第2話
「この人だね。シロガネ、お願い。」
アランが小さな声でシロガネに言う。
目の前で寝ているのは、先程の依頼者だ。
隣には、彼の妻が寝ている。
「任せてよ。…ギフト。」
シロガネの懐中時計が輝く。
そして、シロガネの手には、レイピアの様な武器が握られていた。
「シロガネさんのギアは、レイピアなんですか?」
「うん、そうだよ。スピード重視のギアさ。チトセのギアは何だったんだい?」
「俺は刀でした。」
「侍だね!かっこいいじゃないか。」
「へへ…ありがとうございます。」
「さ、お仕事といきますか。」
シロガネは、レイピアを構えた。
そして、目にも留まらぬ速さで、フィールを突いた。
––パリンッ。
フィールのバリアが割れた。
「…速…かっこいい…。」
チトセが思わず口に出す。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、彼の記憶を覗くよ。」
アランとチトセは、シロガネの肩に手を乗せた。
シロガネのレイピアの先がフィールに触れた。
–−–−–
「おい、
怒号でバッと立ち上がる。
自分、つまり依頼者は、声の主である部長のもとへ行く。依頼者は瀬田という名字のようだ。
「…はい。な、何でしょうか…。」
「何でしょうか、じゃないだろう!何度言ったらわかるんだ!ここのお客様は必ず納期をメールと電話両方で伝えろって言ってるだろうが!あと、この書類の計算ミスも何度目なんだ!」
「え、でも…」
「言い訳するのか!?そんな暇あるならさっさと直せ!はぁ…お前は本当に…これ以上は、私も庇いきれない…。いい加減、真面目になってくれよ…」
周囲で、コソコソと話す声が聞こえる。
部長が席を立ち、瀬田の肩をポンと叩く。
そして、瀬田にしか聞こえない程の小さな声で言った。
「…お前の味方は誰もいないぞ。」
部長はそのまま部屋を出て行った。
瀬田は俯いて席に戻る。
––納期連絡のメールと電話はいつもしている。だが先日、部長が別件でメールをするから、ついでに納期も連絡する。重複するのでこちらからはしなくていい、と言ったのだ。それに、計算ミスは、部長が仕組んだに違いない。こちらのデータと数値が違う。紙面ではなくデータで渡せと言われたので、データを渡した。データなら、いくらでもいじれる。
こんなことが日常茶飯事だった。
こんなの、些細な事かもしれない。他の会社はもっと酷いかも…と言い聞かせていたが、じわりじわりと瀬田の心を蝕んでいった。
もう一つ、瀬田を追い詰めているのが、
部長も言っていた、味方が誰もいないことだ。
かつて、瀬田には仲が良く、切磋琢磨し合う同僚がいた。正義感の強い男だった。瀬田の企画を部長が盗んだことも、唯一彼だけが知っていた。しかし、瀬田に代わって彼がそれを問い詰めようとした矢先、突然地方の部署へ左遷されてしまった。
そして、周囲の人々に、実は瀬田が大きなミスをし、その尻拭いで異動になったと、裏で部長が説明していたのだ。
部長は、去年、引き抜きでこの会社に入ってきた。入社してすぐに、瀬田の企画を盗んで部長に就任する。瀬田には厳しいが、基本的には人当たりが良い。コミュニケーション能力が高く、話も上手い。部下からの信頼が厚く、上層部からの評価も良い。時々瀬田について、子どもが生まれる予定で浮かれており、失敗が多くなっているだとか、失敗を人のせいにするだとか、自分のことを勝ち組だと言っているだとかいい加減なことを言って、周囲に負のイメージを植え付け、根回しは完璧だという。失敗と言っても、全てでっち上げなのだが。
気付いた頃には、全て、こちらが悪であるという環境が整っていた。今回が初めてだとは思えないくらいの早業であった。もう、戦うという勇気も希望もすっかり無くなっていた。
しかし、会社をやめることもできない。今やめたら、妻と子どもが路頭に迷うことになる。
先月、家族に秘密で自らに保険金をかけた。自分がいつ、どうなっても、家族が大丈夫なようにと…。
−–
夜の11時。いつもと同じ時間に帰宅する。
いつも部長に難癖をつけられて、自分の仕事をやり直しさせられたり、部長がするべき仕事をやらされたりして、定時に帰れた日はここしばらく無い。
「ただいま…」
静かに玄関のドアを開け、小さな声で言う。
「お帰り…今日も遅かったね。本当に大丈夫なの?」
妻が大きなお腹を抱えて、心配そうに見つめる。
「ごめんね。今、俺の企画が評価されて、すごく忙しくてさ…。」
「それはありがたいことだけど…心配だよ…」
「俺は大丈夫だよ。体に障るから、いつも待たずに寝てていいんだよ。この子のためにも、ゆっくり休んでおかないと。」
「うん…」
「お風呂入るね。先に寝てて。」
妻の額にキスをし、頭を撫でる。
無心でシャワーを浴び、寝室を覗く。
妻がぐっすり眠っている。体力の限界だったのだろう。
瀬田はリビングのソファに横になった。
テーブルには、夕食が用意されている。
食欲がなく、箸を持つ気になれない。
明日も地獄へ赴かなければ…。
いつまで続くのか…。一生、死ぬまで…?
もう涙も出ない。目のクマは日に日に酷くなり、身も心も限界だった。
「……ごめんな…」
天井を見つめながら、小さく呟いた。
––––−
シロガネがフィールから剣先を離す。
「本当に…人間は愚かだよね。どうしてこんな酷いことができるのか、不思議でならないよ。」
「はい…。なんとかして、救ってあげたい。」
「そうだね。今回はシロガネに任せるつもりだから、チトセはよく見ててね。」
「うん。わかった。」
3人は部屋を出た。
事務所に戻ろうとする。
「…よぉ、アラン。」
「…!ギフト!!」
突然、アランとシロガネがギアを出して身構える。チトセは、何が何だかわからない。声がした方へ目を向けると、白を基調としたスーツやロリータ調のドレスを着た、3人の男女がいた。
「そいつは新人か?また犠牲者を増やしやがって。」
黒髪で癖っ毛の男が言う。先程、アランの名を呼んだ男だ。
「ただの新人じゃないよ。この子は、加害者も救ったんだ。」
「はぁ?お前らは不幸しか与えない能無しじゃねぇか。救うだ何だほざくんじゃねぇ。結局な、復讐は復讐しか生まねぇんだよ。」
「今までは、そうだったかもしれない。でも、これから変わるかもしれないんだ。」
「結局全部、かもしれない、じゃねぇか。話にならねぇ。やっぱ死ね、アラン。」
3人の男女が、ギフトと言い、ギアを出した。黒髪の男はリボルバーのような小型銃、肩まであるウェーブのかかった銀髪の少女はマシンガン、薄紫色のストレートでマッシュの様なヘアスタイルの男はショットガンだ。
「え!?あの人達、夢喰!?」
「チトセ、ギア出して。あとはひたすら弾を避けて。」
アランが少し焦っている。こんなアランは初めて見る。
「ぎ、ギフト!」
慌ててギアを出す。緊張が走る。
「装填!」
3人がそう言うと、各々の銃が輝き出した。
「チトセ、全力で避けろ!」
アランが叫ぶ。次の瞬間、こちらに向かって無数の銃弾が飛んできた。
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