夢喰
いと
第1章
第1話
「ねぇ、この噂知ってる?夜中の2時、街のどこかに「
−–−–−
「う…ん……」
ある青年が目覚めた。
ゆっくり身体を起こし、辺りを見渡す。
正面にスライド式のドアがひとつあり、窓がない部屋。床も天井も壁も真っ白な小さな部屋だ。
下を見る。どうやら病室にあるような白いベッドで寝ていたらしい。
自身を見ると、入院時に着るような水色の服を着ている。青年は、ここは病院だと推測した。
すると、ドアが開いた。
「おっ、起きたな。立てるだろ。早速で悪いが、いろいろ説明すっから、ついてきてくれ。」
すらっとした長身の、赤みの強い茶髪の男が部屋へ入ってきた。
「…え、あの…どなた、ですか?」
「あーまぁそうだよな、みんなそう言う。すんなり、はいわかりましたなんて奴ぁ稀だわ」
その男は白衣を羽織っており、白衣のポケットから電子タバコを取り出した。
「えっ、吸うんすか…?先生じゃないの?」
「一応先生とは言われてるがね。こんな
そう言いながら、白い煙を吐き出した。
「…?」
見た目はまだ若さが残っており、多く見積もっても40代前半である。20年以上のベテランには見えない。
「とにかく、こんなとこにずっといても仕方ねぇだろ。大丈夫だ、取って食うようなこたぁしねぇから、とりあえず来い。あ、その前にそれに着替えろ。」
男が指を差した方に目を向けると、学校の制服が置いてある。
確かに、何がなんだかわからない状態で、ずっとこのままのわけにもいかない。ゆっくり立ち上がり、男を警戒しながらついていくことにした。
部屋を出ると廊下が左右にのびており、左は行き止まり、右の突当たりに階段があった。ここは地下のようだ。どこもかしこも真っ白だった。男はいくつかあったドアを通り過ぎ、まっすぐ階段へ向かった。
「お前、歳は?」
先生であろう男が、後ろで一つに結んである腰くらいまで長い髪をゆらゆらと揺らしながら、少し振り返って聞く。
「…18。」
「高校生か?」
「うん、今日卒業式だったんです。でも、学校に向かってたはずだったんですけど…気付いたらここにいたんです。」
「…そうか。」
「先生、俺事故ったの?みんなは?俺の家族は来てないの?」
「……ここから出たら、説明する」
階段を登りきると、また真っ白な風景だったが、やはり病院のつくりをしていた。患者やナース、受付の事務員等がおり、普通の病院のようだった。
受付を通り過ぎ、そしてエントランスを出る。
外を見て、青年は目を見張った。
建物や人々が行き交う様子はよく見る風景と同じ様だったが、明らかにいつもと違うものがある。
空が、白い。
男が立ち止まり、電子タバコをふかしながら言う。
「この世界には、目には見えないこの世とあの世の狭間の場所が存在する。
その場所の名前は
幻は、この世からもあの世からも見えない妙な所で、常に空が白色で、変わることはない。空が変わらないってもんで、朝なのか夜なのかがわかりにくい。だから、あちこちに大きな時計台がある。ちなみに、昼の12時と夜の2時に一斉に鐘が鳴る。
つまり、お前さんが今いるここが幻っつーとこで、お前さんは何かの拍子にこっちの世界に転がりこんじまったってわけだ。」
…話についていけない。夢を見ているのかと思い、こっそり自分の尻をつねってみた。…痛い。
「んで、この幻に住む人達は、飲食を必要としない。そんで、歳をとらない。病気にはかからないが、痛みや疲労はあるもんで、病院があって、俺みたいな奴がいる。あとは必要に応じて睡眠をとる。…そんなとこかな。ここまでで質問は?」
「…ここまでも何もまったく理解できないんですけど。これ、夢じゃないの?」
「まぁ信じられんかもしれんが、これが現実だ。さっさと受け入れちまった方が楽だ。」
「……これから、どうすればいいの?」
「選択肢は2つ。この世界で永遠に気ままに暮らすか、"
「…えっ…?」
青年は硬直した。
「単刀直入に言うが、今、お前さんは何らかの理由で現世で命を落とし、ここにいる。だから、ここから現世に戻るという選択肢は、残念ながら無い。無いが、あの世へ移り、神に頼んで現世へ転生させてもらうことは可能だ。今の記憶はなくなるらしいがな。あぁ、ちなみに、あの世へ渡ることをここでは"転移"と言っている。常人なら天国へ行けるらしいな。」
「……俺…死んでるの…?」
「そうだ。現世ではな。まぁ、ここは特殊なことはあるが、みんな現世が恋しいのか、暇潰しかわからんが、嗜好として食事を提供しているところもあるし、職もいろいろある。基本的には現世と変わらんよ。悪い事したら捕まる。まぁ永遠に牢獄生活もあり得るから、そんなことする奴はごく稀だが。住む場所は提供する。家賃と光熱費はかかるから、野宿が嫌なら家賃分はどっかで働いてくれ。」
