第9話



次の日の深夜1時。



––カランカランッ。




「おはようございます…」



チトセが少し緊張しながら夢見屋の事務所へ入る。



「おはよーチトセ。」



アランがニコニコと言う。



「おはよう。早いじゃないか。早速だけど、仮の制服を用意したから、着替えておくれ。サイズが合えば良いけどね…」



チトセは奥にある更衣室でアヤメからもらった制服に着替えた。燕尾服で、裾の内側は無地の黒だ。サイズはぴったりだった。



「うん、ぴったりだね、良かった。今日は全員集まるから、改めて挨拶しよう。」




「はい。よろしくお願いします。」




––カランカランッ。



「おはよーございまーす!あ、チーちゃん!おはよー!」



ビビの制服は初めて見た。燕尾服の裾の内側はピンクで桃の花の柄である。フリルのついた黒の膝上スカートで、黒のニーハイを履いている。靴は黒のパンプスで、白と黒が基調の花の髪飾りをつけている。




「おはようございます、今日からよろしくお願いします。」



「うん!困ったことがあったら、なんでも相談してね!」



「は、はい!ありがとうございます!」



––カランカランッ。



「ごきげんよう。…あれ、見ない顔だね。新しい子かい?」



すらっとした背の高い青年が入ってきた。綺麗な橙色の髪で、毛先に淡いシルバーのグラデーションが入っている。燕尾服の裾の内側は、深緑で菊の模様が入っており、きちっとしたパンツを履いていた。



「そう。改めて紹介するね。名前はチトセ。今日から3ヶ月間、試用期間としてここで働くよ。よろしくね。」



アランから紹介され、チトセは背筋を伸ばす。



「チトセです。一生懸命勉強して頑張ります。よろしくお願いします!」




「よろしく。私はアヤメ。昨日言ったね。」



「私は覚えたー?」



「はい、ビビさん。」



「うん!正解!ビビで良いよ!あとタメ口オッケー!」



「なんだい、みんなご挨拶済みか。はじめまして、ボクはシロガネ。ビビと同期だ。よろしく、後輩くん。」



「おい、シロ。チーちゃんはビビの後輩だから!馴れ馴れしくしないで!」



「はいはい。怒った顔も可愛いねぇ。」



「ムカつく!!!!」



どうやらビビはシロガネを毛嫌いしているようだ。



「さて、仕事の話をしよう。シロガネは俺に昨日の報告を。その後ビビと事務所当番。俺とアヤメとチトセは2時になったら外出するよ。」



「うげぇっ。シロと当番なんて…」



各々報告や準備を始め、

深夜2時の鐘が鳴る。



––カランカランッ。



「あ、あのぉ…」



「いらっしゃい!ようこそ夢見屋へ!お悩みですね。こちらへどうぞ!」



ビビが元気よく案内する。



「じゃあ、頼んだよ。」



アランがシロガネの肩をポンと叩きながら、小さな声で声をかけた。



「任せて。気をつけてね。」



シロガネが小さくそう言いながら、笑顔で手を振る。



アランとアヤメとチトセは、事務所を出て、目的地へと向かった。



−–−–−



着いた場所は、依頼者のトイレでの記憶で

「カヨちゃん」と呼ばれていた家だった。

何の警戒心も無く、すやすやと眠っている。




アランがチトセに尋ねる。



「チトセ、なんでこの人を選んだか、わかる?」



「えっと…ボス、だから?」



「うん。よく見てたね。他の加害者2人は、この人に怯えてた。きっと、実権を握ってるんだね。まず、この人のフィールを覗いて、この人の弱点やいじめのきっかけを探るよ。…ギフト。」




アランが短剣を出し、思いきりフィールに刺す。



–––キィンッ!!!!



一発ではバリアが壊れない。もう一度、フィール目がけて短剣を振り下ろす。


–––キィンッ!!!パリパリ…



少しヒビが入った。もう一度。



–––パァンッ!!!!



