第11話 デートのお約束?

「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 すぐに気が付いた俺に、彼女は必死で謝っていた。

 その必死な顔がまた、可愛いと思ってしまうあたり、俺は彼女に随分と惚れている証拠なのだろう。


 気にしないでと、何度も彼女を気遣ったのだけど、気に病む彼女はしょんぼりと。

 そのまま一人で教室に戻っていってしまった。


 すぐに後を追って教室に着くと。

 教室の前の廊下に、クラスメイトが一列に並んでいた。


「な、なにがあったの?」

「それはこっちのセリフだ。お前、九条さんに何したんだ」

「え?」


 廊下から教室を見ると。

 席に座った九条さんがポツリと一人で。


 何かに向かってしゃべっている。


「あ、あれは?」

「なんかわからんけど、人形か? あれ、呪いを吹き込んでるって噂だぞ」


 遠目からよく見てみると、うっすら笑いながらも目が死んでいる彼女が手にもった小さなぬいぐるみに話しかけている。


 怖い。確かにこれは怖い。

 でも呪いにしちゃあ随分と可愛いな。猫のぬいぐるみだけど、あれ。


「なあ、お前九条さんに最近やけに絡まれてるけど、もしかして」

「え、いや、俺は」

「不良になったのか?」

「……なってない」


 ていうか彼女は不良じゃない。

 というところまで言いたかったが、そんな風に俺が庇ったところで彼女の噂は消えないだろう。

 さてどうしたものかと、俺はさっさと教室に入る。


 その時クラスの数人が、「死ぬぞ、お前」とか、物騒なことを言うのも慣れてきたものだ。

 死なないから、絶対。

 猫の人形に囁くだけで人を殺せる能力なんて、デスノートの比じゃないから。

 物語成立しないから、それ。


「よいしょっと」


 敢えて、俺に気づいてもらうように声を出して席に座る。

 すると、俺に気づいた九条さんが恨めしそうに俺を見る。


「……それ、かわいいね」

「うん。この子はね、中学の時からずっと持ってるんだ」

「へえ。名前は?」

「ちい。可愛いでしょ、えへへ」


 うわっ、可愛い。

 もちろん九条さんの笑顔が。


 思わずドキッとさせられた俺は、しかし彼女がその猫に何を話していたのかが気になる。


 訊いていいものなのかどうなのか。

 でも、話題もないし。


「何話してたの、その子と」

「……秘密」

「へ?」

「ダメ、言わない。これは、秘密なの」


 ぎゅっとその猫を抱きかかえるようにして。

 九条さんは立ち上がる。


 そして、


「き、今日も一緒に帰ろうね」


 そう言い残して颯爽と教室を飛び出した。


 そして、彼女が教室を出ると同時にクラスの連中が雪崩のように教室に入ってくる。

 なんなんだよお前ら。


「おい、どうやってあの九条さんを追い出したんだ?」


 そんなことを何人かに訊かれたが。

 追い出したつもりは一切ないのでノーコメント。


 どうにかして、この誤解を解く方法はないかと。

 思案してみたが思いつかない。

 

 特に影響力もない俺がワーワー言ったところで、多分誰も信じない。

 それなら当事者たちの口から語らせるのはどうか。

 しかしこの学校で実際に彼女に絡んだのは上級生。

 しかも結構な悪ばかりだったと聞く。

 そんな連中がびびってダンマリを決めているのに、そのプライドを逆撫でするようなことを俺からはとても言えない。


 でも。


「やべ、九条さんが戻ってきたぞ」


 まるで空襲が始まったように、一斉に席について下を向く連中と、その雰囲気を察して悲しそうにする九条さんを見ていると、このままではダメなんだと。


 こういう時、俺に何ができるのか。

 好きな人のために、何をしてあげればいいのか。


 放課後までの少しの時間、そんなことで悩まされていた。



「宮永君」


 放課後。

 慌ただしく教室からクラスメイトが出て行く中で、九条さんが声をかけてくれる。


「どうしたの?」

「……一緒に帰るよね?」


 逃げないで。

 そんな風にも聞こえる彼女の質問に俺は、「もちろん」とだけ。

 こうして彼女とお近づきになれたのは嬉しいけど、やっぱり本当の彼女をみんなに知ってほしい。

  何か、いい方法はないものか。


「明日、楽しみだね」


 帰り道にて。

 楽しそうに話す彼女を見て、少し俺も嬉しくなる。


「うん。明日はせっかくだからご飯とかも、食べに行く?」


 精一杯の勇気を出して、そんなことを聞いてみた。


「食事? うん、いいよ。じゃあ、明日はデートだね」

「え?」

「……え?」


 今、デートって。

 そう、言った?


