第10話鬼の三重創

 2月の中旬。冬から春への過渡期となる時節だ。

 まだまた寒いが、梅の蕾みもほころびはじめている。春遠からじといったところだろうか?


 俺は商店街の中にある古美術商で春ならぬ客人の訪れを待っていた。


(いや、沙織ちゃんの紹介でJKがくるのだから、春真っ盛りか?)


 そんなことを考えていると…


 からんころん♪


 お店の扉が開いた。


「こんにちは。お客さんを連れてきました」


 沙織ちゃんが穏やかなトーンで言った。


「おじゃまします。坂上紀香さかのうえのりかです」

 溌剌とした声。


「夜叉神明です」



 ショートカットで前髪を長めに流しているキリッとしたイメージの中性的美少女が沙織ちゃんの後ろから挨拶した。手足もながく背も高い。180㎝近くありそう。



[鬼じゃな]


(ああ。しかし…)


 影の中からの声に疑問を呈する。鬼の気配は俺も感じている。奇妙なのは…それがひとつじゃないってところか?


「どうされました?」

 坂上紀香さんが怪訝な顔をした。


「鬼のえにし三重さんじゅうに見えたので…。心当たり、ある?」


「鬼の縁ですか…私の先祖が鬼姫おにひめだから…でしょうか??」


「鬼姫?…坂上という姓…なるほど。鈴鹿御前ですか?」


 坂上田村麻呂。歴史上、最初の征夷大将軍。そして、あまたの鬼を討ち、鬼姫と契って娘を成したとされる人物だ。

 その子孫が目の前にいるらしい。


「よくご存知で」


「鬼姫…」

 沙織ちゃんがびっくりしながら紀香ちゃんを見た。


「びっくりした?」


「少しだけ」


「三重の鬼縁のひとつは、先祖帰りか。一つは君自身が放つ鬼気だ。それにしても…先祖が鬼姫というだけでは鬼気が強すぎるような…もう一つは鈴鹿御前の加護か…。最後の一つは…」

 俺は紀香ちゃんをまじまじとみる。


 正確には、俺が見ているのは胸元だ。形もよく、大きさも平均よりすこし大きめでありそうだが、問題はそこじゃない。


(気か守護霊がちょっとだけ強い?)


 本人の放つ鬼気。守護霊も鬼。そして…



「…そっ、そんなに見つめられると…なんだか照れるのですが…」


 紀香ちゃんは、可愛いらしく頬を赤く染めて照れている。胸元を両手でかくして。


 その様はとても可愛らしいのだが…三重の鬼気がその可愛いさを相殺する。そりゃ、男が寄り付かない訳だ。


「あ、ごめん。胸のあたりに何かある気がして。それ、鬼の爪跡みたいな傷じゃないかな?」


 服の上からだが、猛獣に裂かれたような4本の爪跡みたいな物が見える。そこから放たれる鬼気も強烈。


 純然たる呪いである。


「そこまでわかりますか?」


「これが俺の仕事でね。……相談料1000円で済みそうもないな。親御さんに払えそうな分しか請求しないけど」


「……。親はIT系の会社を経営しているので、それなりの謝礼は払えると思いますけど…」


 紀香ちゃんが疑わしげな視線を俺に向けた。


「明さんは、法外なお金を請求しないと思うよ? 腕も確かだし。私もいつもお世話になっているし」


 沙織ちゃんがフォローしてくれる。

 持つべきものは、懇意にしてくれて顔も広く周囲からの信頼も厚いお得意様である。


「胸の傷、気になってるでしょ? 異性が寄り付かないことより。というか…その傷、紀香ちゃんに男が寄り付かないようにしてるよ?鬼のマーキング——処女のまま、おいしく食おうということらしい」


 俺は、紀香ちゃんそう説明した。


 俺の見立て上、そうとしか説明しようがない。

 処女の方が美味しいのか知らないが…なんともひどい呪いである。



「わ、わたし…処女のまま鬼に食べられちゃうんですか⁉︎」


「このままだとね。…とりあえず、親御さんと話をさせてもらえないかな? 協力させてもらえるかどうかはその話次第だけど…」


「分かりました。親に相談してみます」

 素直な、いい返事だ。



「うん。俺に呪いをとく手伝いをさせてくれる気になったら連絡してくれ。おそらく呪いが君を殺すのは、君の次の誕生日だろうから。なるべく急いでね。ちなみに、君の誕生日は3月3日で間違いないかな?」


「すごい! 誕生日、言ってないのに」


「その呪いの期日が今年の3月3日ぽかったのでね」


 胸にある鬼の爪跡。それから、紀香ちゃんの誕生日を当てたことで紀香ちゃんの信用を得られたようだ。

 いや、呪われてなくてもちゃんと占えるからね。道具を使えば。


 次に何がおきるかわからないことを〝鬼が出るか? 蛇がでるか?〟と比喩するが……蛇の次は鬼の相手をすることになりそうだ。それも、おそらく名の知れた強力な鬼の!

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