第35話六道の嫡男
「【六道流六芒陣】」
長兄は6体に分身し、等間隔で陣どった。
それらを結ぶと六芒星の形になりそうで、中心に〝りほ〟がいる。
「なんのまねじゃ?【式神分身】と言っておるが、どれも本体じゃろう?さしずめ、6体全てを一気に倒さないと魂を集めてまた6体に分裂するんじゃろう?」
「ふ。それをこの一瞬で見抜くとは…。恐ろしいほどの戦闘センスよ。明に位置を入れ替えられるなら、入れ替えられても瞬時に矢の方向を変えれば良い。情報が共有された12個の眼から逃れられると思うなよ!」
なるほど?12個の眼で〝りほ〟の位置を常に把握して、瞬時にテレポテーションとサイコキネシスの合わせ技みたいな力で黒雷の矢を〝りほ〟とナーガへ攻撃を誘導しようというわけか。
「そう上手くいくかのぅ?やってみよ」
〝りほ〟は不敵に笑った。
「では…【六芒星陣暗黒雷神弓】! はあっつつつー」
長兄の一人が黒雷の矢を放った。
それは、途中から6本に分裂しつつ〝りほ〟に迫る。
「鬼さんこちら、手のなるほうへ♪きゃはは」
〝りほ〟は遊んでいるかのように喜びいさんで不規則な動きで逃げる。矢はそれをどこまでも追いかける。矢の速さは〝りほ〟の不規則な動きを追尾するために雷速に及んでいないが、音速をはるかに超えているだろう。その様はまるで追いかけっこ。
「こっちへ飛んできて、すんででかわし…ワイの術をワイに当てる算段やろ? うまくいくかな?」
「きゃは!」
〝りほ〟は長兄の一人に急接近したあと、ひゅんと消えた。急加速して方向転換したというか。
矢は追尾しきれず長兄1に向かう。
「【霧化】」
長兄1は全身を霧状になって矢をすり抜けさせた。
インドラジットの得意術である。
「あ、ずるい」
「そら、矢を追加してやる」
近くにいた長兄2と長兄3がさらなる黒雷の矢を〝りほ〟に向けて放った。
「逃げてもキリがないわ! 霧じゃけど。…ナーガよ黒雷の矢を打ち消せ」
紐状の武器となったナーガを風車のように旋回させて黒雷の矢を打ち消す〝りほ〟。
それから、追尾してくる矢をことごとく打ち消してゆく。
「お返しじゃ」
蛇の弓矢を形成し、6本同時に放つ。それらは、長兄1〜6にそれぞれ向かっていく。
「追尾機能付きの矢を返すか。この、負けず嫌いが! ワイは、お前のように無様に飛び回るようなことはしないで?」
6体の長兄はいっせいに霧となる。
「これでお前の矢は永久に当たらん!」
【霧化】ねえ…攻略法は色々ありそうだが…。長兄は絶対に破られないと自信満々らしい。その術ならば、俺でも破れるぞ!
「ふ。…おぬしは、その避け方をすると思うたぞ!」
「なにっ」
〝りほ〟も【霧化】の対抗策を思いついたのか。
「ここが主の結界だともう忘れたか?」
「な? 明の陰陽力はもう尽きとるのでは??」
まさかの、俺頼みかい!
——俺の感心を返せ。いや、破れるけどね。
「くく…くくくくくく」
〝りほ〟は不敵に笑った。
「なに
「身内とはいえ、主のことを何も知らんのじゃな!…わらわ達はほぼ毎晩、体を合わせておるのじゃ。主が体力を回復させる早さもよう知っとる。高度で威力も高い術の2つや3つくらいもう使えるわ!」
体力や陰陽力の回復力を誉めてくれるのは嬉しいけど…毎晩、精力を限界まで絞りとられるからなぁ。
(思い出すだけでげっそりする)
まったく、
さっきまでほとんどすっからかんになってへばっていた俺に、高度で威力も高い術を2つ、3つ使わせる気だ。
「はいはい。回復したはしから陰陽力を絞りだしてやりますとも!…風よ、長兄を一ヶ所に集めろ」
結界と同化した俺は呪を唱えなくても事象を操作できる。
風が霧を一ヶ所に集めた。
「土よ、長兄の霧に混ざれ」
土煙が霧に混ざっていく。
見る間に霧が個体となっていく。
霧に土を混ぜて固める攻略法はありがちか?