「あの、九条さん……今、デートって」

「言ってない」

「へ?」

「デートとか、言ってないもん!」

「あ、待って!」


 急に走り出した九条さんは、凄まじいスピードで駆けていく。

 慌てて追いかけたが追いつけず。


 彼女は夕陽の向こうに消えていった。



「ただいまー」


 別れ際が少し釈然としなかったが、まあ明日は九条さんと予定もできたことだし、今日はゆっくりしようと。


 家に帰ると、「おかえりー」という声とともに。

 いつもより多い足音が。


「おにいおかえり」

「おかえりなさいお兄さん。お邪魔してます」

「ああ、ミクちゃん久しぶり。ゆっくりしてってよ」


 すずねと、カズヤの妹、ミクちゃんが出迎えてくれた。

 会うのは一カ月ぶりくらいだけど……なんか色々と大きくなった?


「背、のびたね」


 とか。

 言いながら視線は胸元に。


 大きい。最近の中学生って発育よすぎだろ。


「はい。お兄さんもなんか背のびましたね。それに、雰囲気もなんか変わりました?」

「そうかな? 別に何も変わってないと思うけど」

「いえ、なんか、こう、女の匂いがします。くんくん」

「ちょ、ちょっとミクちゃん?」


 首元に顔を近づけて、俺の匂いを嗅いでくるミクちゃんからは、九条さんとは違う甘い香りが。


「ふむ。やっぱり」

「な、何が?」

「とりあえずリビング集合です。すずね、お茶をお願いします」

「りょーかーい」

「……」


 この後すぐに、俺はリビングに連れて行かれた。


 そして、向かいのソファにミクちゃんと、お茶を運んできたすずねが座る。


「あの、どうしたの改まって」

「おにいさん、彼女できました?」

「へ?」


 開口一番。

 ミクちゃんにそんなことを聞かれた。

 目が真剣だ。


「おにいさん、なんか雰囲気変わりました。何かあったでしょ」

「な、なにもないよ。それに俺に彼女ができたからってそれがミクちゃんと何の関係があるの?」

「え、まあ、それは……お、おにいさんが彼女できて遊び呆けてたらすずねが寂しがるかなーとか、まあそんなとこですよ」


 慌てるミクちゃんの仕草は可愛らしい。

 そしてあたふたするたびに揺れる大きな胸。

 ううむ、話に集中できない。


「でも、すずねも子供じゃないんだし。それに最近は九条さんも家に来て仲良くしてるもんな」

「九条さん? 誰です、それ」

「え?」


 そういえばミクちゃんは九条さんのこと知らなかったっけ、なんて思う前に。

 彼女の目つきが変わる。

 ドロッと、目の奥が曇る。


「誰ですか。女の人? 私、聞いてない」

「い、いや、最近仲良くなったクラスの子で。なあ、すずね」

「そだねー、すっごく仲いいから私はてっきり九条さんとおにいが付き合ってるのかと思ってたけど違うんだー」

「なんですって?」


 ミクちゃんの手元が震える。

 そして、


「おにいさん、その人のこと好きなんですか?」


 バンっと、テーブルを叩きながら前のめりになるミクちゃんが。

 乗り出してきて訊いてくる。


 胸が。

 やっぱりプルンと揺れる。


「え、あの、そ、それは、その……」


 大体なんでこんな話になってるんだと。

 それに妹の前で恋バナなんて、恥ずかしくて言いにくいってのもあるし。

 俺が九条さんを好きで連れてきてると思われたら、すずねも遠慮してしまうかもしれないし。


「……いや、友達だよ」


 と。無難に答える道を選んだ。


「……そうですか。ならいいです。ちなみに明日はその九条さんと会ったりしませんよね。休みだし、好きでもないなら休日にデートなんて」

「あ、それが実は二人でペットショップに行こうってなっててさ。その後ご飯もたべようかなとか」

「それめっちゃデートやないかい!」


 リビングに、ミクちゃんの大きな声が響く。


 そして立ち上がる彼女の胸が。

 プルンと、揺れた。


 もう、日が暮れる。

 

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