第27話 九条さんの祖父
「すみません、宮永といいますが龍華さんいらっしゃいますか?」
大きな門の前で、インターホンに向かってそう話すと、先日と同じように九条さんのお母さんが俺を出迎えてくれた。
「あら、たしか君は龍華のお友達ね。ささっ、あがってあがって」
「し、失礼します」
こうして単身で乗り込むのは勇気のいることだったが、しかしいつまでも彼女を怒らせておくわけにもいかない。
大きな門をくぐり、敷地の中に入ると玄関の前に。
見たことのない老人が立っていた。
「あら、おじい様どうなさいましたの?」
隣で九条さんの母が言う。
この人が九条さんのおじいさん?
随分と小柄な人だなあ。
「おい少年、おぬしが龍華をかどわかしておる青二才か」
「え、俺ですか?」
指をさしてこっちに向かってくる小柄な老人は、俺を睨みつける。
その目はしわが多いが、どことなく九条さんに似ているような気がした。
「おぬし、強いのか?」
「へ?」
「我が大切な孫娘の龍華を寝取ろうと企むからにはそれなりの心得というものがあるのじゃろうな。いいじゃろう、貴様の技とやらを見せてみい」
「あ、あの、おじいさん? 俺は」
「貴様如きにお父さんと呼ばれる筋合いはないわい」
「いや、呼んでないけど……」
なんだこの老人は?
耳が遠いのかな。
でも、よくわからないけどすごいオーラだ。
強そうというか、危険な匂いがする。
「ほれ、ついてまいれ」
なぜかはわからないが彼の言葉に従うしかないと、本能的にそう察して仕方なく後ろをついて行く。
すると、家の裏手につれていかれ、そこには立派な道場があった。
「でっか……」
「どうじゃ。ここはわしが現役時代に百名の弟子を鍛えておった神聖なる道場じゃ。ここに入れるだけありがたく思うんじゃぞ」
「は、はいおじいさん」
「じゃから貴様にパパと呼ばれる筋合いはないといっておろうが」
「いや、だから言ってないんだって……」
やっぱり変な爺さんだとため息をつきながら。
靴を脱いで道場の中に。
少し薄暗い中はとても広く、ひんやりとしていた。
ただならぬ気配を感じるのは、気のせいではないだろう。
「さてと。貴様、名を名乗れ」
「は、はい。宮永隼人といいます。龍華さんとは、その、同級生でクラスメイトで」
「ええいそんな惚気話はきいとらんわい」
「惚気てないですよ……」
なんだこいつと思ったその時。
おじいさんがファイティングポーズをとる。
「おぬし、そこにある金属バットを持て」
「え、こ、これですか?」
「ああ、しっかり構えておくんじゃぞ」
そう言って。
フーっと。呼吸を整えたおじいさんは。
真っすぐ金属バットを蹴り上げる。
すると、それは真っ二つにへし折れた。
その衝撃で俺も吹っ飛ぶ。
「うわっ!」
「どうじゃ。これがクマ殺しの異名で知られた
さすがは九条さんの祖父だと、この時ばかりは腰を抜かしながら感心した。
すごい力だ。もしかして九条さんは、このおじいさんに鍛えられて育ったとか。
なるほど、そうなれば某国民的柔道漫画みたいな話だ。
このおじいさんもどことなく、あのコロコロと段位が変わるおじいさんに似てるような。
「さあ、次はおぬしの技をみせてみい」
「え。いやだから俺はそういうのは」
「いいから見せてみいと言っておるのじゃ。あの龍華をあんな風な腰抜けにしてしまった技とやらを見せい」
「こしぬけ?」
「そうじゃ。今日も帰るや否や、『にゃー、みやながきゅーん』とか、『なんで他の子と遊んだりするのよバカーん』とか、気色の悪い声で悶えておったわい」
「……」
え、九条さんが?
俺の名前を呼んで悶えてた?
「それ、ほんとですか?」
「わしは嘘など言わぬ! 他にもあったぞい。たしか『みやながきゅーん、やさすぃー』とかも言っておったの。あとは」
「おじいちゃん! 何勝手なこと言ってんのよっ!!」
道場の重い扉がバーンと勢いよく開く。
薄暗い道場に光が差し込み、その光の中には九条さんがいた。
「おお、龍華。どうしたんじゃ」
「どうしたんじゃ、じゃないわよ! なに勝手に宮永君連れ込んで変なこと吹き込んでるのよ!」
「変なことではなかろう。さっきだって龍華は部屋で」
「言わなくていいの! おじいちゃんのばかっ!」
涙目になって顔を今までで一番というくらいに真っ赤にして。
もう、焼けた鉄みたいになった九条さんは、おじいさんに一喝した後で俺の方を睨む。
「あ、九条さん……急にお邪魔してます」
「……忘れて」
「へ?」
「今おじいちゃんが言ったこと、全部忘れてっ!」
燃えていた。
九条さん史上最高を更新する勢いで赤く、燃える。
「わ、忘れるもなにも俺は」
「忘れないならこーだっ! ぎゅーっ!」
「あがーっ!」
久しぶりの全力ハグ。
スコーピオンハング炸裂により。
俺は九条家の道場にて、倒れた。
◇
「……あれ、ここは?」
目が覚めたとき、俺はベッドの上だった。
ここは、どこかの部屋のようだ。
……すごいぬいぐるみの数だ。
ベッドの上も床も机もぬいぐるみで埋め尽くされている。
ピンクを基調とした部屋の雰囲気はとても女の子らしく、ここがおそらく九条さんの部屋なのだろうと察する。
俺、はじめて女の子の部屋に入ったな。
「あ、目が覚めた! ごめんなさい宮永君、私……」
「あ、九条さん……」
部屋に戻ってきた九条さんが、泣きそうな顔で俺を見てる。
「わ、私ったらつい……」
「いいよいいよ。よほど恥ずかしかったんだね」
「あうあう……忘れてって言ったのに」
髪を指でくるくるしながらもじもじと。
そんな彼女がたまらなく可愛い。
愛くるしいぬいぐるみたちがいくら列をなそうとも、彼女の反則的なかわいさの前では所詮ただのぬいぐるみだ。
「九条さん、いつも俺のことを気にしてくれてたんだね。ありがと」
「そ、そんなんじゃない、けど……お、おじいちゃんは、えと、悪ふざけが過ぎる人だから気にしないで」
また照れる。
そんな彼女を見て、今日どうしてここにやってきたのかを、思い出す。
「九条さん、ごめんなさい」
俺はまず、頭を下げた。
それに対して彼女は、リスみたいに首を傾げる。
可愛い……いや、今は見惚れてる場合ではない。
「えと、ミクちゃんの言ってたことは半分嘘だけど。でも、昨日カズヤの家に行って、彼女に絡まれたのは事実だから。ごめん、本当にそれだけなんだけど」
胸を押し付けられたり水着で迫られたりなんてことまでは言えないけど。
何もしてないのは事実だし。
それに俺は君のことが……
「……うん。私も、なんとなくあの子の意地悪なのかなって思ってたから」
「そ、そっか。うん、あの子は結構悪戯が過ぎるんだよ」
「じゃあ、宮永君はミクちゃんのこと、好きじゃない?」
「え、それはまあ。友達の妹で、妹の友達、だし。それだけだよ」
「……」
一度納得した様子を見せた彼女は、また拗ねたように顔を逸らす。
一体今度はなんだと、すこし身構えていると彼女が、言う。
「じゃあ宮永君は、誰が好き?」
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