第10話 格闘の末?

「にゃー! ハグ気持ちいいよー!」


 部屋に戻って。

 シロ(この前宮永君がとってくれたシロクマのぬいぐるみ)に抱きつきながら、ひたすら悶える。


 今日、何回ハグしたのだろう。

 癖になりそう。毎日したい。毎朝したい。休み時間の度にしたい。


 そんなことを言えば、きっと変態だと思われるに違いないけど。

 でも、ハグしてくれるってことは、少なくとも私のことを嫌いとかではないよね?

 それに、妹さんきっかけとはいえ、二度も家にお邪魔して。

 これって、あるやつだよね?


 というわけで私は、SNSで質問をする。

 こう見えて(どう見えてるのか知らないけど)、私は陰キャラです。

 友達がいないので自然と、部屋でゲームやネット三昧になってしまうのである。


 そして気になることがあるとすぐにネット上で質問。

 性別以外は一切非公開な私だけど、たまに乗せるゲームの動画とかが好評で、フォロワーが実は千人くらいいるのです。

 そんなみんなが、私の気まぐれな質問にいつも応えてくれるのが、つい癖になってる感じでついつい書き込みを。


 今日の質問はこうである。


『私は、気になる人がいます。その人と、ハグしました。おうちにも招待してもらって、妹さんとも仲良くなって、家族ぐるみの付き合いになってます。さすがに脈ありでしょうか?』


 こんな質問になんと返ってきたところで無意味だなんて言わないでほしい。

 相談なんて、大概がそんなものである。

 結局は、同意が欲しいのだ。


 大丈夫、きっといける、問題ない。

 そんな声を聞きたいだけなのだ。

 そしてすぐに誰かから返信がくる。


『海外では男女でもハグくらいは日常的にします。それに、家に二人っきりではなく家族がいる時にしか呼ばれないのであれば、逆に女として見られていないのでは?』


 がーん。

 何この人。めっちゃ辛辣。

 

 ……りんりんさん? こんな人いたっけ?


 で、でもとりあえず返事しないと。


『ありがとうございます。でも、ここは日本なので、やっぱり興味のない異性にハグなんてしないと思うのですがどうでしょうか?』


 しつこいかな。

 でも、今の私には何か背中を押してくれる一言がほしい。

 ほしいのに。


『もし、向こうから積極的にしてきたのなら脈があるかもですが、主様が自主的にしたというのであれば、それはむしろ向こうが迷惑してる可能性もあります。女性から男性に対してのセクハラというものも最近は多いですから、気を付けてくださいね』


 がびーん。

 セクハラって言われた。


 ……え、私が彼にハグするのってセクハラなの?

 どうしよう。え、どうしよう……。


 安心したくて書き込んだのに、なぜか部屋で一人不安になる。

 さっきの優しいハグも、もしかして嫌々だったとしたら。

 私の噂を実は彼が信じてて、怖くて抵抗できなかっただけだとしたら。

 

 あー、もうやだー!

 この人いじわるばっか言うから嫌い!


 でも、ネットってフォロー外したりとかで誹謗中傷書かれたりするし。

 ……放置しておこう。


 結局傷ついただけで。

 やっぱり楽に答えを得ようというのが間違いなのか。

 

 せっかくのいい気分が台無しだった。

 勝手に八つ当たりのように、質問に答えてくれた人にムカムカしながら、やがてシロを抱えたまま、眠りにつきました。



「おはよう」


 今朝の九条さんは暗い。

 怒ってはいないが、どんよりとしたオーラをまとっている。


 その雰囲気にまた、教室が静まり返る。

 そして、彼女が深いため息を吐きながら席に着くと、俺の方をじっと睨んでくる。


「お、おはよう九条さん」

「……」


 俺に対しては、またしても怒っている様子だ。

 今度ばかりは原因がわからない。 

 クラスの連中も、お前今度は何をやらかしたんだと言わんばかりの視線を俺にむけてくるけど、本当に心当たりがない。


 昨日は楽しくご飯を食べて家まで送って、ハグまでしたのに。

 やっぱり、ハグなんて彼女なりの気遣いでしかなかったのだろうか。


 張り詰める空気に息苦しくなった連中が一人、また一人と教室から出て行く。

 そして、あと十分もすれば授業だというのに、気が付けば俺と九条さん以外の人が教室からいなくなった。


 そして、当たり前だが教室が静かになった。


「……あの、九条さん?」

「宮永君は、ハグ、嫌だった?」


 顔を真っ赤にして。

 涙目で彼女が聞いてくる。

 誰かがあけた窓から入ってくる朝の気持ちいい風に吹かれて、彼女の綺麗な髪がなびく。


「い、いや、別に」

「別に?」

「ち、違うよ。嫌だったらしないよ。でも、何かあったの?」

「……別に」


 なんともよくわからない空気だ。

 照れてるのか怒ってるのか辛そうなのか。

 彼女の感情がわからない。


 そして、わからないまま始業のベルが鳴り。

 皆、恐る恐る教室に戻ってきて、授業となる。


 今日は家に来るとかそういう約束は多分していない。

 すずねからもそんな話は聞かされていない。

 だから、余計に話題にすることがない。


 何をどうやって話そうかと悩んでいると、休み時間に真壁が。


「明日は休みだな。どっか行くのか?」

 

