第6話
部長のフィールを頼りに、弟のいる、実家へ来た。
確かに、部長そっくりの顔だ。
チトセはギアを出し、彼のフィールのバリアを割る。
––パリンッ。
思った以上に簡単に割れた。
早速、フィールを覗く。
−−–−–
弟は、父の町工場を継いでいた。
小さな工場だが、みな生き生きと働いている。
「社長〜!聞いてくださいよぉ。昨日うちの嫁がぁ…。」
社員が弟、つまり社長に駆け寄る。
「おーおー。どうした?」
「昨日息抜きに、ほんとちょっと、一口だけ酒飲んでたら、嫁にバレてカンカンに怒っちゃって。今日の朝も口きいてくれなくて…」
「禁酒するって、一週間前に言ったばかりじゃないか。それはお前が悪いなぁ。」
笑いながら、社員の肩をぽんと叩く。
「あの、社長…」
1人の青年が社長のもとへ来た。
「お、おはようさん。昨日は眠れたか?」
「はい…。あの、本当にすみませんでした。」
「いいって、いいって!失敗は誰にでもある。ここから、ゆっくり改善していけば良いから。」
「社長!あとは俺がフォローするんで!」
「ああ。頼んだよ。」
社長は移動するフリをして、陰から2人を見守る。
「ごめんな。俺がちゃんと、ここの注意点教えておけば良かったな。」
「いえ…僕がちゃんと聞かなかったから…」
「ありがとな。こういう時は上司のせいにしとけ。そんで、何糞って気持ちで前進すりゃいいんだ。」
社長は2人のやり取りを見て、安心したのか、その場を離れた。
ーーーーー
チトセがフィールからギアを離す。
「いい雰囲気の会社だね。ごめんとありがとうが飛び交っている。きっと社長の性格が、この雰囲気を創り出してるんだね。」
シロガネが言う。
「さぁ、今度はどんな夢を見せるのかな?」
アランが言う。
チトセは意識を集中させ、フィールに再度触れた。
–−–−−
目を開けると、実家のリビングにいた。
何故か、家の中の壁や天井の傷が無い。まるで新築のようだ。
「まってよ兄ちゃん!」
笑いあう小さな男の子2人が、リビングに入ってきた。…これは、小さい頃の俺たちだ。
懐かしいな…。
兄とはもう、10年以上会っていない。
この時は楽しかった。
兄は、俺にとても優しかった。
いつからだろう、兄が怖くなってしまったのは…
突然場面が変わり、
小学生の時の、習字の授業を後ろから見ている。
…あぁ、そうだ。
ここで、兄が俺の練習用紙を提出して、褒められたんだ。
俺は、それで兄の喜ぶ顔が見れるなら、と思い、黙っていた。
その日から、同じようなことが何度も続き、いつしか兄は、俺以外へも同じことをする様になった。
兄は、すべて自分の思い通りになることが、面白くなってしまったのかもしれない。
兄は、人の心をなくしてしまった。
それでも俺は、それを黙って見ていた。わかっていたのに、見て見ぬフリをして、甘やかして…兄を怪物にしてしまったんだ。
俺は今の会社で、罪滅ぼしのように、
兄にしてやれなかったことをしているだけなのかもしれない。
…兄は今、どうしているのだろう。
こんな古ぼけた工場なんか、継ぐ気は更々無いと言い放ち、出て行ったきりだ。
…そういえば、大学の友人が
会社に俺のドッペルゲンガーがいると言っていた。
彼の会社は大企業だ。
もしかしたら、兄かもしれない。
…今度、彼に聞いてみようか。
…今も、あのままなのだろうか。
素晴らしい人に出会えて、変わったのだろうか。後者であってほしい。
もし前者なら…俺のせいだ。
その時、俺に何が出来るのだろう…。
…俺に出来ることはあるのだろうか…。
…いや、俺が逃げちゃいけない。
きっと、今が向き合うべき時なんだ。
考えよう。俺に何が出来るのか。
–−−–−
「これが、良い方向に動くキッカケになってくれれば良いんですけど…。」
チトセは自信が無さそうだ。
「とにかく、明日また覗いてみよう。」
3人は事務所へ戻る。
その後ろ姿を、2人の男女が見つめている。
「…フンッ。」
男は気に食わなさそうな顔をする。
「椿、顔に出てるよ。」
少女は無表情で男に言う。
「あ?いいだろ、別に。帰るぞ。」
「うん。」
男女は一瞬で、その場から姿を消した。
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