第9話 すずねクッキング 下


「九条さんって、おにいのこと好きなんですよね?」


 まず、散らかしたキッチンを一度片付けようとしていると。

 隣ですずねちゃんにそんな質問をされた。


「え、あの、私は」

「バレバレです。あの兄は鈍感なんで気づいてないと思いますけど」

「……うん」


 そう。

 私は宮永君が好きなのだ。


 中学の頃から、何故かみんなに怖がられて避けられて。

 ずっと寂しい思いをしてきた私に。

 高校でもすぐに先輩にからまれて、そのあともずっとみんなから無視されていた私に。


 彼だけが優しく声をかけてくれたから。


 中学二年の頃。

 まだ、私が普通にみんなと喋っていた頃に。

 クラスの男子の一人が、「九条さんの声ってドスがきいてて怖えよなあ」なんて話してたのを聞いてしまった。


 それから私は、人に話しかけるのが怖くなった。

 でも、そんな私の声を綺麗だと言ってくれた。そんなことを言われて、もうその場で泣きたいくらい嬉しかった。


 私はなぜかすごく力が強い。

 これは鍛えたとか、何かスポーツをしてたからとかじゃなくて。


 遺伝。

 それしかない。


 父と母は普通の人だけど、祖父が少しすごい人で。

 空手の師範をやってて、その手刀は大岩をも砕くと言われたとか。

 クマ殺しとか、人間凶器とかの異名で恐れられた彼の一子相伝の力は代々引き継がれて。

 母も私のように、すごい力を持ってて。

 大人でも片手で持ち上げられる。

 父がよく片手で母にぶん投げられてたのを思い出す。

 そんな力は当然私にも備わってしまった。


 小学校の時、野球をしててバットを握ったら一振りでグリップがズタズタになって。

 軟球なんて投げようと力を込めたらへしゃげてしまって。

 そんなこんなで野球部をクビになったし。


 中学の時は、女子らしくありたいと茶道部に入ったけど。

 私がお茶をかき混ぜたら高価な焼き物の器が次々と割れて。

 終いには緊張の余り陶器を握り砕いてしまった。


 上品な人ばかりの部活だったので、もちろん周りはドン引き。

 私は泣く泣く退部したのだけど。


 その怪力だけが噂になって。

 一人でゲーセンに行ったらよく不良みたいな人に絡まれて。

 でも、ゲームで勝負しようとパンチングゲームをやったら故障して。

 それっきり、まだ誰も話しかけてくれなくなって。


 こんな私なのに、それでも宮永くんはいつも優しい。

 だからつい甘えたくなる。


 ちなみにハグしたいなんて言ったのは、私なりのアピールのつもり。

 大好きなぬいぐるみたちにはいつもぎゅっとして幸せな気分になるからもしかしたら宮永君も、ハグしたら私に惚れてくれないかなあとか、そんな願望込みでお願いしたんだけど。


 見事に気絶させちゃったなあ。

 

 だというのに彼は、「きゅっとなら」なんて言ってくれる。

 きゅっ……恥ずかしいなあ。


「きゅっ……」

「九条さん、なんか鳴き声が出てますよ」

「きゅっ!?」

「あはは、可愛い。で、おにいとはどこまでいきました?」

「え、ええと、まだ、なんにも」

「そっかあ。ふむふむ。それなら私もまだ勝ち目はあるのかなあ」

「え、えと……すずねちゃんは、宮永君のどんなところが、その、好きなの?」


 妹相手に何を聞いてるんだと。

 でも、本当の兄妹じゃないっていうし、やっぱり気にはなる。


「うーん、優しいしかっこいいし、女慣れしてないし?」

「か、彼女とかは、いたことないの?」

「さあ。それは直接聞いたらどうですかー?」

「……」


 すごく思わせぶりな言い方だ。

 でも、彼女がいた風には見えないけど。

 実際はどうなんだろう。


「ま、私は一応家族として、おにいの幸せを第一に考えるつもりですけど。変な虫がよってきたら容赦なく排除しますから」

「へ、へんなむし……」

「さて、九条さんはどうなのかなー。私、気になります」


 古典部の好奇心旺盛な天使のような名前の女の子みたいなセリフを吐いて。

 すずねちゃんはフライパンを取り出す。


「じゃあ、今日は私の料理を見ててください。おにいが大好きなカルボナーラを作っちゃいます。これ食べたらおにいもイチコロですよ」

「イ、イチコロナノ?」

「はい、イチコロです。だからおにいは私にぞっこんです」

「……」


 すずねちゃんは女子からみても超かわいい。

 見た目もだし、声もすっごく萌える。

 それに仕草も、笑顔も、何もかもかわいい。

 うちの部屋に持って帰りたくなるくらいかわいい。

 さっきからかわいいしか言ってないけど、語彙力が崩壊するくらいかわいい。

 

