第13話



依頼者が帰宅した後、

夢見屋の3人は、佳代江の部屋に来ていた。



今日の出来事を彼女のフィールで確認する。



−−−−−




朝。自室のベッドでボーッとしている。



「…学校、行きたくないわ…」



ぽつりと言う。



––コンコンッ。



…メイドだろうか。と思っていたが、予想外の声が聞こえた。



「…佳代江。少し、いいか。」



「…!お父様!?」



ベッドから飛び起き、ドアを開ける。



「…おはよう。」



「おはようございます!ど、どうされたんですか…?」



…もしかして、いじめがバレてしまったのか。佳代江の動悸が止まらない。



「…寝起きか?」



「あ、え、えと、すみません、昨日時間を忘れて勉強をしてて、眠るのが遅かったもので…」



「…ほどほどにな。」



「…え?」



…父親の様子がおかしい。いつもはさらに励めとか、自己管理ができていないとか言うのに、ほどほどに、だなんて…と、佳代江は困惑した。



「…今日は学校、行かなくてもいいぞ。その代わり、少し父さんに時間をくれないか。」



「…ど、どうされたのですか…?」



「……部屋に入ってもいいか?」



「ど、どうぞ!」



父親が部屋に入り、窓際にある椅子に座った。



「…佳代江、今まですまなかったな。」



「…?」



ふと、何年かぶりに目が合っていることに気付いた。気付いた瞬間、ドキンッと心臓が跳ね上がる。それから、喜びと不安で心臓の音がうるさい。様々な気持ちがぐるぐると駆け回り、今にも泣いてしまいそうだ。




「…父さんは、母さんが死んでから、ひどく落ち込んでしまってね。全てがどうでも良くなってしまっていたんだ。…大切な娘である、お前のことでさえ。

それから、逃げるように仕事にのめり込むようになって、お前には厳しくあたって遠ざけた。いつしか、お前との話し方を忘れてしまった。…それに、お前は母さん似だから、目を合わせると、母さんを思い出してつらかった。つらいのは、佳代江だって同じなのに…まだ小さかったお前の手を離して…背中を向けてしまった…」



「お父様…」



「…でも、母さんと約束していたんだ。私達の宝物である佳代江を、どんなことがあっても守っていくと。そんな大切な約束を忘れて、愛する娘を傷つけ、大切な母さんの想いを踏みにじった。…母さんが、しびれを切らして約束を思い出させてくれたんだ。…ごめんな、佳代江。ごめん…。」



父親は、大粒の涙を流し、手で顔を覆った。



「…お父様……ぅぅ…お父様…!」



佳代江の目から、今まで我慢していた涙がブワッと一気に溢れる。

父親は、駆け寄る佳代江を優しく抱きしめた。



「私…お父様に嫌われでなかっだ!ずっと、ずっど、私なんかどうでもいいど思っでぇ…」



佳代江は、小さな子どものように大声で泣いた。



「嫌うわけないだろう。ずっとずっと、お前は私と百合華の大切な娘だよ。…ずっと、寂しい思いをさせて、すまなかった…」



父親は、佳代江の何年も溜め込んだ涙が止まるまで、優しく頭を撫でた。



佳代江が落ち着きを取り戻し、父親に学校でのことを正直に話す。



「…お父様…私も…ごめんなさい…みんなに愛されているクラスメイトが羨ましくて、傷つけてしまったの……昨日謝ったのだけど、あれは私の独りよがりの謝罪…愛を奪われることがどんなに苦しいことか、わかったと思う。もう一度ちゃんと謝りたい。他にも、謝りたい人がたくさんいます。」



「…ああ。行ってきなさい。勇気を出して、心から謝っておいで。大丈夫、父さんがいる。…そして、佳代江が許してくれるのなら、母さんがいたあの頃の様に…佳代江と笑い合って生きていきたい。」



「ええ、もちろんです!私はずっとそれを願ってきました!お母様が亡くなった時は、もちろんつらかったけど、お父様が私を見てくれなくなって、お父様も亡くしたような気持ちで、もっとつらかった…。これからは、昔みたいに、一緒にいられるのですね…?」



「あぁ、もちろんだ。…本当にすまなかった。」



「…ふふ、お母様がいたら、ものすごく怒られてますね。」



「…ああ。きっと、今も近くにいて、父さんに呆れているだろう。」



「でも、お母様はお父様が大好きだから、もう許してますよ!仕方ないなって!」



「…そうだと、いいな…」



その時、ふわっと、暖かな風が

2人を包み込んだ。



「…窓を開けてないのに…」



「…ふふ、きっと、お母様ですわ。」



2人は、幸せそうに笑い合った。



ーーーーーーーーーーー



場面は変わり、放課後の教室。

教室には、佳代江とマヤとエミリだけである。



「…2人とも、今まで本当にごめんなさい。」




「!?か、カヨちゃん、どうしたの!?」



マヤとエミリは困惑する。



「私のせいで、本当にひどいことをさせてしまった。私、自分がいかに愚かだったかに、やっと気付いたの。…遅すぎるわよね。たくさん思うところはあるでしょう。私のことは、どうにでもしてくれていい。お父様には言わないわ。…でも、私から言うのもおこがましいけど、もういじめはやめにしたいの。あの写真も消して欲しい。お金で雇ったあの男の子には、先に謝って消してもらったわ。今後一切俺の前に姿を見せるなって言われた。貴方達もそう思うなら、従うわ。だから、いじめをやめること、協力してください。お願いします。」



