第8話


––バシャッ。ゴンッ。ガタガタ…ゴトンッ。



とある学校の女子トイレの個室。



自分が、ずぶ濡れで頭を押さえている。

おそらく、この自分が依頼者なのだろう。

側にはバケツが落ちている。

バケツが上から降ってきて、頭に当たったのである。



個室の外では、複数の女子がはしゃいでいる声が聞こえる。



「ちょっとぉ〜早く出てきてよぉ〜。トイレ行きたいんだけどぉ〜。漏らせってゆーことぉ?」



「キャハハ!!ほら、エミリが漏らしちゃう!早く出てこーい!」



1人の少女が笑いながら個室のドアをドンッドンッと蹴る。



「もうこーなったら、あの写真ばら撒こーかな。アカウント作って、住所載せて、誰でも良いから会いたいです♡って…」



スマホには、個室の少女が制服をはだけさせ、恥ずかしがる写真が映っている。



「やめて…!!」



個室から飛び出し、写真をばら撒くと言った少女からスマホを奪おうとした。



しかし、奪う前に、キャハハと笑う少女に髪を引っ張られ、腹部を蹴られ、うずくまった。目の前には2人の少女、少し離れて入口の方に、こちらを見向きもせずスマホをいじる1人の少女がいる。



「びっくりしたぁ〜もぉ、脅かさないでよぉ〜。」



「キャハハ!エミリ、トイレ空いたよ!」



「え、やだ〜。こんな汚いトイレなんか。一回水かけてキレイにしなきゃ!」



––バシャッ。



エミリと呼ばれた少女が水を溜めたバケツを持ち、うずくまる少女に下から思いきり水をかけた。



「あ、ごめぇん、トイレ間違えちゃった!」



「キャハハ!エミリひどぉい!」




「…つまらないわ。」



少女達の少し後ろでスマホを見ていた少女が初めて喋った。そして、そのままトイレを出た。




「あ、待って!カヨちゃん!」



3人の少女はトイレから出ていった。



「うっ…ぐっ…うぅぅうぅっ……」



トイレに取り残された自分は、声を殺してうずくまって泣いた。



−–−–−



夜遅く、自分、つまり依頼者の少女は帰宅した。

身につけているのは、制服ではなく体操着だ。



小さな女の子が玄関の音を聞きつけ走ってきた。



「お姉ちゃんお帰りー!あれ、何で制服じゃないの?」



「ちょ、ちょっとホースの水が跳ねちゃって…濡れちゃったの!お姉ちゃんドジだよねぇ!」



「えへへぇ、ドジだね!でもお姉ちゃん好きー!」



「ありがとぉ。お姉ちゃんもアイが大好き!」



「おかえり。遅かったねぇ。」



リビングへ行くと、母親が心配そうに自分を見つめる。



「ただいま!図書館で勉強してたら遅くなっちゃった!ごめんね!お風呂入ってくる!」



「ご飯は?」



「食べてきちゃった!朝食べるからとっといてー!」



「あら、もう…」



元気を装い、風呂場へかけこむ。そして湯船に浸かると、今までの表情とは一変し、無感情でボーッと天井を眺めた。背中や腹部など、他人から見つかりにくい部分にアザがある。



…このまま、苦しまずに死ねるかな…



そんなことを考えて、ぶくぶくと湯船に沈んでみる。1…2…3…



「お姉ちゃん!」



扉の向こうから妹の声が聞こえ、ザバッと湯から顔を上げる。



「ケホッケホッ…な、何…?」



「今日ねぇ、プリンがあるんだよぉ!一緒に食べたくて待ってたんだから、早く出てきてね!」



「わ、わかった!リビングで待っててね!」



「はぁい♡」



…パタパタと走る音が遠くなった。




「……アイとママの為に、生きなきゃ…」





大粒の涙が流れた。



−–−–−



少年がモヤから剣先を離した。



気付けば、チトセは涙を流していた。



「こういった記憶は、夢魔になったら嫌でも見ることになるよ。」



「………。」



「…とりあえず、今日はここまで。明日から彼女の記憶と想いを辿って、元凶を潰す。」



少年は、再び少女のモヤに剣先を向ける。



「…おやすみ。良い夢を。」



少年は、少女に幸せな夢を見せた。



−−−−−



3人は事務所に戻る。



「まぁ、こんな感じのお仕事です。どうだった?まぁチトセはちょっとキツいかな…」




「…どんな悪夢を見せるんですか?」




「いじめをやめたくなるような夢だよ。内容は、企業秘密。」




「…それは、必ず成功するんですか?」




「成功するまで、悪夢を見せ続けるよ。3日後には、みんな成功してる。」




「悪夢を見た人は、その後どうなるの?」




「それは知らないなぁ。人によるんじゃない?それに、どうなっても自業自得だと思うけどなぁ。」




「でも…」




「チトセ。あんたは優しい。だからこそ、この仕事は無理だ。私らはお人好しボランティア集団じゃない。悪を潰すためだけに働いてるんだ。人々のケアをしたいなら、普通の夢喰になりな。」




「…そういうこと。ごめんね、チトセ。」



少年は少し寂しそうな顔をした。



「……。」




––カランカランッ。



事務所の入り口が開いた。



「お疲れ様でーすっ!今日お休みだけど、遊びに来ちゃ…あれー!?もしかして新人君!?」



三つ編みを後ろで巻き付けてお団子のようにした、綺麗な桃色の髪の女性が現れた。休みの日だからか、グレーのジャージにミニスカートという、ラフな格好をしていた。



「え、えと…」



「職場見学と面接さ。でも今ちょうどお断りしたとこさね。」



「えー!?なんでなんで!?ビビ、ちょーテンション上がったのに!」



「うーん、ちょっと性格的に不向きだったみたい。ごめんねビビ。」



「向き不向きなんて、やってみないとわかんないじゃん!3ヶ月試用期間ってことで、やってみよーよ!ダメだったら、おしまいでいいし!ね?ね?」



「ビビ…」




「ねーアーくん、良いでしょー?ビビが責任持つから!」




「うぅん…じゃあ…チトセが良ければ…どう?」




「チトセって言うのね!チーちゃんだね!私ビビ!よろしくね!」



「お、俺まだ返事してないけど…」



「え、ダメなの?」



「えっと…ダメ…じゃないです…」



「わぁい!よろしくね!」



ビビがチトセの両手を握り、ぶんぶんと振る。



「…半ば強引な気もするけど…とりあえず3ヶ月間よろしく。私はアヤメ。」




「俺はアラン。ここの所長をやってる。よろしくね、チトセ。」




「チ、チトセです!よろしくお願いします!」




「あ、ちなみに、ここにはあと1人いてね。彼は今日直行直帰だから、明日会えると思うよ。」




「はい、わかりました。」




「やーん!アヤちゃん、ビビに後輩ちゃんができたよー!」




ビビがアヤメに抱きつく。




「まだ決まったわけじゃないんだよ。チトセがどの道も選びやすいようにしてあげな。」




「はぁい!」




「この子わかってんのかねぇ…」




こうして、半ば強引にチトセの試用期間が始まった。

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