「…じゃあ転移するには?」
「…転移には根気が要る。お前さんがこの世界に来た理由を知った時、自動的に転移すると言われている。」
「俺がこの世界に来た理由…?死んだ原因ってこと?」
「まぁ、そうだ。」
「そんなの、調べればすぐわかりそうだけど…」
「…お前、自分の名前がわかるか?」
「え?そんなの、俺の名前は…」
「俺の名前は……俺の…………俺………」
…青年は愕然とした。
自分の名前が……思い出せない。
「そういうこった。ここに来た奴は、自分の名前が思い出せない。自分が、どんな知識や技術を身につけているかは、ある程度覚えているが、自分の名前や、死んだ理由は何故か忘れちまってる。ついでに、現世で関わってきた自分以外の人達を思い出してみろ。顔が黒塗りで、声が聞こえないはずだ。」
青年は、普段の朝を思い出してみた。
…母であろう人、妹であろう小さな女の子が思い出されたが、みな顔が黒塗りで見えない。
学校での生活を思い出してみる。
同級生であろう人たちの顔がみな黒塗りで、誰もわからない。
そして、男が言った通り、声が聞こえない。
喋っているのかすらわからない。
青年は何も言えず、じわりと汗をかく。
「俺も最初は何度か思い出そうとしたが、無駄だった。まぁこの世界も案外悪くないし、とっくに諦めちまったから良いんだけどな。時間はたっぷりある。ゆっくり考えて、どうするか決めていい。俺はこの世界で気ままに暮らすのをオススメするがね。」
「……ちょっと…考えます…。」
「ああ。んじゃあ、お前さんの部屋を紹介してくれる不動産屋まで行くぞ。」
男が道の向かいを指差した。
『不動産リヴ』と書いてある淡いピンクの建物がある。
建物の前に着くと、男は電子タバコをポケットにしまった。男が扉を押すと、カランっと音が鳴った。中を覗くと、正面にデスクと大きなパソコンがある。
「おーいリヴ。客だぞ。」
男がそう言うと、パソコンの横から、スーツ姿の女性がひょこっと顔を覗かせた。
「お、いらっしゃーい!新規のお客さんは半年ぶりだね!」
鎖骨くらいまであるストレートで栗色の髪の女性がニコニコとこちらを見た。ピンク色のキラキラとした瞳で可愛らしい女性だ。
「こんにちは。私はリヴ。この不動産を経営してるの。あと1人、社員の女の子がいるんだけど、今日はいないから私が担当するわね。そこ座って。」
リヴが、デスクを挟んで自身の向かいの椅子を指差す。
「じゃ、俺は行くから。何かあったらさっきの病院に来い。」
「あ、あの、先生の名前は…?」
「ああ…
「あ、ありがとうございました。」
浅井と名乗った男は、病院へ戻っていった。
「あの人、あんな調子だけど、私が恐いんだよ〜!ここではタバコ絶対吸わないしね。」
リヴが、にしし…と笑う。
青年は建物に入る前にタバコをしまったのを思い出した。
「さて!じゃあまず、君の名前は?」
「えと…あの…わかんない、です。」
「あ、まだ決めてなかったんだね!ごめんごめん!ここの人たちは、自分の本当の名前がわからないから、まず自分の名前を決めるんだ。ちなみに私は現世の職が不動産屋だったから、LIVEをカタカナにしてリヴにしたの!カッコいいでしょ!」
「あ、はい…でも、俺まだ高校生だし、そういうのないです…」
「うーん…なんかビビッときた名前でいいと思うけど…どーーしても決まらない人向けに名前くじ引き用意してるよん。」
「あ、じゃあ、それ使います。」
「ほんとにいいの?一度決めちゃったら変えられないし、ちゃんと考えた方が愛着湧くよ?」
「いいんです。どうせ本当の名前じゃないし…」
「そっか…。じゃあ、苗字と名前、両方決めてもいいし、片方でもいいし、どっちがいい?」
「うんと…じゃあ、名前だけで。」
「名前だけね。文字数はどうする?」
「えぇと…3文字?」
「3文字ね!じゃあ最初の1文字から、どうぞ!」
リヴがデスクの下から、上部に穴の空いた箱を取り出し、中身を混ぜてから穴をこちらに向けた。
青年が穴に手を入れ、紙を一枚取り出した。
1文字目…セ
そしてもう一度。
2文字目…チ。
そしてもう一度。
「……ト…セチト君ね!これで大丈夫?」
「セ、セチト…えぇと…ちょっと待って。」
青年は考えながら紙を動かす。
「これで、お願いします。」
「チトセ…チトセ君ね!了解!」
少しだけ、自分の思いが込められた名前が決まった。
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