第5話



「あ、いた。」



病院の中庭。

アランの声に、瑠々が反応して振り向く。

椿は、こちらを見向きもしない。



椿はベンチに座り、瑠々はベンチから少し離れた場所にある木に寄りかかっている。




「めっちゃ探した。よいしょと。」




アランが椿の隣に座った。



「…ビビはどうだ。」



「…うん、なんとも言えないって。」



「…そうか……。」



「…自分のせいだって、思ってる?」



「………。」



「…俺は、俺のせいだって思ってるよ。事務所を出る時、ちゃんとおかしかったんだ、ビビ。でも、俺はビビの思いに気付けなかった。依頼者の記憶にショックを受けたんだろうとしか、思ってなかった。…勝手にそう思って…ビビを……。」



アランは拳をぎゅっと握りしめる。



「違う、元はと言えば俺が…」



椿が言いかけるが、

アランが椿の言葉を遮って続ける。



「…でも、そう思ってたらアヤメに怒られちゃった。私だって自分が憎くてたまらないって。みんな、他人じゃなく自分に責任を感じてるんだよ。だから椿が自分のせいだって言っても、みんな同じこと言うよ。椿じゃなくて、自分が悪いんだって。残念ながら、誰も椿が悪いだなんて思っちゃいないよ。」



「………。」



「アラン、椿さん、瑠々さん!」



チトセとシロガネとアヤメが合流した。



「ビビのこと、浅井先生に聞いたんだけど…やっぱり今は身体が回復するのを待つしかないって…」



「……本当にすまない、俺のせいで…」



「…え?何で…?」



チトセは少し首を傾げる。



「…俺が、無理にここに入ったりなんかしなきゃ、こんなことにはならなかった…。それに、長年一緒にいたはずの、てめぇの仲間のことすら見抜けねえ…本当に…不甲斐ねぇし…申し訳ない…」



「そんな…!俺は全くそうは思ってないよ!てか、言われるまでそんなこと考えてもなかった…」



「…強がりだと思われるかもしれないけど、ボクは椿のせいじゃないと思ってるよ。…全ては、シバが起こしたこと。ここにいる、誰のせいでもない。椿がそう言うなら、ビビのこと1番知ったつもりでいたボクが1番悪い。ビビの異変も思いも気付けなかったんだから…。」



「アンタが自分のせいだって言うなら、そのアンタ達を受け入れた私達も不甲斐ないし悪者になるけどねぇ。」



「………。」



「ね、椿。俺の言った通りでしょ。椿のせいだなんて、誰も思ってないよ。」



「…お前ら…ほんとお人好しだな…。」



「責任感じる暇があるなら、手伝ってほしい。…椿達には申し訳ないし、苦しい選択だと思うけど、俺達はシバを見つけて、倒す。このままシバを野放しにはしておけない。俺達だけじゃなく、幻が狙われてるんだ。」



「コモリから、夢人界はシバを危険人物と認定して、夢見屋に全面協力する方針だって聞いたよ。独自のルートでも捜索にあたるってさ。…まぁ、そのうち全員呼び出されて、いろいろ尋問されるだろうね。特に、椿と瑠々は、これから大変になるだろう。」



