第28話梅花苑の若女将

 市バスで揺られること30分。隣りには、上機嫌にまとわりついてくる女子大生。


(ツンドラ地方の原住民はどこへいった?)


 あれは、呪いの副産物だったのか?


 おしゃれな帽子に白一色のコーデという八尺様のようなファッションもなりを潜めている。

 いや、白のワンピースもおしゃれな帽子も着用しているが、若草色の春カーデガンが春らしさを強調しているというか。

 ルージュも今回は真紅ではない。桜色のような春めいた代物。


 総じて、今日の晴子は春らしいおしゃれな格好なのである。


 髪型も長かった前髪を切って、吊り気味の目も隠していない。



 京都府上京区馬喰町。日本三大天満宮のひとつ北野天満宮があることで有名な場所である。


 バスから、降りるとすぐ左手側に北野天満宮がある。菅原道真を祀った学問の神様だ。

 というか、怨霊となって祟りをおこした菅原道真を神として鎮めた場所。


 梅花の風雅な香りがほのかに漂っているような気もするが、隣りのJDが清涼な梅の匂いのする香を纏っているために定かではない。


 寺町のあたりと比べると鄙びた《ひなびた》ところだ。


 北野天満宮は、梅と紅葉の名所でもあるし、時節は三月下旬。梅の見頃を少し過ぎた頃だが、梅を見に来たわけでもない。


 目的地へは少し、歩かないといけない。


 風が強く温かな日差しの中、女子大生の姪にまとわりつかれながら歩くのは、少々煩わしかった。


(仕事で来ているのに)


♠️

 目指すは老舗旅館〝梅花苑〟。料理のおいしさと看板猫で有名な料亭旅館である。


「呪いを解く方法を見つけてきました。私にかけられた呪いも解いてきましたし」


「解いたの俺だけどな」


「えらい時間をかけて頑張って下さったんどすなぁ」


 この口調は嫌味であろう。料亭旅館のおかみさんである。


「大変、申し訳ございません」

 晴子、平謝り。


「若女将である娘の呪いが解けるなら、よろしいわ。あの呪いのせいで縁談が流れて、部屋に引きこもりっばなし。呪いに大量のご飯をあげてるのにやせ細って、元気だった頃の影も形もあらしまへんで」


「今度こそは、必ず呪いを解いてみせます!」


♠️

「晴子はん、また来はったん?」


「若女将、ご無沙汰して申し訳おまへん。こなたも呪われて陰陽力を吸われ尽くされて、にっちもさっちも行かなくて…。この明お兄さんに頼って、呪いの解き方を解明してきました。堪忍してください」


「頑張って呪いの解き方を解明して来てくれはっただけ嬉しゅうおす」

 これは、嫌味ではなかろう。


 顔の半分に包帯を巻いている。寝たきりの状態のようで、やせ細って今にも死にそうだ。


「ほな、解呪します」


「言っておくが、俺は極力手をださないからな。【孔雀明王】使えると思うなよ。まぁ、呪いを討ち漏らさないように結界張ってやるし、俺の陰陽力を込めた霊刀なら貸してやるが」



「霊刀なら持ってます⤴︎オン・アビラウンケン・ソワカ」


 晴子の横にぽっかりあく虚空の穴。


 そこから取り出したのはおしゃれな朱色の鞘に収まった白柄の刀。


「それは?」


「【小狐丸こぎつねまる】の真打しんうちどすわ」


石切剱いしきりつるぎ神社にある奴じゃなくて?」


「あれも宗近の作と言われてますが…これとは別物どすな。小狐丸という刀は方々にありますよって、三条宗近はぎょうさん【小狐丸】を作ってばらまかはったんやろな。これは、2本うたれたもののうち一本は藤原氏が。出来が良かった方のもう一本は土御門氏が秘蔵したのどす。正真正銘、狐の使いが相槌をうった霊刀どすわ。こもってる霊力というか、陰陽力が違う。藤原氏に渡られた物は九条家から鷹司家に伝わって以来、どこぞへ失せたそうどすけど」


 困窮した貴族が売り払ったな💦


「あとで見せて」


 知的好奇心から頼んだ。


 制作年代は、ちょうど安倍晴明が活躍していた時代だ。相槌稲荷神社の使いが相槌を打ってできたという刀。安倍晴明の直系が持っていてもおかしくない代物であろう。


「明お兄ちゃんのは?」


「【童子切】だぜ。多分、真打ち」


「【童子切】の真打ちは六道が持ってたわけどすか?」


「らしいな。くそ親父に使役されていた大嶽丸からぶんどった」

 どこぞかから盗んだと考えていたが…陰打ちと真打ちの概念を忘れていた。


「あのっ、刀自慢はその辺にしといてもらえますか?」

 側に控えている女将さんがキレ気味に言った。


「「ごめんなさい」」


♠️

「では、いきます」


「まずは結界術・【北野天満宮】オン・アビラ・ウンケンソワカ」


 周囲の情景が変わっていく。


「ここは?」

 女将さんが訪ねた。


「俺が貼った結界です。ご近所に迷惑をかけないよう、結界を張らせてもらいました。呪いと一戦まじえますから。刀は、そのためのものです」


 イメージは梅が咲き誇る北野天満宮。


「こなたの式神はこの呪いを受け付けなかったみたいなので、式神に援護させて、とどめは刀でさします」


「ちゃんと呪いの本性を特定しろよ?」


「わかっとるわ!」


 晴子は、水晶玉を取り出した。


「あと、式神も出しといたほうがよくない?」


「いまからだすところっ。うるさい!」


 無償で手伝ってやってるのに「うるさい」とは、いかに?