佳代江が深々と2人に頭を下げる。



「…それ、本気で言ってるの?」



「信じてもらえないわよね…でも、信じてもらえるまで、謝り続けるわ。本当にごめんなさい。」



「か、カヨちゃん!頭上げて!」



「…本当にごめんなさい。」



佳代江は、いつまでも頭を上げようとしない。



「…これ見て。」



エミリは、佳代江に自分のスマホ画面を見せた。そして、少女の写真を削除した。



「アンタが私にした仕打ちは許せない。でも、もういじめなんてマジ勘弁。そんなことで私の高校生活棒に振りたくないし、ソッコーやめるわ。…まぁ、お母さん早くに亡くしてるし、社長令嬢って何かと大変そうだし?闇深そうだなぁとは思ってた。」



「あ!待って待って!マヤも!」



マヤも慌ててスマホを取り出し、写真を削除する。



「ほら見て!消したよ!」



「2人とも…」



「マヤ、馬鹿だからよくわかんないけど、今までのカヨちゃん、すごい恐かった。逆らったら、マヤもパパもママも、みんな消されちゃうんじゃないかって思ってた。でも、いまのカヨちゃんは恐くない!…でも、マヤ、あの子に暴力ふるって、めちゃくちゃヒドいことしちゃった。謝りたい。」



「…私、昨日今までのこと全部謝ったの。でも、ちゃんと心から謝れなかった。だからもう一度、みんなの分も含めて謝りに行くつもり。」



「…じゃあ謝りに行こ。3人で。」



「…え?」



「アンタだけ抜け駆けなんてさせない。私達も結局逆らわずいじめに加担したんだもん、同罪だよ。一緒に謝まらせて。」



「マヤも、ちゃんと自分で謝りたい!」



「…ありがとう。本当にごめんなさい…」



佳代江の目から涙が溢れた。



−−−−−



場面は変わり、とある公園。

佳代江とマヤとエミリ、そして依頼者の少女。

3人は、少女を呼び出したらしい。



「…来てくれると思ってなかった。」



佳代江が言う。



「…昨日のこと、まだ信じてないし、来なかったらまた何かされるんじゃないかって…」



少女がそっぽを向きながら言う。



「…こんなふうに、人を信用できなくなってしまったのも、全部私のせいね…本当にごめんなさい…」



「…え?」



「私達、謝りに来たの。あなたにしてきたこと…本当にひどいことしたって思ってる。許してもらえるとは思ってない。でも、どうしても謝りたくて…それに、もう絶対にあなたを傷つけないって、誓いに来た。」



エミリがまっすぐ少女を見ながら言った。



「マヤも…ごめんなさい。蹴ったり殴ったり…痛いことたくさんしちゃった。こんなの犯罪だよね…警察はこわいけど、捕まっても仕方ないって思うよ。それだけ傷つけちゃったんだもん。ほんとにごめんね…ごめんなさいぃぃ。」



マヤがしくしくと泣き始める。



「私が悪いの、全部。私が仕向けたのよ。みんな私に逆らえないから。だから、どんな罰も全部私が受けるわ。貴方の心を抉り、蝕んだ。愛の溢れる人生を…奪った。謝っても謝りきれない。本当に…ごめんなさい……」



「………もう、いいよ。今後絶対にしないのであれば。私はただ、家族と、友達と、笑い合って生きていきたいだけ。」



「笑い合う人生を、私が奪ってしまった!」



「これからまた笑い合えればいいんだよ。たしかに、今の私の心はボロボロ。きっと、この先も、ふとした時に思い出すだろうし、人を疑うこともあると思う。でも、私には、私を大切に思ってくれる人がいるの。その人達と笑い合えれば、また前を向けるから。」




「…私、そんな貴方が羨ましくて、妬んで…傷つけてしまったの!妬むんじゃなくて、学んで、自分もそうなろうって、努力すれば良かったのに…!自分のことばかり考えて…」



「カヨちゃん…」



「…鈴木さん、あなたも普通の人なんだね。なんか、雲の上の人で、考えてること全然わかんなかったけど、ただ寂しかっただけだったんだね。」



「…ええ。本当に…ごめんなさい…」



「…もうしないのであれば、いいよ。伝わったから。3人とも、謝ってくれて、ありがと。」



−−−−−



フィールが途中で覗けなくなった。

フィールが消えかかっている。朝が近いらしい。



「…うん、チトセ、よくやったね。俺もこんなこと初めてだったけど、加害者もこんなふうに救えるなんてね。勉強になったよ。とりあえず、事務所に戻ろうか。」



3人は佳代江の部屋を出た。

チトセは、心から安堵した。



−−−−−



3人が去った後の佳代江の部屋。



眠っている佳代江の横に、スッと影が伸びる。




「……ふぅん。」



何者かが、佳代江の顔を覗き込んでいた。



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