「うん。覚悟はしてる。」



瑠々が言った。



「…瑠々は…大丈夫?」



チトセが聞く。



「うん。みんながシバを敵とみなして倒すというなら、私もそうする。…少し悲しいとは思うけど…みんなを止めたいと思うほどあまりつらくないから…。」



「…わかった。ありがとう。椿は、どう?」



アランが椿に聞く。



「……あぁ。もちろん、落とし前はつける。シバは…あいつは俺が倒す。」



「わかった。もちろん、協力しながらね。俺だけで…とか言って急にいなくなったりしちゃ、ダメだから。んなことしたら、マジで許さん。」



「…わかってる。」



「ん。…さて、一刻も早くシバを見つけ出さないといけないけど、今日の依頼者のことを疎かにしちゃいけない。深夜、何人かで依頼者とターゲットの様子を確認しよう。」



「加えて夢人界からの呼び出しがあるかもしれないし、事務所の片付けもある。…今日は帰れそうにないねぇ。」



アヤメが付け足した。



「そうだね…。みんな、苦しいし大変だけど、協力してほしい。」



「もちろん。」



チトセが言い、他の者は頷く。



「じゃあ、とりあえず事務所に戻ろう。」






その後、全員事務所へ戻った。

事務所の片付けを全員で行い、その間に夢人界の者が訪ねて来た。

やはり、夢人界から呼び出しがあり、まずはアランが行くことになった。



そして、アヤメと瑠々で店番、チトセと椿とシロガネで依頼者達の確認をすることになった。





チトセ達は、まず依頼者の女性の元へ向かう。




女性は実家におり、息子と一緒に眠っている。

既にフィールが浮かんでいるため、早速昼間の出来事を確認する。



–−−−–





目が覚める。



「うぅ…。」



すぐに全身が痛み始め、思わず唸る。



ゆっくり身体を起こすと、違和感を感じた。



「あれ…?」



何故か実家にいる。

昨日は確か、家に戻ったはず…

それで…


あぁ、そうだ、不思議な扉の中に入ったんだ。

人がいたように思うけど、あまり覚えていない。



ふと机を見ると、置き手紙がある。



––貴方をそのままあの部屋に戻すのは危険と判断し、実家へお送りさせていただきました。

できれば誰かと一緒に、怪我等の状態はそのままで、警察へ行ってください。 

そして、くれぐれも私達のことは口外しないように。話せば、不幸が訪れます。 夢見屋––




夢見屋…?

そういえば、噂を聞いたことがある。

会えればどんな悩みも解決してくれるとか…




もしかして私が入った場所は、夢見屋の建物…?

そうだとしたら、私の願いを伝えられなかった…。

…でも、私は命を助けられたってことかな…?



とにかく、警察へ行こう。

あの人をあのままにはしておけない。

警察にみんなを守ってもらわなきゃ。



私は全身の鈍痛をこらえ、ゆっくりと一階へ向かう。



「…お、お母、さん…。」



台所にいた母が、驚きながら振り返る。



「!?いつのまに帰って…え!?どうしたの!?」



「…旦那にやられた…お願い…警察に連れてって…。」




そして、父と優太も一緒に車に乗り込み、警察へ向かった。



優太は、私の変わり果てた姿を見てから、ずっと泣いている。



優太と母は車の中で待機し、私は父に抱えられながら警察署へ入っていった。




警察はすぐに動いてくれた。

私の姿を見て、動かざるを得なかったのだろう。

私はいくつかの質問を受けた後、そのまま病院へ搬送された。




検査の結果、骨にヒビが入った所が何箇所かあった。内臓も軽く損傷しているようだった。入院を勧められたが、優太が不安がることと、夫が捕まるまでは実家で鍵をかけて隠れていた方が安心できるという気持ちがあったため、ひとまず実家に戻ることにした。