バリアが壊れた。

自分を守る気持ちが強いと、こんなにも割れないのか、とチトセは少し戸惑った。



「よし、じゃあ、肩に手を置いて。」



チトセとアヤメがアランの肩に手を乗せる。

アランが剣先をフィールへ向けた。




––記憶のフィルムが目の前に現れた。

チトセは、この子がどんな人物なのか探るため、気になる記憶を選んで覗いた。



−−−−−



布団の中だった。

ベッドから降り、

この部屋からリビングへ向かう。



「おはようございます、佳代江カヨエ様。」



メイドの格好をした女性に挨拶をされた。



「おはよう。…!おはようございます!お父様!」



メイドに挨拶を返した後、奥にいる男性に笑顔で挨拶をする。父親だ。久しぶりの再会のようだ。



「ああ。そこに座りなさい。」



父親に指示され、父親の正面の席に座る。



父親は新聞に目を向け、自分を見ることなく質問を投げかける。



「…期末の結果はどうだ。」



「変わらず、首位ですわ!」



「…そうか。そのまま励みなさい。鈴木グループの名に恥じぬように。」



「…はい!」



父親は一度も自分を見ることなく、席を立つ。



「…もう行かれるのですか?」




「ああ。今日は帰らん。」




「…いってらっしゃいませ、お父様。」




父親は振り返ることなく、部屋を出て行った。




「…お父様は今、海外の新しい企業様とのお取引にお忙しくされております。お寂しい気持ちもわかりますが、佳代江様は今やるべきことに努めましょう。」



メイドがそう言いながら、朝食の準備を整えた。



「わかっているわ。それに別に寂しくない。いつものことよ。」



佳代江は広い広い部屋で独り、無表情で朝食を食べた。



−−−−−



もう一つの記憶を覗いた。


自分、つまり佳代江は登校し、教室へ向かっている。



「おはようございます、佳代江さん!」


「佳代江ちゃん、おはよう!」



すれ違う人、全員が佳代江に挨拶をする。

佳代江は「ごきげんよう」と静かに返す。



教室に着くと、

依頼者をいじめていたマヤとエミリが

佳代江に駆け寄った。



「おはようカヨちゃん!今日もアイツ来てるよ。昨日教科書捨ててやったから、来ても意味ないのにね。」



「キャハハ!今日はどうする、カヨちゃん!」



「そうね。…放課後、旧校舎2階の女子トイレで遊ぼうかしら。あそこは人が来ないから。」



「賛成!じゃあ早速伝えてくるよ!」



マヤとエミリは依頼者の少女のもとへ駆け寄る。少女はビクッと怯えながら身をこわばらせる。エミリが少女に耳打ちをした。少女の顔が青ざめる。一部始終を見ていた佳代江は、ニッと笑った。



−−−−−



もっと前に遡ると、

試験結果の順位が貼り出してある、廊下の前にいた。


そこには、

自分の名前が2位の枠に載っている。

入学してから毎回首位であったため、2位という現実が受け入れられないでいた。



…どうしよう…お父様に何て言えば…



1位の名前を見ると…依頼者の少女の名前だった。


その日から、彼女を観察するようになった。

人を遣わせて、身辺調査も行った。



彼女は、母子家庭で小さな妹がいる。

父親は10年前に他界している。

だが、父親も含め、愛情いっぱいに育てられ、笑顔の絶えない家庭のようだ。

彼女自身は、将来母と妹を支えられるよう、アルバイトをしながらも勉学に励む努力家であった。クラスでも誰にでも平等で、嫌う人はいない。



佳代江自身は、鈴木グループと呼ばれる大企業の社長令嬢で、一人娘である。母は10年前他界し、父子家庭だ。小さい頃から鈴木グループの名に恥じぬよう厳しく育てられたが、母がいた頃は笑顔が飛び交う家庭であった。だが、母が他界してから、父はより厳しくなり、娘の顔を見なくなった。こちらが笑顔で明るく話しかけても、ニコリともせず、目も合わせない。まるで人形に向かって話しかけているようだった。クラスでは、大企業の社長令嬢として教師にも生徒にも丁重に扱われ、媚びを売られたり、顔色を窺われたり…逆らう者はいないが、友達と呼べる者はいない。マヤとエミリは、両親が佳代江の企業の社員であるため、人一倍媚びへつらい、なんでも言うことを聞く。




……自分と全く逆の恵まれた環境で、しかも学力で負けるなんて…



自室でそんなことを思い、枕をギュッと抱きしめる。


–コンコンッ。



「佳代江様。お父様がお呼びです。」



佳代江は青ざめる。父は試験結果の報告を求めているのであろう。



重い足取りで父のもとへ行く。



「…お呼びでしょうか、お父様…。」



「今回の試験、2位だったそうだな。」



「えっ…」



もう知っていた。悪い知らせは耳に入るのが早い。



「はぁ…次は無いと思いなさい。」



「…はい…申し訳ござい…」



−バタンッ。



娘の言葉を聞き終わる前に、部屋を出て行ってしまった。



佳代江は独り部屋に取り残される。思い出されるのは、あの1位を取ったクラスメイト。歯を食いしばり、自らの手をギュウゥと握りしめる。握りしめすぎて、爪が手のひらに食い込み、血が滲む。

佳代江の中に歪んだ感情が、どす黒く、沸々と、涙とともに湧き上がった。




−−−−−



アランが剣先をフィールから離す。



「彼女の弱みはわかった。今からイメージを吹き込んで、彼女に夢を見せる。」



チトセは、ごくりと唾を飲む。



アランは目を閉じ、意識を集中させ、剣先を再びフィールに当てた。フィールと短剣は虹色に輝き出した。



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