第13話鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪

 紀香ちゃんは床の間で寝ている。


 3月3日0時の鐘がなった刹那、紀香ちゃんの胸の辺りが昏く光った。

 そこからヌッと出てくる赤鬼の手。


(来た!)


 両の手を出して、頭も出てきた。


「むうっ、どーこーだー」


 むさいかんじの鬼が地獄から響いてくるような不気味な声でキョロキョロ辺りを見渡す。紀香ちゃんを探しているのだろうが…お前、紀香ちゃんの胸の傷から出て来たんだろ。そこにいると思わないのか? まぁ、経文の効力で鬼に紀香ちゃんの居場所がわからないんだろうけど。


「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ♪」


 俺はパンパンと鬼の注意を向ける。

 ふざけているようだが…これも鬼を誘き寄せ調伏するための呪法の一種である。子供の遊びには、呪法が隠されているのだ。


「陰陽術師! 娘を隠したのは貴様かー!!」



「ふ。鬼には決して見つけられないし、触れられない結界を施した。悔しかったら、ここまでおいで〜♪」


 お尻ぺんぺん♪


「許さん!」


 ほら、効果てきめん。


 大嶽丸は怒り心頭、紀香ちゃんの胸から全身をあらわした。

 身のたけ10丈(約30.3m)といわれる大身。窮屈そうにその身をかがませているが…立ち上がればこの家が潰れる。


「【結界術・羅生門】オン・アビラウンケン・ソワカ!」


 俺は咄嗟に印を結んで大嶽丸を異空間へと飛ばした。勝負はそこでつけてやる!



♠️

「ここは?」

 鈴さんが問いかけた。


「なにやら懐かしい感じの場所じゃな」


 それはそうだろう。この結界のモデルは、平安時代の京都——平安京なのだから。


「〝羅生門〟ですよ」


「芥川龍之介の?」


「そうです」


 朱雀大路にある丹塗りの所所禿げた荒廃した感じの門。

 朱雀大路のどんつきには大内裏がある。


 目の前には荒れ果てた平安時代の京都をイメージした町並み。古代中国の長安を模した賽の目状に整備された街並みではあるが…

 建て物が崩壊している場所も多く、華やかとは言い難い。

 俺達は、羅生門の軒下で雨やみを待っている感じで3人並んで立っている。


「私はみぐるみを剥がされるのかしら?」

 鈴さんがいたずらっぽく言った。



「いやいや。鈴さんに老婆の役なんかやらせませんよ。女子大生で通るくらいの容姿なのに…」


 ロールプレイをしているつもりはなかったから、鈴さんの発言は焦る。


 〝羅生門〟は生きるために犯罪に走ることを戸惑っていた下人が羅生門で雨宿りをしていて、老婆の話しを聞いて老婆のみぐるみを剥がす話しだし。


 だが、鈴さんが老婆と呼ばれるのは果たして何十年後なのだろう。30〜40年後??

 その時も大学生くらいの容姿だったら、どうしよう?


「あら、お上手」


「何の話じゃ…来るぞ!」

 〝りほ〟が焦ったように言った。



「ぐっおおおっつつつーーー」


 身の丈30m余りの鬼が平安京をイメージしたステージの真ん中で猛り狂っている。

 そのさまは、おとぎ話というよりまるで怪獣映画。


(ウルト◯マン呼びたい)


 不意に雷雲がたちこめる。


「いかん…【金気避雷法】アンテラ・オン・アーク!」


 アンテラの呪を唱え、呪符を投げる。そこに大雷が落ちた。——避雷針の要領である。


 間近に雷が落ちたため、空気が震えてちりちりする。(直撃を受けていたら)と思うとヒヤヒヤ物だ。


(あぶねー)


 大嶽丸は嵐を呼び、雷を降らせ、業火を撒き散らすという。

 高位の怪異は、印を結ばず呪も唱えずタメも無しで息をするように壊滅的な術を乱発してくるから嫌になる。単純な膂力もとても強大で、防御もとても硬いだろうに。



「おちおち〝羅生門〟トークもできませんね。さて、この結界の効能ですが…俺が女と認識するものは一割ほど全ての力が向上し、俺以外の男と認識するものは一割ほど全ての力が制限されます」


「結果術で一割も力が上下するの?すごいわ!」


「バフやデバフ撒くの得意なんで。あと、自分の結界内限定で俺は回復術や蘇生術も使えます。欠損も完全再生できますし、体力の回復もできますが…陰陽力を著しく消耗するんで、なるべく大怪我や致命傷は負わないでください!」



「彼我の力の差が縮まるのはありがたいが…体格の差はどうにかならんのか?」



「たしか、追い詰めると分裂して数で押してくるはず。分裂した分、小さくなるよ」


「数は?」


「数千から数万体!」


「うへぇ、それを3人で相手しろというわけか?」


「勝ったら、酒盛りな」


「…………おぬし、わらわは酒で釣れば良いと思っておるじゃろう?」

 じろりと睨む〝りほ〟。


「まあね」



「えっと…」


 俺と〝りほ〟の会話を聞いていた鈴さんが口を挟んだ。


 その間にも雷がちょくちょく降ってきていて俺がいなしているし、大嶽丸はずんずんとこちらに近ずいてきているのだが。


「なんです?」


「まず、話あいで解決を図りません? 私、子供が欲しいと神社でお願いしたけど、その代償として大嶽丸に16歳になりたての娘をささげるなんて誓ってないもの」


 鈴さんはメガネをくいっと上げながら、自然体で言った。

 さすがは、【三明の剣】を大嶽丸から恋歌ひとつで奪いとった女である。面構えが違う。



「…言ってみたらいいかもです」


 意外と言ったもん勝ちかもしれない。


「交渉が決裂したら、どうするのじゃ?」


「…剣術三倍段といこうか?」


 俺は、鈴さんからもらった【顕明連】を〝りほ〟に渡しつつ言った。


「三倍で足りるかのぅ」


「私も使うから六倍よ?」


 鈴さんがチャキっと誇示したのは【大通連】である。

 残る【小通連】は、紀香ちゃんの枕元に置いてある。守刀だ。


 もう大嶽丸は目前に迫ってきている。


♠️

 目前に立つ30m余りの巨体は圧巻だ。


(話づらそうだし縮んでくれないかな?)


 身長の操作くらい絶対できるだろうし。

 たしか…その昔、鈴鹿御前に言い寄るために貴公子に化けて通い詰めてたはず。


「私はー! あなたと契約を結んだ覚えは無ーい! 民法96条一項に基づき契約の取り消しを求めます!!」


 鈴さんは巨体を見上げながら声を張り上げていった。

 民法に基づいて契約の取り消しを求めるとは、経営者の鏡であるだろう。



「民法とは何だ? 我、汝の願いを確かに叶えた! 対価は当然もらう。それと…【三明の剣】も返すべし!!」


 大嶽丸はそう言いながら、右の拳をふり上げた。

 そこから繰り出されるのは、振り下ろしの右——ボクシングで言うところのチョッピングライトである。


 その拳は当然のように業火を纏っている。名付けるなら【フレイムチョッピングライト】といったところか?



「退避っーつつつ!」


 俺は叫びながら率先して大獄丸の足の間をすり抜けた。

 鈴さんと〝りほ〟も後につづく。


 ドッゴーーーンっつつつつ!!


 振り下ろされた右拳の先にあった羅生門が大破・炎上する。交渉が決裂した瞬間だった。


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