第5話
「部長ー?」
ハッと顔を上げる。
ここは…会社か?
君は…あぁ、Fか。そろそろ女性からの支持を上げようと思って、利用させてもらったFだ。名前は…そうだ、福田だったな。
「どうしたんですか?ボーっとしちゃって。」
「いや、ちょっと疲れているみたいだ。悪いが、お茶を持ってきてくれるかい?」
「大丈夫ですか?ちょっと待っててくださいね。」
Fが給湯室へ向かった。
ふぅ…本当に疲れているみたいだ。
少し廊下を歩いて気分転換しよう。
給湯室の前を通る。
Fが誰かと話している声が聞こえる。
「部長ってさぁ、ほんと鈍いっていうか…馬鹿だよねぇ。」
ドクンッ。
私の話か…?いや、違う。きっと違う部署の奴だ。
「私の突然消えちゃった入力データ、こっちでやっとくってフォローしてくれてたけど、騙せたとか思ってんのかねぇ。ウケるんだけど。」
馬鹿な…。何故バレている…?
全員帰った後に作業したし、痕跡も消したはず…。
「それにさぁ、佐々木君の発注ミスだって、部長が数字いじったんでしょ?」
!?な、何故…
「極め付きは、瀬田事件!あれはマジでやりすぎ。訴えられてもおかしくないよねぇ。」
「企画奪って出世って、最後ズタボロになる悪役のやることだよね笑」
「なにそれ!やめてよマジ笑うー!」
「いつ社長にバラしてやる?どうやってバラす?」
「んー、やっぱ辞める時かぁ、ボーナス下がった時かぁ、パワハラかセクハラされた時かぁ…やっぱイラッとした時かな!」
「うわ、こっわー!」
…おかしい。何故全部知っているんだ。
とにかく、落ち着こう。席に戻って考えよう。
来た道を戻ると、前から他部署の社員が歩いてきた。すれ違いざまに、
「あ、偽部長だ。」
と小さく呟くのが聞こえた。
咄嗟に後ろを振り返る。社員は走ってどこかへ行ってしまった。
その時、男性社員2人が視界に入る。
こちらをみてコソコソ話している。
…私のことを言っているのか?
…とにかく戻ろう。
足早に席に戻る。
席に座って、ひと息つく。
そして、顔を上げると、何故か社員全員こちらを見ている。
「な……何だね…?」
すると、何も無かったかのように皆仕事を再開した。しかし、どこからともなく、コソコソと話す声が聞こえる。
「誰か訴エないの?」
「やってルことバレバレだヨね。」
「騙せテるっテ本人だケ思っテテ、憐レだネ。」
やめろ…
「デも騙すシか能がナイかラ、カワイソウ。」
やめてくれ…
「カワイソウだカラ、騙さレてるフリしテアげてルノに。」
やめろ、やめろ…
「ソレにモ気付かナいナンて、カワイソウ。」
やめろ!
「憐レダネ。」
やめてくれ!
「憐レダ。」
「やめろおおおッ!!!!」
一瞬で真っ暗になった。辺りを見渡すが、真っ暗で何も見えない。
「あら、とても字が上手ねぇ。」
バッと前を見る。目の前に、あの時の教師が笑顔で立っている。
「でも…」
「先生はずっト見てたワよ。あなタガ弟くンの練習用紙ヲこっそり取っテ、持っテくるとこロまで。でモ、あなたハ能力がナくてカワイソウだかラ、言わないでイてあげタのよ。」
「こコまで気付かず大きくなッてしまウなんて、本当に憐レね。」
「うわあああああ!!!!!!」
思わず叫んだ。気付くと自分の部屋のベッドにいた。
「ゆ、夢…?」
なんだ…夢か……。
変にリアルな夢だったな……。
憂鬱な気分で会社へ向かう。
今日は曇りか…
そんなことを思っていると、
急に視界が真っ暗になった。
「…!!!」
顔に何か巻かれている。
何者かに無理矢理引き摺られている。
抵抗するが、力が強くて負けてしまう。
「だ、誰だ!?」
急に明るくなる。視界が戻る。
目の前に、瀬田がいる。
「せ、瀬田!?お前、何してるんだ!?」
「お前のせいで…お前のせいで何もかもめちゃくちゃだ…!俺はお前のせいで死ぬ。妻と子どもを置き去りにして!残された2人はどうやって生きていく?許せない…許せない!お前は自分勝手な都合で、3人もの人生を潰したんだ!」
「な、何を言ってるんだ!落ち着け、落ち着こう、な?」
「黙れええええ!」
––ドッ。瀬田が私の腹部に何かを刺した。
「…ブッ……ぐぅ…」
口から何か溢れた。何だ…?