そして、その日の夜、夫が逮捕されたという連絡が入った。私に付着していた血痕や体液、毛髪、衣服の繊維等が夫が犯人だという決定的な証拠になったらしい。



私は心から安堵した。涙が止まらなかった。



「ママ…?」



優太が心配そうに見つめている。

私は優太をそっと抱きしめた。



「ごめんね、優太…。ごめんね…。パパとは…もう一緒にいられなくなっちゃった…」



「…いいよ。毎日ママを泣かせてたから、パパは嫌い。優は、ママと一緒にいるよ。」



優太が私の頭を撫でた。



「…うぅ…優太…ありがとう…。」



その日は、本当に久しぶりに、優太と笑顔で眠ることができた。






–−–−–




「彼は捕まったのか。ひとまずは安心だね。」



「そうだな。」



シロガネの言葉に、椿が返した。



「彼のフィールも見たいけど…刑務所って、窓あるのかな…」



チトセが悩む。



「どうだろね。チトセが来るまでは、ターゲットのその後なんて考えてこなかったから、刑務所なんて行ったことないや。とりあえず、行ってみようか。」



「刑務所っつーより、まだ留置場じゃねぇか?」



「あぁ、そうか。きっとまだ勾留だよね。じゃあ、そっちへ向かおうか。」




3人は留置場へ向かった。

辺りを見回すが、窓があっても鉄格子が付いており、ガラスのみの場所がほとんどない。

チトセ達は、ガラスしか通り抜けられないので、中へ入る術がない。

だが、エントランスは入ることができた。



「どうしよう…。たどり着けない…。」



「セキュリティが頑丈だね。ガラス部分が少ないし。…うーん、こればっかりは、どうしようもないなぁ…。」



「刑に服して改心してもらうしかねぇか。」



「まぁ、あれだけビクビクしてたからね。逆に元の生活に戻るのが怖くなってるかも。…まぁ、チトセは不満だと思うけど。」



シロガネと椿はチトセを見る。

案の定、チトセは悩んでいた。



「…ゔゔぅ…。」



「唸るなよ…。…じゃあ、ここの資料漁って、担当警察官のフィールでも覗いてみるか?」



「…!ナイスアイデア!ありがとう、椿さん!」



デスクを漁ると、今日勾留された人の資料を見つけた。

その中に、ターゲットの名前があり、担当者であろう名前も書かれていた。

人事関連のファイルから、その担当者の情報を入手し、早速家へ向かう。

家へ着き、様子を見ると、担当者はよく眠っており、フィールが浮かんでいる。

3人は、フィールからターゲットとの記憶を覗いた。




–−−−−




「ふぁぁ…。」



「おい、気合入れろ。もうすぐ着くぞ。」



眠そうな後輩に、軽く喝を入れる。



「だって…昨日なんか解放されたの夜中の2時っすよ?ほぼ徹夜じゃないっすか…。」



「気持ちはわかるが、ホシがどんな奴なのかわからん。油断してると、死ぬぞ。」



「わかってますよ。今だけっす。」



この後輩は、慣れた俺の前ではこんな調子だが、しっかりと仕事をこなす。俺は、いつもの調子だな、と鼻で笑った。





しばらくして、とあるマンションに着く。




「着いたぞ。ここだ。」




––ピンポーン…



––ピンポーン…



「…?すいませーん。」



––ピンポーン…



「…いないんすかね。」



「可能性はあるが、居留守かもしれん。」



––は、はい。



インターホンから声が聞こえる。



「!すみません、高峰さんのお宅でお間違いないでしょうか。」



––そ、そうですが。



「あのぉ、私共こういう者でして、奥さんのことについて少しお話を伺いたいのですが…」



警察手帳をカメラに向かって見せる。



––ほ、本当に、警察…ですか?



「はい。」



––あ、あの、刑務所って…安全ですか…?



「?…まぁ、外部の者は簡単に出入りすることはできませんね。面会時も、見張りがいますし…」



––俺、捕まるんですよね?



「…話の内容にもよりますが。」



––………。



––ガチャ。



ドアが開いた。

そして、恐る恐る顔を覗かせる。

ホシは疲れきった顔をしている。



「…ほ、本当に本物の警察、ですよね…?」



「はい。」



「証明できるものは…?」



「えぇと…手帳くらいしか…あとはパトカーですかね。」



「…春子は…います…?」



「いません。」



「良かった…」



「どういうことです?」



「復讐されるんじゃないかと…。」



「…復讐されるようなことをしたということですね。とにかく、一度署までご同行願います。」



「そこが安全なら…。」



彼はおとなしく付いてきたが、キョロキョロと辺りを気にしており、不審な行動をとっていた。



彼はそのまま取り調べを受け、暴行容疑で勾留されることになった。




「妙な奴でしたね。」



「そうだな…。しきりに何かに怯えている。ムショに入ることも、安全だって嬉しがってたな。」



「復讐…とか言ってましたね。んなビビるんじゃ、やらなきゃいいのに…バカな奴。」



「あぁ。」



「ま、こちらとしては、おとなしく付いてきたから楽でしたけどねぇ。」



「そうだな…。」



ここ数年、捕まった容疑者が何かに怯えているという話を、何件か聞く。精神病院にかかった者もいるようだ。俺も、過去実際に出会ったことがある。これで3人目だ。最近は減っているように思えたが…そうでもないのか。



それに加えて、最近増えた謎の廃人化。

周波数や電波の影響かと考えられたが、未だに解明できていない。

廃人化から復活した者に話を聞くが、みな夢に身近な人が現れて救ってくれたと、口を揃えて言う。



宗教や家族構成など、全員の共通点を探したが、特にこれといったものはないそうだ。

そんなおとぎ話のようなことが、本当にあるのか…?

一体、何が起きているのか…。




「ま、妙な奴がいたり、少々謎があるくらいの世界の方が、面白いっすよね。」



後輩がのんきに言う。



「…それもそうかもしれんな。」



俺は静かに笑った。




–−–−–




「とりあえず、経緯はわかったな。このままでいれば依頼者には近づかないだろうし、一応安全になったって感じか。」



「そうだね。でも…ケアはやっぱり刑期を終えて外に出てきた後になりそうだけど…。」



シロガネがチトセの様子を窺う。



「…まぁ、罪を償わせるのが最優先じゃねぇか?」



「うん。罪を犯す前に解決できれば良いけど、そうもいかない時もある。そうなってしまったら、やっぱり現世の人間達の手で、現世の基準で、裁くことは必要だとは思うよ。」



「…うん。そうだよね。…はぁ……全然…救えない…なぁ…。」



「…うん……」



3人の脳裏には、ビビが浮かんでいる。



「何、めそめそしてんの。」



3人が振り返ると、アランが立っている。



「あれ、アラン。夢人界は…?」



「終わって戻ってきた。で、心配になって来てみたら…まったく。もう朝になるよ。一度戻ろう。」



空を見ると、薄明るい。

鳥の声も聞こえる。




そして4人は、特に話すことなく事務所へ戻っていった。

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