第4話


「ビビ!」



アランがビビの名前を呼びながら、急いで事務所へ入った。




「…!」



一同は、驚きのあまり声が出なかった。



事務所の中が、酷く荒らされていたのだ。



「ビビ!?いる!?」



チトセが声をかけるが、返事はない。



「やっぱまだ外だ。弱いけど、カケラの力を感じる。急ごう。」



アラン達は弱々しいカケラの力を頼りに、ビビの元へ向かう。



そして、遠くにビビの姿が見えた。



「…!ビビ!!!」



1番足の速いシロガネは、スピードを上げビビの元へ向かう。

そして、倒れているビビをゆっくり抱き抱えた。



「ビビ…?ビビ?」



シロガネが小さな声で呼びかける。



「……ぅ………」



「…!まだ意識がある!」



「浅ちゃんに連絡する!」



アランは浅井に電話をかけ始めた。



「……シ…ロ……?」



ビビが消え入りそうな声で言う。

彼女は全身傷だらけで血が流れ、手には無数にひびの入った自身の懐中時計が握られている。



「そうだよ。もう大丈夫だよ。みんな来たから。すぐ病院に連れてくから。」



「……し…ば………が…」



「うん、ビビのおかげで、シバさんが敵だったのがわかったよ。それで、俺達も戦ったけど、逃げられた…ごめん。」



「…み……な…無……事…?」



「うん、今、アヤメと夢人界の人達が、残った敵を倒してくれてる。あの人達なら、絶対大丈夫だから。だからビビは自分のことに集中して。」



「浅ちゃんに連絡した。すぐ救急車が来るよ。」



「………ご…めん……ヘマ…した…」



「ヘマなんかしてないよ!敵、全部倒したんでしょ?すごいよ!」



チトセが涙を堪えて言う。




「……へへ…。…ふぅ。」



ビビが深呼吸をし、話を続ける。



「…私…あの人の…記憶を見た時…ハァ…ちょっと…こわくなっちゃって…ハァ…目を開けたの…。そしたら…ハァ…ハァ…シバ…くんが…目を閉じながら…笑ってたの…。だから…みんなが行った後…ハァ…問い詰めたら…」



ビビの少し息が荒くなってきた。

目の焦点が合っていないようだ。

やがて、目を閉じる。



「ビビ、あと少しだから。諦めちゃダメだよ。」



アランが声をかける。



「……ハァ……ハァ……」



「ビビ。諦めたら、みんなにビビの秘密バラすからね。嫌でしょ。」



シロガネが言う。



「…ハァ……うぇ…絶…対……やだ…」



「じゃあ絶対諦めるな。」



「……ハァ………ふぅ……………」



サイレンが聞こえ始めた。



「ビビ、救急車来たよ。あと少しだ。」







「…………」




「…ビビ?…ビビ!」



シロガネが必死に呼びかけるが、返事が無い。



そして、救急車が到着した。



ビビはすぐに夢人用の集中治療室へ運ばれた。











その後、アヤメ達が怪我人を連れて病院へやって来た。



「…アヤメ!大丈夫だった!?」



アランが駆け寄る。



「ああ、なんとかね…。コモリとなんとか倒したが…赤いのはやばい。危険だよ。」



アヤメが赤い夢喰の力に負けることなくギアをぶつけ合えたため、隙を見てコモリが身体に攻撃できたのだ。



「そっか…。無事でよかった。」



「私は大丈夫だよ。それで、ビビは?」



「……ビビは…。」



「…!?もしかして…」



「…今はなんとか保ってるけど、懐中時計がボロボロで…いつどうなってもおかしくないって…。集中治療室にいる。」



「……そうかい…。ビビは1人で頑張ったんだね…。」



「………。」



「…ここにいるのはアランだけかい?他のみんなは?」



「チトセとシロガネは懐中時計を直す方法を探すって、浅ちゃんとこ行ってる。椿と瑠々はわからないけど…たぶん椿のことだから、シバのこと、責任感じてると思う。」



「……それこそケアが必要な連中がたくさんいそうだね。」



「…うん。アヤメは…大丈夫?」



「私がダメになっちまったら、誰がみんなの世話するんだい。それに、私らの事情は関係なく悩み苦しむ人は助けを求めにやってくるし、シバはさらに力をつけるだろう。苦しくても、立ち止まってるわけにはいかないんだ。」



「…そうだね。俺も同じこと思ってた。」



「ビビは強い子だよ。大丈夫。私は信じる。私らが信じてあげないと、さすがのビビも弱っちまうからね。」



「…そうだね。…ありがと、アヤメ。」




「……。」



アヤメが、アランの頭にポンと手を乗せる。



「…?」



「これだけは覚えておきな。アランのせいじゃない。」



「…!」



「どうせ、俺が事務所を出る前にビビの異変に気付いていれば、とか思ってるんだろ?それを言ったら、私だって同じだよ。…自分が憎くてたまらない。…姉貴ぶってたくせに、何にも気付けやしない。結局は、よく見ていた"つもり"、気を張っていた"つもり"だったんだ。本当情けない…。」



