第8話

そして半年が経過した。



とあるバーで、

アヤメとコモリが話をしている。



コモリは酒を飲める年齢だが、オレンジジュースを飲んでおり、姿といい飲み物といい、バーに似つかわしくない。

一方、アヤメはウイスキーをロックで飲んでいる。強い酒だが、顔色ひとつ変えない。




「その後、どう?あの元夢守達は。」



コモリがグラスを両手で持ち、少し回しながら聞く。



「今のところ、よく働いてくれてるよ。」



「今のところ、ね。まだ用心してるんだ。」



「一応ね。まぁ、疑わしい行動も無いし、みんな仲良くやってるから、とやかく言うつもりはないさ。」



「そ。じゃあ、そろそろ、アヤメのカケラ返そうか?」



「いや、そうは言ってもまだ半年だ、まだ持っていておくれ。」



「はいよ。ほんと用心深いよね、アヤメは。」



「悪いね。」



「いいよ。私もその方が安心だし。…例の廃人化と夢喰の失踪、まだ何にも手がかりが無いんだ。アヤメ達が廃人化からの復活方法を見つけ出してくれたおかげで、現世は少しずつ日常を取り戻しつつあるけど、被害は無くなってない。夢喰も失踪が絶えないし、戻ってきた夢喰はいない。…夢魔だって、そのうち被害が出るかもしれない。」



「その時は、コモリが駆けつけてくれるんだろ?」



「もちろん。すぐにね。」



「じゃあ安心して酒が飲めるねぇ。」



アヤメはウイスキーをぐいっと飲む。



「…夢人界に居座っときながら、何の情報も無くて申し訳ない。ほんと不甲斐ないわ。」



「コモリが頑張ってくれてるのは知ってるからね。そんなに思い詰めなくていいさ。きっと、犯人は慎重で巧妙なんだ。…さぁ、しみったれた酒はそろそろやめて、飲み直そうか。」



アヤメはウイスキーをショットで頼んだ。



「ほんと顔色ひとつ変えなくて、ムカつくわぁ。」



「ふふ。面倒みてやるから、飲んでもいいんだよ?」



「やーだよ。明日なんにもできなくなるんだから。そのかわり、美味いって評判の焼き鳥屋見つけたから、今度付き合って。」



「そりゃ楽しみだねぇ。」



2人は他愛もない会話を楽しんで朝まで飲み明かした。











一方、チトセと瑠々は2人で店番をしていた。



「…椿さんと一緒じゃなくて、大丈夫だったの?」



「…大丈夫。」



相変わらず、発する言葉は必要最低限で、無表情である。



–−−


数時間前。

今日の店番はチトセと椿と瑠々のはずだった。しかし、依頼とケアとフィールの復活作業が重なって人手が足りず、店番を元夢守だけに任せるわけにはいかないので、椿か瑠々のどちらかが出ることになった。



「瑠々、どうする?選んでいいぞ。」



椿が瑠々に聞く。



「…店番をする。」



「そうか。チトセ、悪いが瑠々を頼む。」



「わかったよ。気をつけてね。」



–−−



チトセがあれこれ話しかけるが、淡々と返され、話が弾むことはなく時間ばかりが過ぎて行く。



「…無理に話さなくていい。」



「…え?」



瑠々が初めて自分から喋ったので、チトセは少し驚いた。



「私は貴方が期待しているような返事は出来ないから。」



「いや、俺はただ、瑠々さんのこともっと知りたいなって思ってて…」



「私には何もない。何もないから話すことは何もないの。」



「何もないことはないと思うよ。椿さんやシバさんとずっと一緒にやってきたんでしょ?」



「椿とシバが、ずっと私を引っ張ってくれていただけ。私は何もしてない。」



「…でも、椿さんがいなくても、ちゃんと今こうして自分の言葉で伝えてくれてるし、これは瑠々さんの心が少しずつ動いてるってことじゃないかな?」



「それは…今はチトセが困ってると思ったから…」



「ふふ、気を遣ってくれたんだね、ありがとう。でも、俺は少しずつでも瑠々さんとこうやって話ができるだけで嬉しいんだ。…って、気持ち悪いか、ごめんね。」



「別に、気持ち悪くない。…私は心がよくわからない。」



「心?」



「そう。喜んだり、悲しんだり、悩んだり、怒ったり…私はそれが、よくわからない。これをされたら、こういう感情になるはずっていうのは、本で読んだり椿やシバを見てたりして勉強してきたけど、何故か自分の中で湧いてこない。まだ知らない感情もあると思う。私は、心を知りたいの。」



「心、か…。変なこと聞いてもいい?瑠々さんは、現世での記憶って、残ってる?人の顔とかは思い出せないと思うけど…何かヒントが得られるかも。」



「ない。記憶がないの。」



「そっ、か…。じゃあ、椿さん達とはどうやって知り合ったの?」



「…幻に来た時、何をすればいいのかも、何がしたいのかもわからなくて、ただ同じ場所でずっと座ってた。そこで、椿に声をかけられた。何日も私がそこから動かないのを見てたみたい。椿はそのまま私を拾ってくれた。それから、私に名前をつけてくれた。椿はその時から夢守をやっていたから、私も夢守になった。シバはその後仲間になった。…椿は他にも、仕事以外何もしない私に、食事をくれたり、布団を用意してくれたり、人間らしい生活をさせてくれた。椿は私にここで生きる意味と人らしさを与えてくれたの。」



「そうだったんだ…。瑠々さんにとって、椿さんは特別な人なんだね。椿さんの感情もすぐ読みとっちゃうし。」



「特別、と言われれば、そうなのかもしれない。椿のことはよく見てきたから、わかる。」



「椿さんは大切?」



「大切…は、よくわからないけど、いなくなっては困る。」



「…そっか。大切っていうのは、その人のことを考えると心が温かくなったり、いなくなったらって考えると悲しくて辛くて苦しくなったり、守りたいって思ったりすることだよ。いつか、椿さんのこと、大切だってちゃんと言える日が来るといいね。俺にできることがあったら、なんでも言ってね。」



「…チトセにはなんだか、なんでも話せる。」



「それは嬉しいな!でも夢見屋のみんな、本当にいい人たちだよ。ビビは瑠々さんのこと、妹みたいに思ってるし。みんなとも少しずつ話せるようになるといいね。」



「うん。ありがとう、チトセ。」



「ふふ、どういたしまして。」



「…チトセは笑う時、シバとは違う顔をする。これは、なんて言うんだろう。」



「シバさんとは違う顔かぁ…シバさんはどんな笑顔?」



「何かいたずらを企んでる顔。」



「あはは!確かに!でもシバさんのおかげで賑やかになったよ!」



「うるさいだけ。…いたずらの反対…賑やかの反対……静か…優しい?」



「優しい笑顔かあ。嬉しいな!…でもちょっと照れる。」



「照れる?何故?」



「うん、えっと…なんて言うんだろう…」



チトセは興味津々の瑠々に様々な感情を一生懸命教えた。



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