第2章

第1話

チトセの歓迎会から3日後の深夜12時30分。




–––カランカランッ。



「おはようございます。」



「おはよー。今日も早いねぇ、チトセ。1時30分からなのにぃ。」



アランがあくびをしながら言う。



「あれからなかなか依頼が無いから、ちょっと緊張しちゃって。少しでも何か学んでおきたいし、早く慣れたいし…」



「そんなに気負わなくていーよぉ。失敗したら、フォローしてくれる先輩がいっぱいいるんだから!それに、現世につながる場所は毎日ランダムだし、死期が近い人しか来られないから、1週間以上依頼がない時だって、ざらにあるよ。」



「そうなんだ…でも、いつ来ても依頼が来てもいいように準備しとかなきゃ!」



チトセは散らかった本やお菓子の袋を片付け始めた。



「はぁあ〜チトセが来てくれてから部屋が片付くぅう〜」



回転式の椅子に座るアランは、くるくると嬉しそうに回る。



–––カランカランッ。



「ごきげんよう。」



「あ、おはようございます。」



「あれぇ?シロガネ早いねぇ!」



「うん、実はチトセの制服が出来上がってね。早速着てみてもらいたいんだ。」



「え!本当ですか!ありがとうございます!」



チトセは早速着替えた。

パンツはストレートタイプでピッタリだ。

ジャケットを羽織る。胸の辺りにチェーンの装飾が施されている。裾の内側を見ると、落ち着いたブルーで、綺麗な花がデザインされていた。



「どう、ですか?」



着替えた姿をアランとシロガネに見せた。



「お!良いじゃん!」



「うん、サイズもピッタリだね。」



「これ、何ていう花ですか?」



「それはね、リンドウという花だよ。」



「へぇ…リンドウ…」



–––カランカランッ。



「おはよーござ…あ!チーちゃん新しい服だ!似合ってるね!」



「ビビさん、おはようございます。ありがとうございます。」



「おはよう。なかなか良いじゃないか。」



「あ、アヤメさん。ありがとうございます!」



「これで正式に仲間入りって感じがするね。改めて、よろしく!」



「はい!よろしくお願いします!」



–––ゴーン…ゴーン…ゴーン…



深夜2時。

幻と現世が繋がる。



–––カランカランッ。



「わっ…ほ、ほんとにあった…」



やつれたスーツの男性が、ドアを開けたままキョロキョロしながら事務所内を見渡す。



「こんばんは。ようこそ、夢見屋へ。」



アランが出迎え、皆は後ろに控えている。



「わっ…こ、こども?」



「…見た目はね。こちらへどうぞ。」



ビビがククッ…と、少しニヤける。

アランは怒りを押し殺し、作り笑顔で案内する。



「今日はどんなご依頼で?」



「あの…本当に…噂通りの所なんですか?何かの詐欺とか…」



「ここは苦しみを抱える人のための相談所。人々の苦しみに耳を傾け、そして苦しみから解放されるための手助けをします。」



「…本当に助けてくれるんですか…?ぬか喜びはしたくないんです…」



「ええ。全力で助けます。」



「…ありがとうございます。……あの…部長の…パワハラを止めて欲しいんです。」



「パワハラですか。」



「はい…今の部長は…私の企画を奪い、それで成功を収め、昇格したのです…。それから、私への嫌がらせやパワハラが酷くなり…きっと辞めさせたいんだと思います。でも…お…俺は…この仕事が好きで…それに…もうすぐ子どもが生まれるんです…今…辞めるわけにはいかない…」



男性は拳を握りしめ、静かに泣いた。



「…わかりました。あなたは、このままだとストレスと過労で命を落とすかもしれない。でも、僕達がそうはさせません。こちらからのお願いと約束を承諾していただければ、僕達は必ずあなたを苦しみから解放させます。」



「お願いと約束…ですか。」



「はい、お願いは、3日待って欲しいということ。約束は、ここでの事は、誰にも言わないこと。僕たちのこと、この建物のこと、何をしてもらったかってこと…全て、一切、何も言わないこと。もし口に出したら、すぐわかります。ここは普通じゃないから。約束を破ったら、あなたとあなたの大切な人達に不幸を与える。この2つ、承諾してくれますか?」