下を見る。…赤い。…血?
誰の…?口を触る。手を見る。…赤い。
俺の…血?
視界がぼやける。ぼやける…ぼやける…
そしてとうとう、真っ暗になった。
––ハッと意識が戻る。
ここは…!?
目の前に…前の会社で瀬田と同じような手口で騙した部下がいる。
「よくも…よくも俺の家族を…!」
「お前の家族には何もしてないだろう!?」
「お前のせいで俺も俺の家族も不当な扱いを受けた!妻が精神を病んで自殺した!お前のせいだ!お前が俺の出世を奪い、罪をなすりつけたせいで…!」
––ドッ。先程と同じことが起こった。
「な……で………」
ドクドクと血が流れる。
視界がぼやける。ぼやける。
そして、真っ暗になる。
––ハッと意識が戻る。
ここは…!?
新卒の時、自分の出世の為に不正をでっち上げ、密告して蹴落とした同僚が目の前にいる。
「許せない…許せない…!」
「や、やめろ!」
––ドッ。
視界がぼやける。ぼやける。
––意識が戻る。
この人は…あぁそうだ大学の時の…
やめてくれ!…ひっ!
––ドッ。
視界がぼやける。ぼやける。
––意識が戻る。
この人はたしか高校で…
や、やめろ…逃げ…
––ドッ。
視界がぼやける。ぼやける。
––意識が戻る。
こ、この人は、何をしたんだっけ…
ま、待って!思い出すから!
ああぁやめろ!嫌だ!
––ドッ。
視界がぼやける。ぼやける。
––意識が戻る。
もう…何度目だろうか…。
「もう…もうやめてくれ…私が……悪かった…」
「本当に、そう思ってる?」
顔を上げると、小学生の頃の弟がいた。
「…あぁ。私が…悪かった……。」
身も心も何度も抉られ、もう何も驚かなくなったが、震えが止まらない。
「お前はたくさんの人の人生を変えたね。たくさんの人を踏み付けて、ここまで上ってきたんだよ。後ろを見てごらん。」
後ろを振り返ると、いつのまにか自分は階段の頂上にいる。
そして階段は…
段のように積み重なった人間で出来ていた。
みな、顔をこちらへ向けて睨みつけている。
「ひっ…」
「みんナ、お前を狙ってル。お前を恨んでる。人ハ簡単に騙せる?そウかもね、でも、その代償は大きイよ。お前は、一生それを抱えて生きテいくんだ。大変だね、いツ、誰が、どコでお前に復讐するカわからない。逃げ切れるカな?難しイね。難シイ。」
「本当に…悪かったよ……お願いだ…許してくれ…」
「僕は許シても、みんなはどうカな?」
弟がこちらへ近寄ってくる。後退りするが、これ以上は落ちてしまうので下がれない。
「や、やめてくれ…」
「みんなに、許しテくれるか聞いてゴらん。」
弟が、ぽんっと両手で私を押した。
落ちる。落ちる。
「うわぁあああああ!!!!!!」
「許せない…」
「許さない…」
たくさんの声が聞こえる。
「やめてくれええええええ!!!!!!」
–––––
シロガネがフィールからギアを離した。
すると、彼が、バッと起き上がる。
「こ、今度は…何なんだ…?」
息が整わない。辺りをキョロキョロ見回している。こちらのことは見えていない。
「夢か現実か、わからなくなってるね。」
アランが言う。
「そうみたいだね。これでもう悪さ出来ないだろう。」
シロガネはギアをクロスで拭きながら言う。
「……。」
チトセは、何も言わない。
アランはチトセの様子に気付く。
「あれ、もしかしてチーちゃん、またご不満?」
「不満?どういう意味だい?」
「…このまま放っておけば、もう騙すことはしなくなるかもしれないけど、立ち直ることは、人を信じることは、もう出来ないかもしれない。」
「それは自業自得なんじゃないかい?」
「でも…失敗は誰にだってある。今まで誰も指摘してくれなかったから、こんなことになっちゃったけど…失敗から学んで、良い方向に成長していくのが人間でしょ?ここで潰したままにしてしまうのは、違う気がするんです。」
「うーん…難しいことを言うね、チトセは。」
「…俺に少し時間をくれませんか。」
「何をする気だい?」
「この人を、ちゃんと改心させて、前を向かせてあげたいんです。」
「出た!チトセの救済タイム!」
「…前もそうだったのかい?」
「うん!前は成功したけど、今回はどうかな?やってみなよ、チトセ!」
「はい、ありがとうございます!」
「じゃあ、まずどうする?」
「えと…この人の弟さんのところに行きます。」
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