第5話



現世。

とある親子が、墓参りに来ている。



「お兄ちゃん。私、高校卒業して、大学生になるよ。入学式緊張するよぉ。友達できるかなぁ?」



少女が、墓に向かって話しかける。

母親は、その様子を優しくもどこか寂しい目で見つめていた。



「…みゃあ。」



「…?」



母と娘は声のする方へ目を向ける。

目線の先には、一匹の黒い子猫がいた。



「…ありゃ、こんにちは。迷子かな?」



少女が子猫を抱き上げる。

子猫は少女を見つめ、頬擦りした。



「かわいい!でも…なんだろう…。なんだか…お兄ちゃんみたい。」



「…みゃあ。」



「…!」



母と娘は驚いた。



「…お兄ちゃんだったら、いいのになー。」



「みゃあ?」



「…お兄ちゃん、なの?」



「みゃあ。」



「…偶然、かな?」



「…爽真?」



「みゃあ。」



「爽真。」



「みーぃ。」



「…爽真……爽真……。」



「みゃーあ。」



母親は、泣きながら子猫を撫でた。





––ただいま、母さん。





チトセは、動物に生まれ変わる代わりに、記憶をそのまま引き継げるようお願いしたのである。それは、家族を危険から守るためであった。自分を襲った犯人は、シバを倒したことで廃人化から復活するかもしれない。そうしたら、また接近してくるかもしれない。チトセはそう考えた。

チトセは自分が殺された理由を、幻の神に特別に教えてもらっていた。

チトセを殺した犯人は、チトセの母親の元夫であった。離婚後、チトセの母親が別の男性と結婚し、子どもを授かったことを聞き、嫉妬に駆られての犯行だったようだ。父親は病に倒れ、既に他界していたので、大切な息子を奪ってやろうと考えたらしい。警察がまだ犯人を特定できていないため、彼は非常に危険な存在である。




–−–




1ヶ月後のとある深夜。

チトセは、本当の自分の家で、この家のペットの猫として暮らしている。

名前は「そう」だ。



平和な毎日が続き、今日もリビングで安心して眠っていた。



「…チトセ。」



声で目が覚める。声の聞こえた方へ視線を向けると、アランが立っていた。



「みゃ…」



チトセは驚いている。



「わぁ、かわいい。チトセ、猫になっちゃったんだね。」



アランはチトセを抱き上げる。



「みゃ、みゃふ、ふしっ、しっ。」



「うーん、猫語、わかんないや。」



アランは笑顔だが、涙ぐんでいる。



「なんでここがわかったか、わかる?…それだよ。」



アランが子猫の右腕を指差す。

子猫の右腕には、一本だけ白い線がぐるりと1周入っていた。



「それ、俺が渡したリング。」



チトセがはめていた、アランの懐中時計のカケラが埋め込まれたリングが模様になって右腕に表れたようだ。



「…みーぃ。」



「…そうだ、見せたいものがあって…。ちょっとだけ、事務所に遊びにこない?」



「…みゃーあ!」



「喜んだ…のかな?」



チトセはアランに頬擦りする。



「ふふ。じゃあ、ちょっとお出かけしよう。」



アランはチトセを連れて、事務所へ向かった。







事務所へ着き、扉を開ける。



「ただいまぁ。」



「…猫?」



皆が振り返る。



チトセは目を潤ませた。



元気なビビが、椿が、そこにいる。



––神様、約束守ってくれたんだ…!