「…3日待って、誰にも口外しなければ良いんですね。わかりました。必ず守ります。」



「では、3日間このネックレスを肌身離さず持っていてください。そして3日後、また返しに来てください。」



「…わかりました。すみません…よろしくお願いします…」



男性は何度も頭を下げて事務所を出た。



「…そういえば、現世に繋がる場所はランダムだって言ってたけど、3日後もまた同じ場所に繋げられるの?」



チトセがアランに聞く。



「限定的だけどね。あのネックレスを持ってる人が、この事務所を強く求めれば、ネックレスにつけた懐中時計のカケラが反応して、依頼者の記憶を辿って同じ場所に現れるようになってる。」



「へぇ。すごいね。」



「そういえば、チトセもネックレス、作らないといけないね。俺だけじゃなくて、みんな自分の懐中時計からカケラを取って、ネックレスを作ってるんだ。」



「ちょっと苦しいけど、すぐに治まるから!頑張って、チーちゃん!」



「わ、わかりました。」



チトセに不安が募る。



「じゃあ、これで懐中時計の端を削って。これにも、俺のほんの小さなカケラが練り込まれてる。軽く突けば削れるから。」



アイスピックのようなものを手渡された。

––これで、懐中時計を突く…。

コモリが、これは自分の魂だと言っていた。

大丈夫なのだろうか…失敗したら……。

じんわりと手に汗をかく。



「大丈夫さ、チトセ。失敗した人は誰もいない。軽く突くだけでいい。」



…ドッ、ドッ、ドッ。

深呼吸をして、心臓の音を落ち着かせる。

そして、覚悟を決め、

アイスピックで懐中時計の端を突いた。



カキンッ。

ドクンッッ。


「かっ……はッ…」



「チトセッ!!!!」



心臓が抉られるような感覚。息ができない。

ドクンッ。ドクンッ。

大きく脈打つ。目が回る。視界がぼやける。

世界が、歪む。歪む。

立っていられない。倒れ込む。胸の痛みが強すぎて、身体の痛みを感じない。

ありとあらゆる所から、汗が出る。涙が出る。涎が出る。流れてくる。

苦しい。痛い。苦しい。心臓を押さえたい。

なんとか息を吸い込む。苦しい。



長い。時間が長い。早く、早く治まれ…



少しずつ、痛みが消え、脈も戻ってきた。

息ができる。深呼吸をする。ずっと、ビビが背中をさすってくれていたことに気付く。みんなが、心配そうに見つめている。



「チーちゃん、大丈夫?起き上がれる?」



「ボクが手伝おう。」



シロガネがチトセの上半身を起き上がらせる。



「…大丈夫かい?水、飲みな。」



アヤメがチトセに水とタオルを渡す。

水が喉を通って、体内に染み渡っていくのを感じ、生きていると実感した。

もっとも、現世では死んでいるのだが。



「ハァ……ハァ………ぁ、ありがとうございます。…もう…大丈夫そうです。」



「チトセ、よく頑張ったね。これ、チトセのカケラ。」



アランがチトセに、懐中時計を手渡す。キラキラと輝く、小さな小さなカケラだった。



「そのサイズのカケラなら…このネックレスが良いね。」



ネックレスに小さな瓶が付いている。蓋は金属製で、回すタイプだ。チトセはアランからネックレスを手渡されると、カケラを瓶に入れた。すると、アランが蓋の裏に接着剤をつけて、蓋を閉めた。完全に蓋が外れなくなった。



「よし、これでチトセも依頼を受けられるね!まだまだ先のことだけど、いずれはチトセが主体でやってもらうこともあるからね。」



「わかった。それまでに色々できるようにならなくちゃ。」



「そんな焦らなくていいさ。基本的には2、3人で依頼をこなしていくからね。」



「うん、ちなみに、今日の依頼は俺とシロガネでやっていくよ。チトセは、同行して。アヤメとビビは事務所当番ね。」



「はーい!みんな、気をつけてね!」



事務所を出ると、この間とは違う場所に出た。狭い路地裏で、左奥を見ると、色鮮やかな数色のライトがキラキラと輝いている。ネオン街のようだ。3人はネオン街を背に、右手に続く暗い路地を進んでいった。

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