第45話葵祭斎王代以下御禊神事

 5月4日。雲一つない晴天である。


「こんにちは、陰陽師チャンネルの夜叉神明です。さて、今日は葵祭の御禊神事の日です」


 今日も動画を生配信している。


 メンバーは、俺、〝りほ〟、晴子、紀香ちゃんの4人である。


「今年は、上賀茂神社で行われるんやんな?」


「そ。だから上賀茂神社の大鳥居の前に来ています」


「え。御禊って毎年、場所が変わるの?」

 質問したのは、紀香ちゃん。まあ、脚本通りのセリフである。


「下鴨神社と上賀茂神社で毎年場所を入れ替えて行われるんだ」


「ちなみに上賀茂神社の正式名称は加茂別かもわけいかずち神社。御神体は、加茂別雷大神。雷の神さまや」


「へー。あ、京野菜を中心とした創作料理バイキングのお店がある」


「そこ、なかなか美味しいで」


 アドリブかよ。こういう脱線の仕方は女の子特有かな?


「今度、みんなで食べに来ません?」


「結構高いから、明お兄ちゃんの奢りな。あと、神社の中には、御神水でいれたコーヒーとか売ってる店もあるで」


「それも飲みたーい」


「〝明お兄ちゃん〟の」「〝明さん〟の」「「奢りで」」


 2人の声が揃った。


「こらこら」


 息ぴったりだな。こいつら!


 まぁ、高校生らしい薄給で動画に出演してくれている謝礼として、それくらい払ってもいいけどな。スパチャもありがたいことに結構もらえてるし。今回の収益だけでも、沙織ちゃん・紀香ちゃん・晴子・〝りほ〟・俺自身に京野菜バイキングと御神水コーヒー(あるいはグリーンティー)を奢って、焼き餅をプレーンと抹茶の2種類を1つずつつけても黒字だろう。


 1人あたり、4千円ずつくらい飛んでいくけどね。つまり、5人で2万円かー! プラス、沙織ちゃんと紀香ちゃんには、出演料もちゃんと払う。


(とほほ)



♠️

 話が脱線したが、大鳥居をくぐって境内に入る。下には白いじゃりが敷き詰められているのでジャリジャリと音を鳴らしながら歩くことになる。


 ゴールデンウィーク中だからか、見物客はとても多い。

 撮影場所をしっかりキープしないとな。


「沙織ちゃんのメイクには、関われなかったんだって?」 


 晴子に聞いた。


「専属のメイクアップアーティストがおるんやって。こなたがやった方が映えるのに!」


「晴子さんと〝りほ〟ちゃんと私でさおりんを磨くためにしょっちゅうみんなで泊まってたしねー」


「俺は泊まって無いよ!」


「明お兄ちゃんも、今日はうちに泊まるか? こっちも配信すんで?」


「パジャマパーティーをね!」


「「ねー!」」


 女子会…パジャマパーティーを配信…だと?


「それって…配信していいもんなの??」


「まぁ、入浴シーンとかは見せられないけど、すっぴんのパジャマ姿くらい全然見せてもかまわんやろ。こなたらは、まだまだ若いし! 沙織はんが今つこうとるおしろいは肌に負担がかかるし、こなたがケアせんとやし。平安時代から続く陰陽貴族のスキンケア技法を披露したるわ!」


〝チャレンジャー!〟


〝さすかは、晴子姉さん〟


〝晴子姉さんのそういうとこ、大好き〟


〝ぜったい見る!〟


〝晴子姉さん、最高!〟


〝すっぴんの晴子姉さんってお化けみたいだったりしない?〟


〝怪異・晴子姉さん…見たい!〟


「失礼な! こなたたちは、すっぴんでもハイスペックどす!!」 


 まぁ、その通りだろうが…自分で言うか?