 これだけ可愛ければ、宮永君が倫理観を崩壊させて妹に走るということも、考えられる。

 それに、ふたを開けてきたら血が繋がってなかったとか。

 ……ありそうで怖い。


「ふんふんふん。ここで、チーズと隠し味にコンソメを少々。あとは弱火で混ぜながら」


 鼻歌交じりに、余裕たっぷりに料理をする彼女の手際は驚くほど正確だ。

 何かの料理番組を見ているかのような、そんな手際。

 あっという間にカルボナーラが完成した。


「おいしそう……」

「でしょ。九条さんの分も作ってあげるから、おにいと向こうで食べてて」

「あの、すずねちゃんってお兄さんのこと好きなんだよね? なのにどうして私によくしてくれるの?」


 当然の疑問である。

 もしすずねちゃんが宮永君を好きで、私と彼を取り合う仲だとして、敵に塩を送る理由ってなんなのだろう。


「ふっふー。おにいが仲良くしてる人は誰であれ、私も手厚くもてなすのができる妹としての当然の義務ですから。ですけど、恋愛を認めるかどうかは別です。おにいが変な女に騙されそうになってるとわかったら、容赦なくパクっと。おにいを食べちゃいます」

「た、食べちゃう!?」

「ええ、ペロンチョです。だから、九条さんはどっちかなー」


 ニヤニヤと。

 からかうように見てくるすずねちゃんは間違いなく年下なのに、なぜかお姉ちゃんのように見えてきた。

 この子、すっごくやり手な感じしかしない。

 こんな子に私、勝てるのかなあ……。


「じゃあ、これ九条さんの分ね。はい、どうぞ」

「あ、どうも」


 完全に彼女のペースに飲まれたまま。

 私は二人分のパスタを持ってリビングに。

 

 すると、待っていた宮永君が目の色を変える。


「あ、今日はカルボナーラか。すずねのは世界一うまいんだよ。九条さんも食べて食べて」


 また、世界一うまい料理が増えた。

 でも、悔しいけど。

 うまい。死ぬほど美味い。喋りながらさっさと作ったものとは思えない。


「おいひい……」

「でしょ? すずねは何でもできて、ほんと自慢の妹なんだ。仲良くしてあげてよ」

「……うん」


 もし。

 もし私が彼と付き合えたなら。

 すずねちゃんは……妹になるってこと?

 むむ、それはいい。あんなかわいい妹が、私もほしい。


 でも、もしすずねちゃんに負けたら……

 私は、二人の禁断の愛を見せつけられるってこと、だよね。


 あうう、それはヤダ。それは、ヤダー!


「#$%&!?」

「ど、どうしたの九条さん!?」

「げほっ、げほっ……な、なんでもない」


 変なことを妄想してしまい、むせた。

 慌てて残りのパスタを食べ終えると、もう外が真っ暗になっていることに気が付いた。


「あ、もうこんな時間……」

「ほんとだ。お、送っていこうか?」

「い、いいの?」

「うん。すずね、彼女を送っていくけど」


 宮永君がすずねちゃんに訊くと、「私は今からご飯食べるからごゆっくり」と。

 今日は気を利かせてくれるようだ。

 でも、あの余裕はやっぱり、一つ屋根の下にいるという、絶対的有利な立場からのものなのだろう。


 うむむ、私も負けてられない。


 二人で家を出て、夜道を歩く。

 実は家は結構近所。

 だからすぐに家の傍についてしまった。


「あの、すぐそこだから、この辺でいいよ」

「そうなんだ。近いんだね。じゃあ」

「あの……」

「ん?」


 用事もないのに呼び止めてしまった。

 ほんとは、ただもう少し話がしたいというだけなんだけど。

 でも、そんな厚かましい女には、なれないし……そうだ。


「……きゅっ」

「え、ここ、で?」

「きゅっ!」

「……うん」


 両手を広げて、きゅっと。

 彼にそっとハグしてもらった。

 私は、ぎゅっとしたいのを必死でこらえながら、彼のハグをかみしめるように目を閉じて。


 そして彼が照れくさそうに離れて、手を振りながら帰っていく姿を見送って。


「にゃー! またハグしちゃったー!」


 道端で悶えた。

 その後、家から出てきた両親に、近所迷惑だと、怒られた。

 

 

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