第6話
椿達の歓迎会から3日後の
深夜1時10分。
––カランカランッ。
「おはようございまーす。」
チトセが出勤した。
ビビとシバ以外は既に集まっている。
「おはよう、チトセ。…はい。」
瑠々が無表情でコーヒーをチトセに渡す。
「ありがとう、瑠々さん。」
いつのまにか瑠々がお茶出し当番になっていた。彼女が淹れるコーヒーは、美味い。シロガネに教わったからだろうか。
––カランカランッ。
「おはようございまーす!…あれ、ビビちゃんまだ来てない?やった!今日はビリじゃないや!」
「おい、シバ。もうちょっと緊張感を持て。俺らだけの時とは違うんだぞ。」
「えー、椿厳しい…」
「いーよいーよ。うちはゆったりやってるからさ。」
「ほら、アラン君もそう言ってるし…椿は堅苦しいんだよ!もう!」
––カランカランッ。
「おはよーございまーす!やーん、ギリギリになっちゃった!」
「今日はビビちゃんに勝ったよ!」
「くそーっ!明日は負けないぞ!」
「ほら、仕事の準備しな。もう時間になるよ。」
「はーい!」
アヤメに言われ、ビビとシバが元気に返事をする。
「あ、そうだ。君達の制服ができたんだ。はい、どうぞ。」
シロガネが新人3人に、制服を渡し、3人は早速着替えた。
椿はノーマルな燕尾服だが、腰に銃を収納するためのホルスターが付いている。
シバもノーマルな燕尾服だが、尾の部分が波打っていて、遊び心が見え隠れするようなデザインだ。
瑠々はゴスロリ調の黒のワンピースに、後ろの裾が短めの尾になったケープがセットになっている。
3人とも裾の内側は白で、睡蓮の花がデザインされていた。
「シロガネ!この服かっこいいよ!ありがとう!」
シバが飛び跳ねる。
「ふふ。良かった。」
「やーん!瑠々ちゃん可愛すぎる!!」
ビビが瑠々に抱きつく。瑠々は無表情でそれを迎え入れた。
そして、2時の鐘が鳴る。
––カランカランッ。
扉がゆっくり開いた。
「こんばん…え?」
一同驚愕した。
扉の向こうから現れたのは、小さな女の子だった。髪はぐしゃぐしゃで、汚れた服を着ている。
「……。」
女の子は扉にしがみつきながら、こちらの様子を窺っている。
ビビが笑顔でそっと近づき、しゃがんで女の子と目線を合わせた。
「こんばんは。大きな人がたくさんいて怖かったね。ごめんね。迷っちゃったのかな?パパとママは?」
「……ママ…ママが…」
女の子の目に涙が溜まる。
「ママが…どうしたのかな?」
「ママが…起きなくなっちゃったの…」
「え?」
「ママが…お布団から出なくなっちゃったの…う…ぅう…うぇええええん…」
女の子が泣き始めた。しかし、弱々しい泣き声である。
ビビが女の子を抱き上げる。
ビビは女の子の軽さに驚いた。
「…!この子、たぶんずっとご飯食べてないよ!」
「…とりあえず、お粥でも作るかね。」
アヤメは急いでキッチンへ向かう。
ビビは女の子を抱えながらソファに座り、
背中を優しくさすりながら、女の子が泣き止むのを待った。
アヤメがゆっくりお粥を食べさせ、水を飲ませた。
しばらくして、ビビが問う。
「お名前は、なんていうの?」
「…まり。」
「まりちゃんね。まりちゃんはどうやってここに来たの?」
「…ゆみこ先生のところに行こうと思って、お外に出たの。そしたらね、お家の隣にね、ドアがあったの。いつもそんなの無いからね、あのね、開けたら、ゆみこ先生のところに行けるのかなって思ったの。」
「ゆみこ先生?学校の先生かな?」
「うん。1年2組の、まり達の先生なの。それでね、お勉強の時に寝てるひとを起こすのが上手だから、ママも起こしてもらおうと思ったの。」
「そっか…。まりちゃんのママは、今お家にいるの?」
「うん。でも、お布団から出てこないの。」
「そうなんだ…。パパはいるの?」
「パパは、遠いところにいるんだって。まりは会ったことないの。」
「そっ…か…。まりちゃん、お姉ちゃん達も、まりちゃんのお家に行ってもいいかな?ママの様子が見たいんだけど…。」
「うん、いいよ。」
シロガネが店番をすることになり、他のメンバーは、まりの母親がいる部屋へ向かった。
部屋に入ると、まりの母親がベッドに横たわっている。眠ってはいるが、目のクマが酷い。身体は痩せ細り、髪もボサボサで、風呂に入った様子が無い。
そして、眠っているのに、フィールが浮かんでいない。
「…もしかして、これが廃人化ってやつかな…。」
チトセが悲しい顔をしながら言った。
ビビがしゃがみこんで、まりに問う。
「…まりちゃん、いつからママが起きなくなっちゃったか、わかる?」
「えっと…わかんない…でもずっと前から。」
「ママは一回も起きないの?」
「ううん。トイレに行く時と、お水飲む時だけ起きるんだけど…まりが何を言っても…無視するの。」
「…本能的な意思は働くんだな。」
椿が言った。
「ママが起きない間、誰もここに来なかったの?学校から電話とかあった?」
「ううん。今、ずっと学校お休みの日だから、学校行かなくていいの。」
「連休中なんだ…。だから誰も気付かなかったんだね…。まりちゃん、お兄ちゃん達がママを起こしてみるから、お姉ちゃんと向こうの部屋行ってようか。」