「かわいい…!猫ちゃん!」



ビビが駆け寄る。



「ふふ、これ、誰だと思う?」



アランが一歩踏み出し、室内に入った。



すると、ボンッという音が響き、

アランの胸元がキラキラと輝き出す。

そして、ぐっと重たくなった。



「…!!…ち、チーちゃん!!!!」



人間姿のチトセが、アランにお姫様抱っこされている。



「あ…あれ…?」



「チトセ…!…チトセぇえ…」



アランが涙でぐしゃぐしゃの顔をチトセに埋める。



「あ、アラン、いったん降ろしてぇ!」



「んにゃ…」



アランはチトセを降ろした。



「…あの…その…た、ただいま…?」



チトセは、モジモジしながら言った。

かっこいいこと言って去ったあの日が、少し恥ずかしい。



「…んんんんんっっ!!!おかえりぃい!!」



「うわぁ!」



元気になったビビがチトセに抱きつく。

チトセはビビを受け止めた際、少しよろける。



しばらくすると、椿がビビを引き剥がし、

チトセを抱きしめた。



「!??!?」



チトセ含め、全員が驚く。

椿は下を向き、少し震えている。

泣いているようだ。



すると、チトセの目からぼろぼろと涙が溢れてきた。



「…ぅ…良かった……良かったよぉぉ…」



すると、アヤメがチトセに近づき、わしわしと頭を撫でた。

アヤメの目には、涙が溜まっている。



「…おかえり、チトセ。」



「…ただいま!」



少し離れて見守っている瑠々とシロガネは顔を見合わせ、微笑みあった。



−–−



「ねぇ、この噂知ってる?夜中の2時、街のどこかに「夢見屋」っていう看板がついた扉が急に現れるんだって!それで、中に入って相談すると、どんな悩みでも解決してくれるらしいよ!」



とある少女が、その噂を思い出しながら、

深夜の街を歩いている。




––ピピッ。ピピッ。



少女は、ポケットで鳴る音にギョッと跳ねた。

音の原因であるスマホを取り出し、画面を見ると深夜2時を指している。



––2時だ…。



そう思いながら、少女は顔を上げた。



彼女は、目を見張る。



目の前に、さっきまで無かった扉がある。



『夢見屋』と書いてある看板のついた扉が。





–−–



少女が扉と出会う少し前。




「え!?ビビあの受付さんだったの!?」



チトセが驚いている。



「なんで言うのよぉおおおお!!!!」



ビビがシロガネを追いかけ回している。



「ごめんって!でもずっと隠してるわけにもいかなくない!?」



「でもお前が言うなぁああああ!!!」



チトセが幻で住民登録をするために対応してもらった、住民課窓口の黒髪で眼鏡をかけた無表情の女性が、実はビビだったのである。ビビは生前公務員をしており、その名残でこっそり週3で副業をしていた。

シロガネが持っていたビビの秘密とは、このことである。この秘密を握られていたことが、ビビがシロガネを毛嫌いする理由の1つでもあった。



「…ったく、騒がしいな。」



椿は不機嫌になる。



アヤメと瑠々はコーヒーを淹れながら、クスクスと笑っていた。



「…別に、俺は知ってたけど。」



アランはコーヒーを飲みながら、静かに言った。



「え!?」



チトセとビビとシロガネは驚いてアランを見る。



「あ、アーくん…知ってたの…!?」



「うん。別にうち副業禁止じゃないし、ビビがコソコソしてバレたくなさそうだったから、特に何も言わなかっただけ〜。」



「…な、なんです、と…。」



ビビはシロガネの髪を引っ張るのをやめた。



「…よ、良かったね!ビビ!」



チトセが言う。



「よ、良くなああい!!!!」



ビビはシロガネのもう一度髪を引っ張り始めた。



「いででででで!八つ当たりだよ!ビビ!」



「うるっせぇ!」



椿がキレる。



「ビビ〜!シロガネさんが坊主になっちゃうよぉお…」



チトセがあたふたしながら、ビビを止めようとする。




––カランカランッ。



入口の扉が開き、途端に静かになる。



「あ…あの…」



少女が不安気に室内を覗き込む。



アランが少女の前に立ち、優しい笑顔で挨拶をする。




「こんばんは。ようこそ夢見屋へ。」





夢見屋の夜が今日も始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢喰 いと @shima-i

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