第9話


翌日の深夜2時。



–––カランカランッ。



「こ、こんばんは。」



瀬田が事務所にやってきた。



「こんばんは。どうぞこちらへ。」



アランが瀬田を来客用ソファへ案内する。



「これ…お返しします。」



瀬田がネックレスを返した。



「それで…何か変化はありましたか?」



「はい…本当に今でも信じられないんですけど…部長の弟さんが、私を助けてくれたんです。それで…部長が、退職することになって…私の同僚が、戻ってくるんです。彼は、異動になった後も、私を心配してくれていて、部長の不正の証拠もずっと探してくれていました。あとは、社長が私へ謝罪してくれて…部署内でも、報告されて…たくさんの謝罪と励ましをもらいました。本当に、あなた達が…そう仕向けたんですか?」



「ふふ。企業秘密です。」



「そうですか…。でも、本当に救われました。これで、自分も、自分の家族も守っていけます。あなた達に出会えて良かった。本当にありがとうございました!」



瀬田は何度も頭を下げ、事務所を出て行った。



「部長さん、辞めちゃったんですね…。大丈夫かな…。」



チトセが不安になる。



「まぁ、これから確認しに行くしさ、そんなに思い詰めなくていいと思うよぉ。」



「うん…。」



「さて、じゃあ早速行こうか。」



男3人組は、部長の部屋へ向かう。



目的地に着くと、早速フィールを覗いた。




–−–−−




朝。出社時間はとうに過ぎたが、まだ家にいる。



…今日も行けない。もういっそ、このままクビにしてもらおう。このまま、いなくなりたい…。



––♪



着信だ。…会社からだ…。



「……はい。」



「おお、良かった。体調不良と聞いたが、大丈夫かね?」



…社長だ。



「……は、はい、すみません。」



「…少し、話がしたいんだが…いつでもいいから、会社まで来てもらうことは、できるか?」



「…え、えと…あの、1時間後でよろしければ、出社します。」



「わかった。着いたら連絡をくれ。」



……クビか…。周囲はどう思うのだろう…。でも、恨みは減るかもしれない…。あぁ…会社に行くのが怖い…。もし道中刺されたら…。




オドオドしながら、会社へ向かう。

道行く人は、不審な目で見る。




なんとか、会社入口まで着いた。

社長秘書へ連絡する。

そして、第五会議室へ行くよう指示された。




––コンコンコン。



「どうぞ。」



––ガチャ。


「…し、失礼します…。」



恐る恐る中へ入る。



「……!!な、なんで、お前…」



目の前には、私とそっくりな顔…。

弟が、社長と一緒にいる…。



「兄ちゃ…兄さん。久しぶり。」



「な、何でここにいるんだ…?も、もしかして、私に、ふ、ふ、復讐を…?」



「違うよ。彼…社長とは、大学時代からの友人なんだ。…兄さん、今まで自分が何をしてきたか、ちゃんと自覚があるのかい?」



「……す、すまなかった…。私は……私、は……。」



「…ちゃんと君から聞きたい。これまでのこと、瀬田君のこと…。正直に話してごらん。」



社長が優しく誘導する。



「……わ、わ、私は…瀬田の発案した企画を…デ、データを盗んで、自分のものにしました…。それから、部長に昇進して…瀬田がこのままいると、その、都合が悪いので、い、嫌がらせをして、周囲の評価を下げて、あの…居場所を無くして…その…自主退職させようとしました…。他にも、自分の株を上げる為に…多くの人を騙し、利用しました…。…本当に…申し訳ございませんでした…。」




「…君の口から聞けて良かった。だが、君が今までしてきたことは、許されないことだ。今後の対応については、人事部長らと話をして決めるから、しばらく自宅謹慎となるが、良いかね?」



「…はい…。承知しました…。」



「……兄さん。自分が今までしてきたこと、どう思ってる?」



「……も、申し訳ないと思う。」



「…本当に、そう思ってる?」



…!ゆ、夢の中で言われたことと同じだ…!

答えを間違えれば…また…



「あ、あの…あ……。」



「……。」



弟が近づいてくる。



「ひっ!」



間違えた!間違えた!何か言わなきゃ…何か言わなきゃ…!