ビビはまりを連れて、別室へ移動した。
残りのメンバーは、母親の部屋で、解決策を考えている。
「フィールが無いから、何があったのかもわからないし、心を動かすこともできない…どうしよう…。」
チトセが悩む。
「とりあえず、普通に起こしてみる?…もしもーし、奥さぁん。」
シバが耳元で声をかけるが、反応がない。
瑠々が彼女の身体を揺すってみるが、微動だにしない。
「ギアでどうにかできないかね。」
アヤメがギアを出し、通常フィールが浮かんでいる場所に当ててみるが、何も起こらない。身体にギアを当てても、もちろん透けて通り抜けてしまう。
「…そういえば、椿のギアって、弾はフィールをエネルギー源にしてるんだよね?それって、フィールを吸収してるの?」
アランが椿に、ギアのことを問う。椿のギアは銃である。
「いや、俺達は、現世の人々に悪影響が無いよう、フィールを通じて怒りや悲しみといった負の感情エネルギーをもらっている。エネルギーをもらうだけで、感情や記憶を取るなんてことは出来ない。ましてや、フィールをまるごと吸収するなんてこたぁギアのスペック的にも絶対出来ねぇよ。」
「そっか…吸収できるなら、排出もできるかなって思ったんだけど…。」
「吸収と排出、か…。そんなことできるギアもあるんだね…。…例えば、まりちゃんのフィールから、お母さんへの想いのエネルギーを、椿さん達のギアの力でお母さんにぶつけることはできるのかな?」
チトセが提案した。
「…やってみたことはねぇが、やる価値はありそうだな。」
「うん、物は試しだ。とりあえずやってみよう!」
ビビに頼んで、まりを寝かしつけた。
そして、まりからフィールが浮かぶ。
「よし、じゃあいくぞ。…ギフト。…装填。」
椿がギアを出し、まりのフィールに向かって銃を撃った。
––パリンッ。
フィールを包むバリアが割れる。
椿が意識を集中させ、銃の先をフィールに近づけると、銃が虹色に輝く。
椿は目を閉じ、フィールの中から母への想いを探した。
––ママ。ママ。まりの、大好きなママ。
どうして起きてくれないの?
まりが嫌いになっちゃったの?
ママと一緒に遊びたい。
ママの美味しいご飯食べて、
一緒にお風呂に入って、一緒に寝たいよ。
いつもみたいに、ニコニコ笑ってほしい。
まり大好きって言ってほしい。
ママ、ママ。大好きだよ、ママ…。
まりのフィールの中は、ほとんどが母親との楽しい記憶や、母親への想いだった。
そのエネルギーをギアの中へ少し吸収した。
「エネルギーを吸収しすぎると、その想い自体が本人から消えちまう。だから、吸収できる量は限られてる。…この量で、母親に届くかはわからない。」
椿が言った。
「どうにか、このエネルギーを大きくしてあげないと…。…俺達の想いのエネルギーをギアを通じて乗せられないかな?」
アランが言った。
「やってみようかね。母親を救いたいっていう想いのエネルギーが、この子のエネルギーを大きくしてくれるかもしれない。」
「じゃあ、さっき吸収したエネルギーを出すぞ。…装填。」
銃が輝く。椿が意識を集中させ、銃口を上へ向ける。すると、銃口の先から虹色に輝く直径10㎝ほどの玉が現れた。モヤを纏っている。
全員、意識を集中させ、自らのギアをその玉へ向ける。
そして、目を閉じ、母親への想いをギアに乗せた。
すると、全員の懐中時計とギアが虹色に輝き、その輝きがモヤを纏う玉へと移っていった。玉は次第に大きくなっていき、直径30㎝ほどになった。
しばらくして、全員が玉から離れる。
「…よし、これをお母さんへぶつけてみよう。」
アランが言い、椿は母親の目の前に立つ。
椿は、眠っている母親へ銃口を向ける。
そして、引き金を引いた。
––パシュンッ!
虹色の玉が母親の体内へ入っていく。
−–−–−
真っ暗な世界。暗闇。暗闇。
自分が何者かもわからない。
どれくらい時間が経ったのかもわからない。
––何も感じない。
何もかもどうでもいい。
––私は…誰だっけ…。
何も思い出せない。
もう、このまま、朽ちていくだけ…。
「…ママ!」
––?
「…ママ、ママ…。」
––誰?ママって…?
「ママ…。」
––愛おしい声。…これは…
「ママ!」
––あぁ。そうね。早く起きなきゃ。
まりがお腹を空かせているわ。
真っ暗な世界に、一筋の光が差した。
−–−–−
しばらくすると、母親の頭上に、他の人よりひと回り小さいフィールが現れた。
「!!やった!やったよ!フィールが出てきた!」
「すごいよアラン!」
「いや、椿のおかげだよ!」
「あ?俺?」
「そうだよ!椿達がいなければ、出来なかったことだもん!本当に来てくれて良かった!」
「……。」
椿はこそばゆい気持ちを胸に秘め、頭を掻いた。
「あんまり騒ぐと、2人とも起きちまうよ。今日はこのくらいにして、ゆっくり寝かせてあげよう。」
アヤメが親子に優しい笑顔を向けながら言った。
そして一同は、部屋を後にした。
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