 いちおう、俺も【童子切】と呪符をもってスタンバッておく。


 【孔雀明王】の力が効くとわかっているし、俺なら〝りほ〟を呼ばずとも【孔雀明王聖炎呪】で呪いを滅することができる。




「【式神召喚】バジュラ・オン・アーク」

 晴子が【式神召喚】の呪を唱えた。


 五芒星の光から出てきたのは…


 4本足、金色のシュッとしたフォルム…お尻には3本のふっさふっさの尻尾。


(三尾か…二千歳だな)


 弥生時代の末期から生きている妖狐である。いや、それでもすごいのだが。


「水晶玉よ、この呪いの本性を暴きたまえ!オン・アビラウンケン・ソワカ」


 水晶玉が光る。


「正体はやっぱり、蜘蛛!明お兄ちゃん、嫌蜘蛛香を護摩壇にくべてくれる?」


「よしきた!あー…あと陰陽力を貸してやるよ。呪いの主導権とるのにお前の陰陽力だけでは時間と体力と陰陽力がかかりすぎるだろうからな」


 陰陽力を勾玉に込めてわたす。その勾玉を使うことで術の触媒となる。


「ありがとう。オン・アビラウンケン・ソワカ…わ、術の威力が全然違う…それでも小一時間ほど術を唱えた続けなきゃだけど。オン・アビラウンケン・ソワカ、オン・アビラウンケン・ソワカ…」


♠️

 1時間後


 ようやく、晴子が術の主導権を握って、若女将から呪いを引き剥がすことに成功した。


「ハァハァ…」


 晴子は、とても消耗している。これでは、太刀を振るえまい!


「しょうがないなぁ!【孔雀明王聖炎呪】オン・マユラキランティ・ソワカ!!」


 俺は、孔雀明王の呪を唱えながら呪符を投げ、刀を抜きつつ逃げようとしている蜘蛛の呪物へとダッシュした。


 まぁ、式神を召喚した上に六道の嫡男が仕掛けた呪いの主導権を握るだけでも大変なのだ。陰陽力を込めた太刀を振るう力が残ってなくても不思議ではない。これを平然とこなす俺がおかしいのだろう。


 呪符によって黄金の炎に包まれ、動きを止める蜘蛛。

 その蜘蛛は、牛くらいの大きさである。


 一本ずつ蜘蛛の足を切断していく。


(切れる!)


〝童子切・真打〟の切れ味、素晴らしい!


 とどめに頭胸部を切断すると、蜘蛛は燃え尽きて灰とかした。


「これで、終わりだ!【式神召喚】バジュラ・オン・アーク」


 五芒星の光からぬうっと、でてくるのは、言わずとしれた〝りほ〟。


「なんか術師に呪いを返して。えげつないやつ」

 燃え残った灰をわたす。


「そのためだけに、わらわを呼ぶか!相変わらず、人を呪うのが苦手な優しい主じゃ。そうじゃのう…カエルを丹田に寄生させ、おたまじゃくしを吐きつづける呪いをかけてやろう。陰陽力をねれなくなるとともに、接種した食事も消化すらままならず、もどしつづけることになるじゃろう」


〝りほ〟が呪物の灰にふぅっと息を吹きかけると、はるか彼方に飛んでいった。新たな呪いとして仕掛けた人に返って行ったのだろう。


〝りほ〟は満悦の笑みを浮かべている。戦闘も呪い返しも至極楽しそうにする式神だ。何事も楽しむ。それが上達の秘訣かもしれない。人を呪うことを楽しいとは思わないが。


「終わりました。これで、娘さんの呪いは完全に解けました」

 女将さんに報告する。


「ありがとうございます」


「霊薬も出しますから、しばらく飲みつづけてください。体力の回復がはやまります」


「はい!ありがとうございます」

 若女将が弱々しいながらも心からお礼を言ってくれた。


 自室で寝たきりになっていたが、元気に働けるようになるだろう。縁談も流れたようだが、この若女将、気立てもとても良さそうだし相手も遠からず見つかるだろう。


(ここの料理、食べに来てみようかな?)


 若女将の体調も、女将さんの機嫌も、次来るまでには治っているだろうし。


 


♠️

「晴子さんもよく頑張ったけど、体力と陰陽力をつけような。それでは六道の相手はできないよ」


「六道を相手にするなんて、もうまっびらごめんですー。それに体力はともかく、陰陽力ってどうやってつけるの?」


「野山を駆けたり、滝にうたれたり、パワースポットで自然の気を取り込むイメージトレーニングにはげむんだよ」


「うげ」


「それはともかく…せっかくだし、北野天満宮で梅をみながらお茶とお団子でも食べていくか」


「「わーい」」

 左右から抱きついてくる〝りほ〟と晴子。


(呑気なもんだな)


 六道の長兄と依頼主がこれから、おたまじゃくしの呪いに苦しむというのに!


 長兄はともかく、依頼主の方は解呪にいくら払ってくれるかな? ぐへへ(ゲス顔)


——————————————————————————        [あと書き]

 北野天満宮の周辺におそらく『梅花苑』という名の料亭旅館はないと思います。今回のは、創作です。というか、周囲に看板猫がいて料理の美味しい料亭旅館は確かにありますが名前が違います。


 この話が面白かった。続きも早く読みたいというありがたい読書様、おられましたらフォローも星も応援もじゃんじゃんつけてくださると嬉しいです。

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