第12話ひな祭りの日にJKを警備する

 3月2日。一般的には〝ひな祭り〟と認識されている日の前日だ。


 俺は、紀香ちゃんのうちで紀香ちゃんを警備するために泊まり込む。床の間には、立派な雛段が飾られてる。

 雛壇を飾るようになったのは、江戸時代からだろう。


 このひな祭り、実は陰陽道と深いつながりがある。平安時代には毎月、祓えの儀式が行われていたのだ。

 3月に行われていたのは〝上巳じょうしの節句〟。古代中国ではこの日に曲水の宴——庭園の水辺で杯を流して詩歌を詠んだ宴。それにちなんで、平安時代の日本では、形代かたしろに災いを移して水に流す日になったのである。


(鬼を祓うのは2月3日の〝節分の日〟であるだろうに)


 まぁ、ひな祭り——紀香ちゃんの誕生日にふさわしいような気もする。紀香ちゃんが振る舞ってくれた晩御飯もとても家庭的で美味しかったし。


 ひな祭りイブたる今日の食事も一日早く祝う感じでちらし寿司や粕汁、その他色とりどりなパーティー料理が振る舞われた。


 〝りほ〟は甘酒を飲んで「甘くない酒を所望するのじゃ」と無邪気に言ったから、「飲むのは、仕事を終えてからにして」と注意したのだが…。


 鈴さんもいける口らしい。紀香ちゃんを鬼から守りきれた暁には、酒を盛大に振る舞ってもいい。酒の肴としては…紀香ちゃんが作ってくれたちらし寿司やパーティー料理の数々のほかに俺が京風おでんでも作ってやるか。京風おでんには、厚揚げも入るから〝りほ〟も喜ぶだろうし。


 ちなみに…紀香ちゃんの星座は魚座である。陰陽師たるおれは、星座占いをあまり重視しないが…。魚座の女性は思いやりが深く、家庭的なことが多いという。紀香ちゃんには、それがとてもよく合ってると思った。



♠️

 ご飯を食べて各自入浴も済ませた。

 ここからが本番である。


 紀香ちゃんが着ているのは極小のマイクロビキニ。


「これ、ほとんど紐じゃないですかぁあっつつ!!」

 入浴を済ませて着替えて来た紀香ちゃんが真っ赤な顔で俺に叫んだ。


 右手で胸を。左手で股間のあたりを隠しているが、ほとんど隠れていない。

 剣道をやっているからか、素晴らしいプロポーションである。



 紀香ちゃんはとても恥ずかしそうにしているが…別に女子高生にエロい格好をさせるのが目的じゃない。結界術をほどこすためだ。


 筆と陰陽力を練り込んだ墨汁も用意してる。


「すまない。これも必要な処置なんだ」


 鈴さんから紀香ちゃんに許可を取るよう言われたので、これから行う処置に関することと、それをしなければならない理由を説明する。


「これが、ですか?」


「うん。紀香ちゃんは、〝耳なし芳一ほういちという話を知ってるかい?」



「壇ノ浦の琵琶弾きが平家の幽鬼にとり殺されそうになるのを全身に経文を書いて防ごうとしたら、耳に経文を書くのを忘れていて耳だけ引きちぎられた話、ですか?」


「そう。これから施す術は、それさ。耳どころか全身くまなく経文を書き込むのだけどね。だから極小のマイクロビキニを着てもらっているわけ。経文を書き込んどかないと生まれつきかけられていた呪いによって、鬼に食べられちゃうし」


「…優しくしてくださいね」

 紀香ちゃんは涙目で俺に頼んだ。



「じゃ、やるよ」


「は…はい」


♠️

 紀香ちゃんに寝転んでもらい、墨汁に浸した筆を走らせる。


「ひゃっん…」


 紀香ちゃんは、目を閉じて必死に安静にしようとしてくれているが…くすぐったいのか時々声を上げる。筆で体をなぞられているからだけではなく陰陽力を込めて書いていることも関係しているかもしれない。


 そういえば、顔が上気したように赤らんでうっすら汗もかいているような…。


 なんだか、とっても艶めかしい感じがするが…


(これは仕事…仕事)


 雑念は振り払い、一心不乱に筆を走らせる。


「そ…そんなところまで? そこは駄目っ。あんっ。駄目っ、ああっつつ——」


 紀香ちゃんはとても敏感なようだ。


 デリケートなところに筆があたると声を抑えきれないようだが、わざとやっているわけではない。



 額から、足の指先までびっしり経文を書き込んだ時には、俺も紀香ちゃんも疲労困憊で息絶え絶えになった。


 まぁ汗やその他諸々の体液で経文が流れるようにはできてないし、明日の24時まで体に書いた経文は決して消えない。たとえ術師たる俺が死んだとしても。


「準備できたよ。よく頑張ったね」


「はぁはぁ。…私、もうお嫁に行けません。…責任…とってくださいっ」 

 紀香ちゃんは上気した顔・涙目で俺を責める。


「…善処する」

 最近の若い子の貞操概念はもっとおおらかだろうと考えていたのだが…



「〝善処する〟っていうのは、大人の言葉でNOっていう意味ですからね」

 横から、紀香ちゃんの母親である鈴さんが冷静につっこんだ。


 大人というか…京都人の答えかも? 京都人の受け答えは、〝はんなり〟ふわふわしているようで、〝いけず〟なのだ。



「そんなぁ…」



「私たちが鬼を退けたあと、努力することね。男世帯のご飯なんて悲惨に決まっているのだから、胃袋を掴んでしまえば簡単よ」



「お母さんもそうやったの?」



「もちろん。そうすれば男が寄り付かないと悩むこともないでしょう。まず、私たちでしっかりあなたを守りきってあげるから、その後で頑張りなさい!」


 そう言って鈴さんは横たわる紀香ちゃんの髪をやさしく撫でた。


「頑張るっ」


 第一印象は中性的でキリッとしたカッコいいタイプの女の子だと思ったが、母親と話しをしている姿は素直で純真ないい子って感じだ。

 母娘の仲もとてもいいらしい。


(何の話をしているんだ…まったく…)


 責任の取り方は、紀香ちゃんの想定と多分というか絶対違うが…仕事を引き受けた責任上、この母娘を絶対守りきって見せる!



「経文を書き込んだ紙の帽子と浴衣を着て寝ててね。術で朝まで眠っといてもらうけど…目が覚めて俺たちが側にいなかったら…明日の24時まで何があってと決して声を上げないように。明日の24時には呪いも解けるはずだから」


「はいっ。よろしくお願いします。お母さんも守りきってくださいっ。この恩は決して忘れないと誓いますし、一生かけてもお返ししますからっ」

 必死の懇願。


「死力を尽くすよ。安心しておやすみ」


「はい」


「オン・アビラウンケン・ソワカ」


 俺が安眠できるよう呪をかけ、紀香ちゃんの瞼がゆっくりとじた、その時…


 ゴーン…


 3月3日の0時を古めかしくて立派な時計の重厚な音が告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る