鬼の章

第9話バレンタインデー

「日頃の感謝を込めて、これを受けとっていただけますか?」


 2月14日。バレンタインデーである。


 バレンタインの起源は、古代ローマにあるらしい。


 ローマ皇帝は、戦争に赴く兵士達の未練につながるからと、若い兵士の結婚を禁じていた。

 その法律に疑問を持ったキリスト教の司祭ヴァレンティヌスは密かに若い男女の結婚式を推奨して行ったのだ。

 それがローマ皇帝にばれてヴァレンティヌスは処刑され聖人となったのである。


 俺にとっては毎年、モテ格差を痛感させられることになるチョコレート会社の陰謀に過ぎない訳だが。



 2月の京都は、まだまだ底冷えがする。夕暮れ時の薄暗い蔵の中、恥ずかしげに頬を薄紅色に染める少女は美しい。——沙織ちゃんだ。


 蔵の中?


 沙織ちゃんは今、俺と同じ古美術商で絶賛バイト中なのだ。


 どっかの寺の住職に狙われていた沙織ちゃん。 


 その住職に餓鬼の呪いをかけてやって交渉したら、お金をくれた上にもう二度と絶対に沙織ちゃんにちょっかいをかけないと誓ってくれた。


 お金もいくらでも払うといってくれたから1000万円で呪いを解いてやった。娘が葵祭の斎王代に選びなおされていたら、1000万円以上負担することになってたはずなんだ。同等以下の負担ですましてやる俺、優しすぎるだろ。甘いと言ってもいい。


 約束を破ったら、厳罰に処すけど。



「もしかして、手作り?」


 箱の装飾からしておしゃれだが、手作り感を覚えた。


「変な毛とかは入ってませんよ? ロシアンルーレットでもありません」

 沙織ちゃんは、いたずらっぽく言う。



「それ、なんの呪術? 沙織ちゃんがそんなことをするとは、微塵も思ってないよ。俺にチョコレートをくれる人自体がとても貴重なので、味わって頂きます。ありがとう。3倍返しもするね」


「ふふっ。楽しみにしてます♪」



「なんじゃ、それは?」

 興味津々で沙織ちゃんがくれた小箱を覗き込んだのは、さっきまで骨董品に興味を示して人間に化けて出てきていた〝りほ〟である。


「今日はバレンタインデーと言って、女性が感謝や好意を込めて男性に贈り物をする日なのです。主にチョコレートを贈るのですけどね」



「3倍返しとは?」



「今日贈り物をもらった男性は、もらった物の3倍価値がある物を一ヶ月後に女性に返すのが礼儀って感じですかね?」



「わらわもやるー❤️ 1000倍返しなのじゃ」


 わかりやすく、3倍返しにつられやがった!


(って、1000倍!?)


 30円のチョコをもらったら…30000円分のお返ししないといけないの?


 300円のチョコなら30万円相当のお返し??


 …。


(アホかーっつつつ!!!)


 そんなことで、家計が成り立つとでも思ってんのか?



「チョコレートの材料を買いにいくか。1000倍返しはしないけど」


「むうっ…」

 子供っぽくむくれる〝りほ〟。


 その様は、伝説に聞く〝玉藻の前〟や〝妲己〟と同一体とはとても思えない。



「バレンタインといえば…私の友達が毎年、とても困っているのですけど…」



「ボーイフレンド?」


「違いますぅ! その子、女の子ですよ?女子から人気がありすぎて毎年チョコをいっぱいもらうんですけど…男の子にはぜんぜんモテないって悩んでて。剣道部の子なんですけど…可愛いし、女子力もとても高いんです。料理も上手だし」


 可愛くて女子力も高いのに…同性にもてて、異性にもてないのかぁ。


(気か守護霊が強過ぎるんじゃないかなぁ?)


 気っていうのは性格って意味だけじゃなく生命エネルギーとしての意味あいも強い。


 守護霊が男を遠ざけてることもある。


 気の強さが原因なら、気をコントロールする術を軽くレクチャーすればいいし、守護霊が原因なら守護霊を説得してみるか?


「その子の相談に乗れるかもしれない。相談料1000円で」


「ここに誘ってみます」


 この時は、気軽に考えていた。ちょっとだけ気か守護霊が強い子が来ると。ちょっとだけ…ね。

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