第8話クズ肉を美味しく食べる術

「しかし、季節感にそぐわない場所だな」

 熱帯雨林を見渡し、俺はごちる。


「そうじゃろう?」


「蛇のオアシスだ。蛇の力が最大限に発揮される」


 蛇のオアシス…ねぇ?



「結界術・【妖狐蛇喰陣ようこじゃばみじん】! オン・アビラウンケン・ソワカ」

 俺は印を結び呪を唱える。ふさわしいステージに作り直すために。


「おい!」


 圧倒的な陰陽力で結界を上書きしていく。コンセプトは、雪がふりしきる冬の伏見稲荷大社!


「洛外じゃねぇか!」


「蛇の力が弱まり、その分、狐の力が強くなるステージだ!」

 結界の効能をばらす【言霊】を、相手に叩きつける。宣戦布告である。


 伏見稲荷大社の表参道にあたる場所が広大なステージとなっている。

 ステージの奥には大階段。さらに奥には豪壮な正門があり、その両脇に狛狐がしゃんなりと鎮座していて、大門の背後には朱色を基調としたおしゃれな本殿がそびえたっている。ふりしきる雪が紅白のグラデーションをつける。


 伏見を〝洛外(京都のそと)と侮蔑する言葉はがん無視。俺の出身他で京都市内だ、バーカ!




「さすがは、我があるじなのじゃ」

 〝りほ〟は満悦の笑みをうかべる。



「くうっ…人の結界を上書きするとは…主従揃って、無礼な奴らよ。ぶっ殺してやる。【式神召喚】インドラ・オン・アーク。来い、意宇矢田姫!」


 陣の背後にぽっかりと空く虚無の穴。


 そこからぬうっと現れたのは、華やかな小袖を纏った16才くらいの可憐な少女だった。


 奇異なのは…その少女にはお札の封印術が施されており目を閉じて眠っているように見えることである。


(意宇矢田姫…まさか!)


 インドラの呪を唱えたから、蛇に関係する魔物が出てきたはず。



 お札が剥がされ、少女の瞼がぴくっとなる。

 少女は、目をあけつつある。


 ギンっと、あけたその瞼の奥にあったのは…金色こんじきの吊り目。猫のような縦長の瞳孔——いわゆる蛇眼じゃがんである。


「シャー!」


 少女は、口をパックリあけて長い舌をチロチロさせる。


(眼と口を閉じていれば、可愛いかったのに)


 女優でいえば、16才くらいの矢◯亜希子ってところか?



「ふっ…驚いたか! 出雲国国分村矢田池いずものくにこくぶむらやだいけのヌシ——蛇姫へびひめよ! こいつに前衛を任せ、俺は六道の秘術をお前らに放ってやる。お前らには決して使えぬ、呪術師らしい大砲をな!

 六道流滅殺術・〝獄界に潜む氷なる蛇。我の求めに応じ、その姿を現せ!オン・アビラウンケン・ソワカ、オン・アビラウンケン・ソワカ…」


 出雲にまで蛇を捕まえにいくなら…八岐大蛇やまたのおろちだろ! 何をマイナーなお姫様を捕まえてきてやがる。


 それに、


(六道流滅殺術…ね。六階層あるうちの第三門ってところか…。それを使うのに、やたらとながったらしい呪を唱えるじゃないか。まぁ、俺には使えないんだけどね)


 術の発動まで、5分ってところか?



「5分くらい遊んでやれ。その式神も食っていいよ」


「名のあるヌシなのじゃろうが…4本といったところか? 美味くも無さそうじゃ」


 九尾の妖狐たる〝りほ〟が意宇矢田姫を見て、(やれやれ)と微苦笑する。


「シャー!」

 蛇姫は〝りほ〟を見て威嚇。



「そら、行け!一尾・管狐くだぎつね



「キュイ!」

 細長い小狐が俺たちの方をかえり見て、〝まかせて!〟とばかり可愛らしく鳴いたのだった。



♠️


 蛇姫の水術にたいして、管狐が放つのは炎術。


 その術のレベルは全くの互角で、無数の水刃と炎刃がぶつかり合って蒸気となる。

 周囲にもうもうとたちこめる蒸気の霧の中、2つのシルエットは立体的に周囲を飛び回りながら接近していく。


 管狐のフォルムは細長いものから成獣大の通常狐となっている。


(ここから使うのは、狐と蛇姫の牙と爪か?)


 俺は、陣が唱えている呪の対抗術を用意している。


〝りほ〟は俺の傍らに立って、俺をガードしつつ腕を組んで眷属の戦いぶりを見守っている。


「そろそろ……頃合いかの?」


「なかなか、いい勝負だったな」


 二つの影が交差する。


 どちらの爪があたったのか?より深手をおわせたのはどちらか? 着地しないとわからない。



 ストンと同時に着地。

 どちらも着地後にふらついている。


(ダメージも互角か?)