 そう聞いてきて、そういえば週末だということに気が付いた。


「うーん、別に。いつもはすずねと買い物行くくらいだけど」

「そういや、今日妹がお前ん家行くってよ。よろしく頼むわ」

「ああ、ミクちゃんか」


 真壁ミク。

 カズヤの妹で、すずねの親友でもある彼女は結構かわいい子だ。

 何度かうちに遊びに来てて面識もあるけど、妹に似てコミュ力があり、はきはきした女の子という印象。

 ちなみにカズヤとは仲良しというほどではなく。

 ミクちゃんが俺とすずねの仲の良さを驚いていた時のこともまだ記憶に新しい。


「いいよなあ宮永は。あんなかわいい妹と仲良しでさ」

「まあ、否定はしない。すずねは宇宙一かわいい妹だからな」

「なるほどねえ、ミクが悩むわけだ」

「?」

「いや、こっちの話。あ、九条さんが戻ってきたからまたな」


 そういや最近カズヤとも遊んでなかったなと。

 明日くらいは誘うのもありかもなんて思いながら、九条さんの姿を見ると。


 なぜかボロボロだった。


 埃まみれで服もところどころ傷があり。

 何かと闘ってきた後のようだった。


 その姿に、クラスの連中は察する。

 今の間にきっと大きな修羅場があったに違いないと。


 しかも最恐と謳われる彼女がここまでボロボロになるなんて、相手も相当な手練れだったに違いない。

 そんな一戦を終えた様子の彼女を皆が息をのんで見守るが、彼女はお構いなしに席に着く。


 そして、はあーっと深いため息をついて、机に突っ伏した。


 一体彼女をここまで追い込んだのは何者なのか。

 この学校の誰かか、もしくは校外からの使者か。

 そんな不穏な噂が伝染するまでにそう時間はかからず。


 昼休みになる頃には、あることないこと噂が立ちまくっていた。


 さっき、この辺りで有名な不良ばかりが通う私立高校の連中が一斉に彼女目当てで襲撃してきて追い払われたとか。

 ヤクザが学校まで乗り込んできて彼女を拉致しようとしてたとか。

 

 そんな大騒ぎならまず誰か気づけよとツッコみたくなるような噂話で溢れかえる校舎に、しかし彼女の姿はない。


 俺は、どこにいったのだろうと一人校舎を出て彼女を探す。

 また、いらぬ噂のせいで彼女が傷ついてたら可哀そうだなと。

 すると体育館の裏の方で声がする。


「か、観念なさい! お、大人しくすれば、特別に見逃してやる!」


 なんとも物騒な物言いだが、声の主は九条さんだ。

 何事だろうと、声のする方へ向かってみると。


「シャーッ!」

「にゃ、にゃー!」


 猫みたいなポーズをとった九条さんと、毛を逆立たせる野良猫がいた。

 対峙していた。

 

「九条さん?」

「み、宮永君? あ、あの、これは違うの。この子、ちょっと可愛いなって思って、撫でてみたいのに全然触らせてくれなくて」


 猫のポーズを見られたせいか、一気に赤面する彼女はおろおろと。

 そうしている間に、猫はさっさとどこかに行ってしまった。


「あ……」

「まあ、野良猫だから。もしかして、さっきボロボロだったのもあの猫の仕業?」

「うん。急にとびかかってきてびっくりして転んじゃって。おまけに引っかかれて……」

 

 なんともマヌケな話だった。

 不良やヤクザどころか、猫とはな……。


「そういえば九条さんって、猫好きなの?」

「うん。猫大好き。でも、うちじゃ飼えないから」

「そっか。俺も休みの日は近くのペットショップによく見に行くよ。猫って可愛いよね」


 最近なら、春休みにすずねと二人で行ったばかりだ。

 別に飼う金なんてないから冷やかしに思われるかもだけど、それでも実際にだっこさせてもらったりすると欲しくなるんだよなあ、ペットって。


「じゃあ、一緒に見に行かない?」

「え、俺と? う、うん。もちろんいいよ」

「……いやいやじゃない?」

「ち、違うよ。俺も九条さんと一緒に行ってみたいよ」


 勢いで、少し恥ずかしいことを言ってしまった。

 でも、それがしっかり伝わったのか、彼女も顔が赤くなる。

 そして、震えるような声で、


「ハ、ハグ……」


 と言いながら両手を広げる。


「え、なんで、ハグ?」

「嫌じゃないって、証拠、見せて」

「う、うん」

「きゅっ、して」

「……」


 もう、なんでハグしてるのかもよくわからないけど。

 するたびに心臓が飛び出そうになるんだけど。


 でも、結局彼女をハグした。

 一応、気を遣って胸が体に当たらないように、すれすれの距離をとろうとするんだけど。

 彼女がきゅっと少し力を込めて、俺の体は彼女に密着する。


「あ、あの……」

「うん、安心」

「九条さん……俺」

「宮永君、ぎゅーっ」

「あ、あが、が!」


 緊張したせいか。

 興奮したせいか。


 ここで彼女のスコーピオンハングがさく裂。

 

 俺は、ミシミシと背骨がきしむ感覚と共に。


 敢え無くノックダウンされてしまった。


 

 

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