「アヤメ…」



「だから、せめてビビの勇気と努力を無駄にしないためにも、私は動く。…それが私なりの誠意と償いさ。」



「…そうだよね。俺がここでウジウジしてても、何の意味もないよね。ビビのためにできること、しっかりやらなきゃ。」



「そうだね。憎いし苦しい。後悔が尽きない。でも、ふんばりな、所長。私も隣で手伝うからさ。そんで、何があっても、アランの味方でいてやるよ。」



「うん。ありがと。頼りにしてる。」



「…さ、感謝する暇があるなら、椿でも探してきな。ビビとは今、会えないんだろ?なら私は怪我人の様子見て、コモリと諸々話をするから。その後、チトセ達のとこに行くよ。」



「わかった。また後で。」



「はいよ。」



アランは椿を探しに向かった。



「…小さな体に背負い込んで、よく頑張ってるよ、アンタは。」



アヤメはアランの背中を見送りながら、小さく呟いた。






−–−




一方、チトセとシロガネは、浅井の元へ来ている。



「…浅井先生、お久しぶりです。」



「俺は会いたくなかったぞ。」



「えっ。」



チトセは言葉の意味を考えずそのまま受け取り、ショックを受ける。




「…ここに来るってこたぁ、何かしら身体が良くない状態だからだ。言わせんなよ。」



「あ、そういうことか…。」



「おいシロガネ、フォローしろよ。」



「………。」



シロガネは俯いたまま、返事をしない。



「…そ、そういえば、浅井先生って、夢人の治療もするんですね。夢人のこと、全然知らないみたいな感じだったのに。」



「あぁ。夢人なんざ、名前も知らない奴だっているからな。むやみに広めていい職でもねぇし、基本的に知らないフリをしてる。ちなみに、病棟も一般と夢喰と夢魔と夢守で、それぞれ違うから安心しろ。夢人の病棟のスタッフは、全員夢人界の奴らだ。」



「そうなんだ…。浅井先生は、分け隔てなく治療も診療もしてるの?」



「そうだ。何せ夢人の医者は少ないからな。

俺は一般人として別の病院で医者をしていたが、ある日夢人界からスカウトされてな。それから一応夢人としてここで両方とも面倒みてる。給料はまぁ良いぞ。」



浅井は、電子タバコをふかし始めた。



「…で、ビビの件だが…。」



シロガネが少し顔を上げ、浅井を見る。



「…正直、何とも言えねぇ状態だ。身体の傷は時間が経てば治ってくるが、懐中時計はそうはいかん。俺の縫合技術は、本人の思いの大きさに比例する。まだここで生きたいっつー思いだ。俺のギアである針が対象の懐中時計に触れると、その思いに反応して懐中時計とギアの間に糸ができる。その糸の丈夫さや長さは、そいつの思いに比例するってわけだ。あれだけボロボロになっちまってると、相当強い思いがなきゃ直すことはできねぇ。しかも身体もボロボロで、意識もない。一度糸を出そうとしたが、全く出なかった。思うことすらままならない状態なんだろう。まずは身体の回復を待つしかない。」




「生きたいと思う気持ちか…。」



「ボク達のエネルギーを使うことはできないの?」



シロガネが初めて口を開いた。



「と、いうと?」



「ほら、夢見屋が広めたフィールの復活方法。あれと同じ要領で、ボク達の思いをビビに撃ち込んで、思いを強く、大きくしてあげることって、できないかな?」



「…ほう。そりゃ賭けだな。そういったことはやったことがない。いわば輸血みたいなもんだろ?ビビの気持ちとお前らの気持ちが100%合致してないと、拒絶反応が起こるかもしれないし、不純な脆い糸になるかもしれない。それに、懐中時計は心臓と同じだ。下手に手を加えると、かえって危険になる可能性だってある。無理にエネルギーを大きくしても、ボロボロ状態の身体や心が保たねぇかもしれない。てめぇ自身の思いだけで生む純粋で頑丈な糸が1番安全で確かなものだ。」



「じゃあ、このまま何もせずただ見てろって言うのか!?」



シロガネが声を荒らげる。その目には、涙が溜まっている。



「気持ちはわかるが、とにかく今は身体の回復を待つしかない。俺もできることはする。」



「………どうして…ビビが……。」




シロガネの目から涙が溢れ落ちた。




「…シロガネさんが1番よく知ってると思うけど、俺はビビはとっても強い人だと思ってる。だから、シロガネさんがビビは大丈夫って信じてあげないと、たぶんだけど、ビビとっても怒ると思う。」



「……でも…」



「………俺もめちゃくちゃ悔しいし…つらい…。…俺……ビビのおかげで…今…ここにいられるんだ…。ビビの言葉が…俺を…たくさん導いてくれた……。大切だったのに……気付けなかった…。」



「チトセ…」



チトセは涙を拭い、涙声で続ける。



「…でも…ここで立ち止まってたら…ビビが頑張ったことが全部無駄になっちゃう気がする。…ビビの気持ち、俺達がちゃんと繋いでいかないといけないと思う。」



「……。」



「ビビはきっと、誰も傷ついてほしくなくて、1人で頑張ったんだよ。だったら、犠牲者を出さないためにも、俺達は強くいなきゃいけない。ビビの願いを叶えるために。」



「……そうだね。…ボクはシバを許さない。絶対に見つけ出す。」



「うん。なんとしても見つけ出さないと。」



「うん。…ありがと、チトセ。それと…ごめん、浅ちゃん。」



「構わん。ちっとは落ち着いたか?」



「うん。少しね。」



「ある程度回復したら、特別に室内へ入れるようにしてやる。そしたらいつでも見舞いに来い。容体が変化したら、すぐに連絡する。」



「わかった。ありがと。」




チトセとシロガネは部屋を後にした。


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