「ぐ…体が重い。鉛のようだ。これ、単なる土やないやろ!?」
「あー、失礼。土だけでなく金閣寺の金箔を砂金と化した物も多分に混ぜてある。豪勢だろ?」
結界内の物質は仮想現実のようなもの。
「そういえばこの結界、【金閣寺】やったな」
遅ればせながら、今回の結界の効能を教えてやろう。
それは——
〝術師は空間内の彼我の位置、金気、火気を自在に操れる〟というもの。
金気は、言わずとしれた砂金の操作。火気は何に使ったかというと…風を起こしたのだ。
風そのものは、木気であるのだが…気圧の高いところから低いところへ吹くという特性を持っており、火気を使った空間内の温度変化によって気圧の差を作って風を吹かせる方法もある。まぁ、何の力も使わずにそんな芸当ができるわけではなく、当然、陰陽力を消費するのだが。この結界のメリットとしては、普通に呪を唱えて術をつかうより、明確に円滑にイメージを現実化出来ることにある。
「派手好きな長兄の最期にピッタリだ。俺の陰陽力がたっぷりこもった砂金にがちがちに固められて、もはや、分身もできず霧にもなれず高速移動もできん。雷速の矢も放てぬ。インドラジットも形なしだな」
陰陽術の闘いは速さとか、力などの脳筋だけではない。相性、そして、応用力が物を言うのだ!
つまりは、【相克】と【相乗】!!
「クソ明っつつー」
普段からスカした態度の長兄が悔しそうに血走った眼で叫んだ。
今の長兄はどんな状態かというと…身体中を砂金で覆われて蛙状の顔だけ出ている状態。ミノムシの如く完璧に封じられている。
「最期は蛇で丸呑みじゃな」
「手強かったか?」
俺が〝りほ〟に聞いた。
「ああ。人間の転生体とは思えんかった。主の結界の中でなければ負けていたかもしれぬ」
「俺の結界以外で戦いたかった?」
「いや…辞めておこう。善戦した上で負けるのならともかく、ボロ負けするのは面白くない」
「よかったな。超絶負けず嫌いで戦闘狂で自尊心も高い〝りほ〟が素直に兄貴を認めたぞ!」
ボロ負けするとまで言うとはな。
まぁ、【暗黒雷神弓】と【多重分身】の複合戦術は、やばかった。あと、【霧化】も。
「ぐぅ…。お前の結界内で戦うんやなかった。神クラスの羅刹になったのに…。お前の手の内で踊らされただけや」
「結界を上書きすればよかったものを」
「九尾の前でそんな隙を見せられるか!お前の結界を上書きするの、インドラジットといえども簡単やないんやぞ!」
「俺の結界と〝りほ〟をそこまで評価してもらえていたとは…」
なんだか気持ち悪い。
「くそっ。最期にどんな呪詛を吐いてやろうか?」
「呪詛だと?? 死際は潔く爽やかにいこうとは思わないのか?」
俺は心底呆れたように言った。このごにおよんで、俺達を呪うのか? 六道の死際の呪い…絶対やっかいだろ。
「…こんなんどうや?」
「うん?」
「親父のやろうとしていることを見ずに死ねてよかったかもしれん」
「ほう?」
どんな呪いを残すかと思えば…言葉だけとは??しかも、負け惜しみか?
「ワイが呪わなくとも、世界は絶対酷いことになるはずや。最期に親父に会った時、聖書を読んどったからなぁ。あの親父が聖書やぞ」
「聖書?」
クソ親父め、これまでの所業を悔い改めて陰陽道からキリスト教に宗旨替えでもしたのか?
…まさか、ね。
「思わず見てる箇所を覗き込んだわ。〝ヨハネの黙示録〟やった」
「…〝ヨハネの黙示録〟か」
聖書の中で人類の終末を予言している箇所だ。厨二病全開で。
「終末のラッパを鳴らすぞ、親父は」
「…なんでそんなことを教えてくれるんだ?」
「司法取引ってやつかな? 魔物として生き続けることは拒絶するが、苦しい死に方はしたくないみたいな」
——なるほど。司法取引、苦しい死に方はしたくないときたか。
往生際が悪いというか、長兄らしいというか…土壇場でプライドをあっさり捨てれるのがこの長兄の強みというか。俺には、絶対できない言動である。感心とか関心とまではいかないが、それに近い感情は湧いた。
「…いいだろう。〝りほ〟、親父の情報をくれたことに免じて優しい毒で殺してから蛇で丸呑みにしてやれ」
「…あい」
「お情けをかけてくださりどうも」
「来世では、呪いを家業にする様な家に生まれてくるなよ。ろくな死に方をしないからな」
「腹違いの兄弟でもありたくないなぁ」
長兄はしみじみ言った。
「まったくだ。赤の他人がよかった」
俺も心底同意した。
「来世では、互いに関わり合いになりとうないな。育ちも思想も違いすぎた」
互いの母親の思想が違いすぎたのだろう。
長兄の母親は、六道の正妻としてふさわしい人物。人を呪う家業を良しとする人間だったのだ。俺の母も度重なる長兄と小兄の呪いで衰弱死したようなもの。呪いを解ききれなかった俺が未熟だったとも言えるが…。親父は、それを見て見ぬふりをしてたんだ。
「話しは済んだか?」
「「ああ」」
「ナーガよ、やれ」
ナーガは、長兄に巻きついて毒牙を突き立てた。
思えば、俺と俺の母親をいじめ抜いてくれた兄達も義母も六道という家の被害者だったかもしれない。
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