「…兄ちゃん。」



弟が、私の手をぎゅっと握りしめた。



「…?」



「…兄ちゃんは、恐れ方を間違ってる。仕返しが怖くなって、怯えているんだろう?じゃあ、何故仕返しされるんだと思う?」



「わ、私が、追いつめたから…」



「うん。自分の出世や利益のために、相手を追いつめて、その人の心をぐちゃぐちゃにしたんだ。俺は…兄ちゃんに自分の努力や才能を消された。信頼を消された人、熱意を消された人、…存在価値を消された人、大切な人との時間や絆を消された人、いろんな人がいるだろう。いつ、何を、兄ちゃんに消されるかわからない…そう怯えている人もいるんじゃないかな。今の兄ちゃんみたいにさ。今の気持ちをずっと、ずっと抱えさせているんだよ、兄ちゃんは。もう限界が近い人だっている。命まで消そうとしているんだ、兄ちゃんは。それは、恐ろしいことなんだよ。兄ちゃんは、人を恐れるんじゃなくて、自分の行いを恐れなきゃいけない。」



「自分を恐れる…」



「うん。心の中に鏡があるとしたら、きっと兄ちゃんが覗きこむと、そこには怪物が映っていると思う。他人のものをたくさん奪って自分にくっつけた怪物。本当の自分は、見えなくなってしまっている。」



「本当の私…」



本当の私…。私は、他人のものを奪って大きくなった。本当の私など、努力もせず才能もない、小さな小さな人間だ…。今の私は怪物…。なんと醜い怪物なんだ…。




「私…私は……。」



「兄ちゃん、その身体から抜け出して、一緒に1からやり直さないか?」



「え…?」



「兄ちゃんが怪物になってしまったのは、あの時、何も言わなかった俺にも責任がある。だから、一緒に、1からやり直して、本当の自分を育てよう。俺は今、親父の町工場を継いで、社長をやってる。皆いい人ばかりだよ。きっと兄ちゃんのことも、歓迎してくれると思うし、支えてくれる。兄ちゃんさえ良ければ、現場作業にはなるけど、うちに戻って社員として働いてみないか?」




「……い、いいのか…?こんな…私を……」



「家族だろ。見捨てるわけない。実は、社長にもお願い済みだ。」



弟と社長は笑顔で顔を見合わせる。



「で、でも…私は…」



「失敗は誰にでもある。そこから何も学ばず、変えないままだと、それは悪になる。一度に全部は無理かもしれないけど、一つ一つ、俺と一緒に変えていこう。兄ちゃん。」



「……あ…ありが…とう……ありがとう…。本当に…すまなかった……本当に…。」



涙が溢れた。

申し訳ない…申し訳ない……。

気付くと、私の心の中では、

怪物の身体から抜け出した、

小学生の時の小さな私が

ごめんなさい、と泣いていた。




–−–−–



「わお。びっくりだ。すごいね、チトセ。」



シロガネがチトセを称賛する。



「弟さんがいい人だったからですよ。…でも良かった…。これで、部長さんも、少しは救われたかな…。」



「だといいね。うん、きっとそうだよ。」



「うん…。すみません、また出しゃばってしまって…。」



「これはチトセにしかできないことだよ!すごいよ!俺も勉強しなきゃなぁ。」



「…認めてくれるの?」



「そりゃ認めるよぉ!繰り返させないように、悪を根本から変えるってことでしょ?すごいじゃん!俺たちには出来なかったし、気付きもしなかったし!」



「うん、ボクも同意見だ。チトセには、ケアの役がぴったりだね。」



「ケアか…。よし!初めてのポジション、『ケア』を設けよう!チトセには『ケア』を任命する!早速事務所に戻って共有だ!」



「え…だ、大丈夫かな…。」



突然任命され、不安になるチトセをよそに、アランは意気揚々と事務所へ戻る。シロガネは、まぁまぁと、不安がるチトセを励ましながら、事務所へ戻った。










そして、その3人を遠くで見つめる2人の男女。




「あのチトセとかいう奴…何なんだ…?」



「気になるの?」



「…別に。少し変だと思っただけだ。」



「ケアが出来れば、夢魔もいい人になっちゃうね。」



「……帰るぞ。」



「今回はたまたま夢見屋を見つけられたけど、次はわからないよ。殺さないの?」



「…今は泳がせておく。」



「……やっぱり椿、迷ってる。」



「あ?」



「何故?私にはわからない…。心が動かないから…。知りたい。なんで椿が迷ってるのか。」



「……そのうちわかる。」



男は少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

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