第3話



鐘の音でハッと意識を取り戻した。

どうやら泣き疲れて寝てしまっていたらしい。

窓から時計台を見ると、深夜2時を指していた。

起き上がるとズキッと頭が痛い。

買ってきたコップを袋から出し、

水を入れて飲んだ。



「頭痛はあんのかよ…」



床に座り、ベッドに寄りかかりながら呟いた。



再びベッドに寝転んだが、また負の気持ちが次々と湧いて、寝られそうにない。

気分を変えるため、明るい深夜の街を歩いて見ることにした。



昼に比べて人通りが少ない。遠くでは数人の若者が大声で笑いながら話している。ジョギングしている人とすれ違うと、早朝に感じた。



建物を見ながらボーッと歩いていると、ふと左手に見える狭い路地に意識が向いた。



惹かれるまま路地を歩く。路地には誰もいない。静かな路地をひたすら歩く。



…バサッ


上から、音がした。


「…?」


上を見る。誰もいない。


前を見る。


「…!!!!」


黒の燕尾服を着た、金髪の少年が目の前にいる。下は短いパンツで、膝下までの長い黒の靴下を履いている。靴はローファーのような靴だ。飾りのミニハットを被っている。背はチトセより10センチほど小さい。



「…あれ、キミ、バクでも依頼者でもないね?」



「…?ば、く?」



「迷い込んじゃったのかー。ここはね、俺らの事務所だから、入ってきちゃダメだよ。このままくるっと引き返してね。ほいっ。」



両肩を掴まれ、くるっと身体を回される。そしてポンッと背中を押された。



「あ、あのっ、すみませんでした!」



後ろを振り返り、頭を下げる。



「いーえぇ。気をつけて帰ってねー。」



少年はニコニコと手を振った。



チトセはもう一度頭を下げて、慌てて来た道を戻る。が、自分の足に躓き、派手に転んだ。



「…あらら。」



少年はトンッと跳ねると、一瞬でチトセの目の前に現れた。



「大丈夫ー?」



少年がチトセの顔を覗き込む。



「だ、大丈夫、です…」



チトセが顔を上げると、ツーッと鼻血を垂らしていた。



「ん、キミ、泣いてたの?」



チトセの少し腫れた目を見て言う。



「あ、いや、大丈夫です…」



初対面の、しかも中学生くらいの少年に、転んだところを見られ泣いたことを悟られ、チトセは恥ずかしさと情けなさで顔を伏せた。耳が赤い。



「…もしかして新規さんかな?とりあえずここでオネンネしてるのもあれだし、事務所においでよ」



少年がそう言うと、チトセをひょいっと担ぎ上げ、歩き始めた。



「え!?ちょ、え!?」



軽々持ち上げられたのが驚きで、思考が追いつかないまま建物の中へ運ばれていった。



−−−−−



–––カランカランッ。



「ただいまぁ〜」



少年がチトセを担いだまま、入口のドアを開ける。



「おかえり…誰だい?それ。」



少し低めの女性の声が聞こえるが、担がれた状態で少年の背中しか見えない。横を見ると、もうひとつ出入口用のドアがある。どちらのドアにも、小さな鐘がついている。



「拾った!」



少年が満面の笑みで言う。



「はぁ?…って、怪我してるじゃないか!とりあえず座らせて!」



女性がそういうと、少年はチトセを降ろし、ソファへ座らせた。



「足消毒してやるから、その間に鼻血止めときな。」


買ったばかりのスウェットの膝の部分が破け、血が出ている。

女性にもらったティッシュを鼻に詰める。

背の高い、綺麗なショートヘアの女性で、彼女も燕尾服を着ていた。左側に深めのスリットが入ったスカートを履いており、下にショートパンツを履いている。靴はロングブーツである。よく見ると、燕尾服の尾の部分である裾の内側が紫色で、菖蒲の模様がある。少年の裾の内側を見ると、赤色で薔薇だった。



「アンタ、名前は?」



女性が消毒しながら聞く。消毒が染みる。



「チトセです。」



「ふぅん。まだ若いね。いくつ?」



「18です。」



「ねぇ、新規さんだよね?」



少年が割りこんで聞く。



「あ、はい…。昨日来たばかりで…。」



「…そうかい。きっとまだ気持ちの整理がついてないだろうねぇ。」



「……はい…。」



ぐっと涙を堪えた。



「ねぇチトセ、この前おいしいクッキーもらったんだけど、一緒に食べよ!」



「え…あ、えっと…」



「まぁ血が止まるまで、ゆっくりしてきな。」



「…すみません。ありがとうございます。」



お茶とお菓子をもらい、共通の知人であった浅井やリヴの話など、他愛もない話をした。



しばらくして、少年がチトセに疑問を投げかける。



「…ねぇチトセ、これからどうするつもり?ここで暮らしてくの?」



「…まだ、わかりません。この世界だってまだ信じられないし…」



「でも、これが現実だよ。いずれ選択しなきゃいけない時が来る。早いうちにちゃんと考えないと、ずるずる先延ばしにして、結局何も選べなくなるよ。」



「やめな。まだ来たばかりだってのに煽るんじゃないよ。チトセ、アンタの人生だ。よく悩んで、アンタがアンタ自身でしっかり決めな。」



「…はい…ありがとうございます。キミも、ありがとう。…早く現実を受け入れて、考える努力をする。」




−–−–−



血も止まり、心も落ち着いたところで、

チトセは入ってきた方の出入口用ドアへ向かう。




「もうヘマするんじゃないよ。」



「はい、すみません、ありがとうございました。」



「じゃあねぇ!」



「失礼します。」



カランカランッ。

ドアが閉まる。



「…なんだか、チトセとはまた会う気がするなぁ」



「そうかい?弱っちそうなあの子がこっちにくるってなると、色々大変そうだけどねぇ」



「そしたら俺が守ってあげないと!」



「…なんだか楽しそうじゃないか。」



「ふふふっ。」




少年が楽しそうに笑う一方、チトセは迷いつつも覚悟がうかがえるような顔で、真っ直ぐ前を見ながら帰り道を歩いていた。



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