 いや…


「ふっ。上からの攻撃に目を慣らしておき、とどめは下から。…考えることまで同じだったわけじゃな」


 管狐が着地した地面がメシッと音をたててそこから何かが管狐を囲むようにニュッとでてきた。それも5本くらい。



「きゅーーーん」


 管狐は、5体の大蛇に巻き付かれ、苦痛にうめく。



「戻れ、一尾。そして、いでよ二尾!」


 管狐がぽんっと消え、蛇姫の足元からメリっと現れたのは…


 無数の大ナメクジ!

 地面からうねうねと粘体をくねらせて蛇姫の身体を覆い尽くしていく。


「溶かし、喰らいつくせ!」


 〝りほ〟が静かに命じたその時、食われる蛇姫のはるか後方で、六芒ろくぼうの星が昏く《くらく》輝いたのだった。



♠️


「六道流滅殺術・【蛇王氷殺波じゃおうひょうさつは】」


 六芒星の魔法陣から放たれたのは巨大な蛇の形をした吹雪の奔流。


「そんなの、護符3枚で十分。自己流護符術・【三星結集】! オン・アビラウンケン・ソワカ」


 俺は、護符を三枚使って巨大なシールドを〝りほ〟の目前に、展開する。


〝りほ〟を守るためだけではない。

 この護符術の本当の目的は…


 六道流滅殺術を自分の陰陽力に変換して吸収し分析し自分の物にすること。


「あっ…ああっつつ!」


 この程度の術に陰陽力を使い果たしたのか?はたまた自身の最強術をあっさり吸収されてショックだったのか?小兄は呆然と立ち尽くしている。


「今だ!」



「三尾・氷女こおりめ。抱いて、昇天させてやるのじゃ!!」



 現れたのは、白銀の髪をした小柄な美少女。雪女みたいな和装。


 俺達ににっこり微笑んで、小兄のもとへ両手を広げて近づく。そして、小兄を抱擁するように全身を包みこんだ。


「ぐあぁっつつつ!!!あが…お前ら、絶対…殺…す」


 小兄は、全身氷ついたように見えるが…

 口がきけるところをみると、ガチガチに氷ついた訳でもなさそう。半生ってところか?


 その威力は、六道流滅殺術では第1門級くらいだろうか?小兄の術より2段階威力が低い。〝りほ〟が全力で術を放ったと思えない。


 そこからどうする?


「いい感じに半生で氷りついたわ。ミンチにしてやるゆえな」


「ミンチかー」

 俺は、〝りほ〟に古代中国の王朝が殷から周へ変わった古事について質問したことを思い出した。


 その際、レシピも教えてやった。


「今日の【晩ごはん】は〝はんばーぐ〟なのじゃ。約束どおり、4本目を見せてやろうのぅ。来い、四尾・殷始王天乙いんしおうてんいつ


 〝りほ〟の4本目の尻尾が消えて、現れたのは…

 古代中国の立派な鎧を着た骸剣士。両の手には、2本の大刀。



「天乙!【殷始王双刃嵐いんしおうそうじんらん】」


 骸剣士は2本の刃を掲げてドリルのように回転しつつ小兄に向かっていく。

 巻き起こったのは、天まで届く大竜巻。



「やめ…や…ぐあっ…あーっつつつ!!!」



 グチャボキ、グチャボキ、グチャボキグチャグチャグチャグチャ…


(おえっ……)

 内蔵や骨や体毛はおろか、服ごとミキサーの如くミンチにしてやがる。

 血抜きもしてない。


 その肉は、美味しいのだろうか?



「ふっ。あるじいわく…どんなクズ肉も美味しく食べられる調理法なのじゃ❤️」


 クズ肉ね。多分…お金儲けのためなら可愛いJKを誘拐して人質にしてこちらに条件を飲ませた上で人質も殺すクズの肉って意味だ。



「あとの調理と食事は、俺の目につかないところでやってくれよ?俺の影の中、か?酒も奮発してやるからさ。チリ産の赤ワイン2本とビールも瓶で3本までな。あと、味変用にウスターソースやトンカツソース・大根おろしとポン酢。大量の千切りキャベツもつけてやる」


「最初の乾杯くらい、つきあうのじゃぞ」



「へーへー」


 沙織ちゃんの呪いを解いた時に、成功報酬として追加で45万円貰った。

 ちょっとくらい贅沢に飲み食いしてもいいだろう。


(今夜は祝宴だ)


〝はんばーぐ〟は〝りほ〟だけで、俺はチキンソテーでも作るが…。


♠️


 あとで、〝りほ〟にミンチの作り方が雑すぎると教えてやった。


〝りほ〟は小兄を再合成して、今度は血抜きして可食部と非食部を分けてからミンチにしたようだ。実際の調理場面は見ていないが…

 それでも大分食いでがあり、飽きたらしく…


「〝はんばーぐ〟は当面、いらないのじゃ」だそうである。


 この勝利によって、俺と〝りほ〟は飛躍的に強くなった。小兄を食した〝りほ〟からフィードバックをうけて、小兄の得意術や式神も自分のものにした。


 あ、「メタルキングスライムは、あんたの方だったな」って本人に言い忘れてた。


 …。


(ま、いいか)


 今さら、ポータブルゲーム機で一緒に遊んだ思い出をかたりあう間柄でもないし。

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