第8話

依頼者の部屋。

今日は心なしか、安心して眠っているように見える。



「じゃあ、覗くよ。」



依頼者のフィールから、今日の出来事を確認した。



–−–−–



「瀬田さん、人事部長がお呼びです。」



ドクンッ!



「じ、人事部長ですか…?」



「はい、第二会議室でお待ちです。」



…人事部長が、何故俺を…

もしかして……クビ…?



ドクドクドクドクドク…

会議室へ近づく度、心臓の音が速くなる。



––コンコンコンッ。



「どうぞ。」



「し、失礼します…。」



––ガチャッ。

扉を開ける。



「………!!!!」



ドクドクドクドクドクドクッ!!!

心臓が限界を迎えそうだ…!

汗がぼたぼた落ちる。



…社長がいる。人事部長の隣に…。

…クビだ。また部長が何か言って、ついに最低の評価になって、社長の耳にも届いたんだ…。クビだ…。



「急に呼び出してすまないね。私と人事部長がいるだなんて、緊張するだろう。悪い話ではないから、安心しなさい。」



「瀬田君、そこへ座ってください。」



「は、はい…。失礼します…。」



悪い話ではない…?どういうことだ…?



「まずは、君の変化に気付けなかったことに謝罪させてもらいたい。本当にすまなかった。」



社長と人事部長が、俺に頭を下げている…。

…これは…夢、か…?



「どど、どういうことですか?」



「君のこと、いろいろ調べさせてもらった。周囲に聞くと、君の部署に彼が来るまでは、特に大きなミスもなく、真面目に熱心に仕事に取り組んでいたそうだな。特に、今は別の部署へ異動している間宮君と切磋琢磨して、ぐんぐん成長していたと聞いた。」



「……。」



「しかし、彼が来てから様子がおかしくなったと、多くの人から聞いている。ミスが増え、いつも俯いて、別人みたいだと…。」



「一体、何があったんだ?ここで何を言っても、君を咎めたりしない。正直に話して欲しい。」



社長が心配そうに俺を見つめている。



「…あ、あの…本当に…正直に…話して、い、いいんですか…?」



「ああ。もちろんだ。それを望んでいる。」



「……実は…あ、あの…信じてもらえないかもしれないですけど…き、企画…新企画…部長が出した新企画…あれは…本当は……私の企画だったんです…。」



「……。」



社長と人事部長は顔を見合わせる。

何故か、あまり驚いているように見えない。



「最初は…部長はすごく話しやすくて…優しくて…私も心を開いていました。それで…部長との会話の中で、実は企画を考えてるって話したら…その企画を、会社の勉強にもなるから見せてほしいと言われて…見せた3日後…私のパソコンから企画のデータが消えていて……。デスクに入れておいたUSBの中のデータも消えていたんです…。仕方ないので、もう一度企画書を作成していたのですが…私の知らないところで、部長がその企画を提出して、プレゼンまでしていたんです…。」



腿の上に置いた拳を、ぎゅっと握りしめる。




「それから、あの人は部長に昇格して…私は部長へ問い詰めようとしましたが、私が何か言う前に、でっち上げたミスをみんなの前で叱り、私に何も言わせないようにしていました。唯一、私の企画を知っていた間宮は、証拠を集めて最終的には社長へ提出すると言い、尽力してくれていたんですが…突然異動になってしまって…それから、どんどん部長のパワハラがエスカレートしていきました…。」



「…君にも、間宮君にも、本当に申し訳ないことをした。実は、間宮君に関して部長からタレコミがあってね。顧客の個人情報を横流ししようとしているから、大事になる前に、解雇か異動をさせた方が良いと言われたんだ。そして、間宮君が夜、密かに部長のパソコンをいじっている写真を見せてきた。私はすっかりその話を信じてしまって…。本当は、彼の不正の証拠を探していたんだな…。申し訳なかった…。」



人事部長は本当に申し訳ないと何度も謝罪した。



「本当のことを話してくれてありがとう。実は、私達もつい先程、彼の不正疑惑を耳にしてね。すぐに事実を確認しようということで、君を呼んだんだ。」



「…誰か言ってくれたってことですか…?」



「あぁ。実は彼には、双子の弟がいてね。その弟は、私の大学時代からの友人なんだ。彼から、兄は幼少期から不正を繰り返し、言葉巧みに人々を騙して成り上がってきた男であると聞いた。…実は、その弟が今ここに来ているんだが…君に謝りたいそうだ。呼んでもいいかね?」



「は、はい…。」




社長は双子の弟を呼んだ。

––ガチャ。

後ろを振り返ると、部長と瓜二つの顔をもつ男性が立っていた。

ドク、ドク、ドク、ドク…

部長が思い出され、少し脈が速くなる。



「君が…兄に苦しめられていたんだね。本当に申し訳なかった…。」



顔は同じだが、声も表情も柔らかく、部長とはまるで違う。



「い、いや!あなたのせいではないです!」



「いや…こうなることはわかっていたのに、止めなかった私が悪いんだ。本当に申し訳ない。」



「私達も、気付くことができず、申し訳なかった。」



社長も人事部長も頭を下げている…。

これは…本当に現実なのだろうか…。



「…ゆ、夢じゃ…ないですよね…?」



「瀬田君…?」



「これが…現実であって欲しい…。だって……や…やっと…やっと……終わる…。…この苦しみが……やっと……ッ。」



涙が溢れる。



「…本当に…すまなかった…。」



ドクンッ。ドクンッ。ドクンッ。

安堵と喜びで、

心臓が力強く脈打っていた。



–−−–−



「うん、依頼者は良い方向に向かいそうだね。」



アランが言う。



「さて、これ以上は朝になっちゃうし、今日は戻ろうか。続きは明日だね。」



「はい。部長が気がかりです…。」



「明日は依頼者が事務所に来るから、まずは彼の話を聞いてみよう。」



「うん。」



3人は事務所へ戻る。








その後、依頼者の部屋へ2人の男女がやってきた。


2人は僅かな時間でフィールを覗く。



「なんだか、いつもの夢魔と違うね。」



「夢魔は夢魔だ…。例外は無ぇ。」



「でも椿、迷ってる。」



「迷ってねぇ。行くぞ。」



男は部屋を出て行く。



「迷ってるのに…。何故否定するんだろう?」



表情の変わらない少女は、少しだけ戸惑った様子を見せた。

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