゅんまいだいぎんじょうだよっ! 一升瓶一本だけな?」


 〝純米大吟醸・神の雫〟——京都の伏見で醸造されている地酒である。


 酒池肉林というほど飲み食いはさせん。というか、金銭的に無理。

 平安時代に清酒などなかっただろうし、どぶろくでよさそうなものだけど、どぶろくをさがすのもめんどくさい。

 手近にある酒。それがお神酒なだけだ。


「よかろう!」

 満面の笑み。


(まったく…お高い式神はんどすな)


 祭壇で作った結界内にいる人達には、呪物も式神も見える。沙織ちゃんやその両親は、俺達のやりとりを見て、呆然としている。

 俺は目前で疲労困憊でへたり込んでいる沙織ちゃんの肩に手を置く。


「とりあえず、呪いは取り除いたよ。よく頑張ったね」


「はい! ありがとうございました…」


 俺の方を見返り、弱々しいながらもにっこりと感謝の笑みを返してくれる沙織ちゃん。肩に置いた俺の手に沙織ちゃんがそっと手を重ね、うるんだ目で俺をじっと見つめた。



(この笑顔が、最大の報酬だな)


 沙織ちゃんがモテるのもわかるような気がする。俺には、ちょっと若すぎるけど…。



 ただし、まだ仕事は終わっていないのだが…。


♠️


(もう二度と彼女を苦痛に苛ませないし、泣かせない)


 こういうのは大元を絶たない限り、何度も手を変え品を変えやってくるはずだ。

 呪物から術師と依頼人を洗いだし、そいつらに解けない呪いをかけ返してやる!


 人を呪うのは不得意だが、〝りほ〟にアイデアがあるらしい。

 なんでも…後宮で呪われたり毒を盛られたりすることが多かったらしく、呪いや毒にも精通したようだ。

 〝りほ〟は、悪い顔をして笑いながらその話をした。


(後宮、怖い)


 とにかく…術師と依頼人には、二度と沙織ちゃんに関わらないようにしてやろう。アフターサービスってやつだ。

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