 それに、呪われていた晴子は確かにお化けみたいだったし。


「何度も断るの気がひけるし、行って良いなら行くよ。〝りほ〟が最近、楽しそうにお泊りしてたし、気になってたんだ。みんな、仲良くなったね。本当に」


「さおりんも、いつも以上に綺麗に仕上がってますよー!」


「楽しみだ!」


♠️

 楽士達が雅楽を奏でる。それに合わせて50人もの女性が色鮮やかな着物を着て行進してくる。


 列の真ん中には、十二単の上に白い小忌衣おみごろもを着た沙織ちゃん。


(超綺麗!)

 見惚れて、言葉を失う。


 いつも綺麗な子だと思っているが…かすかに赤みがかったおしろいに真っ赤な紅を差し、鮮やかな十二単をまとった沙織ちゃんは、別物だった。


(これは…高貴な妙齢の姫君様ですわ!)


 沙織ちゃんの直垂を持って歩く稚児(?)も超かわいい。


 そりゃ、平安時代だったら皇女を堂々と見物できる数少ない機会として、人が大勢集まる。源氏物語でも紫の上と六条の御息所が牛車の場所を巡って喧嘩もするわ!


 人間に化けた〝りほ〟が俺の横腹を肘で軽くドスッて小突いた。

(見惚れてないで、早くしゃべれ!)ってことだろう。


「色とりどりな着物を着た女性が行進しています。沙織ちゃんは、列の中央を歩いています。見えますでしょうか?十二単の上に真っ白な小忌衣をつけています。頭には、心葉と呼ばれる冠。五色のひかげ糸、葵の葉で飾っています。葵の葉で装飾するから葵祭っていうんですよね。ちなみに徳川家の家紋である〝葵の御紋〟もルーツは加茂神社の神職からなることを示しています!」


〝へー〟


〝沙織ちゃん、超綺麗!〟


〝これは、高貴な平安貴族の令嬢ですわ〟


 あ、俺と同じようなことを言ってる!


〝後ろの稚児さんもかわいい!〟


〝どっちか未来の斎王代やろうなぁ〟


「葵祭の役柄は持ち回りが多かったりしますからね」


〝次は、何を撮るの?〟


「この後、斎王代とお付き役の人達は、お祓いを受けることになるでしょうが、それは撮れません。上賀茂神社を周りましょうか。その後、沙織ちゃんが形代を流す所を見てもらいましょう」


「本殿は、お祓いを受けたもんしか入られへんからな」


「特別公開の時にお祓いを受けて入って欲しいね。上賀茂神社の狛犬は、本殿にある。そして本殿の扉には、狛犬の絵が描いてあるからな。あれも陰陽術だよ」


「何ですか?それ」


 紀香ちゃんが合いの手を入れるように聞いてくれた。


「狛犬が本殿にあるのは、神職が戦乱で神社を離れた時期があって神社を開けることになるから、本殿を近くで守らせようとしたんや」


「狛犬の絵が本殿の扉に書かれているのは、江戸時代に狛犬が夜な夜な、外に出て暴れ回るっていう周囲の住民達からの苦情があいついで、狛犬の姿を蝋燭で照らしてその影を扉に映しながら絵を描いて封じたんだよ」


「へー!」


〝陰陽術だね〟


♠️

 加茂神社は、京都でも最古の神社。支社もたくさんあり、紹介する所はたくさんあった。


 織田信長は、上賀茂神社で競馬くらべうまに馬をたくさん提供した。そこでおかきやお茶などを出されて、その接待を大変喜んだ。で、個人的に「もう一回来たい」とよく言っていたが、本能寺の変にあって二度と来れなかった。とか。


 俺的には、下鴨神社の方が神秘的な森の中にあるイメージで好きなのだが…。


 そうこうするうちに、形代流しが行われる〝ならの小川〟に観客が列を成して移動していく気配が起こった。

 その流れに乗って、移動する。


〝ならの小川〟に着くと、沙織ちゃんが形代を流す前に祈りを捧げていた。


(何を祈っているんだろう?)


 わからないが、沙織ちゃんの胸元は、とても強力な光を放っていた。

 それは、陰陽力を察知できる者にしか見え無いであろう、陽の力だった。



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