第12話 ミクちゃん
「おにいさんは部屋に戻っててください。この後はすずねとお話がありますので」
厄介払いのように、俺は自室に強制送還された。
俺もこれ以上恥ずかしい話をさせられても困るので、さっさと部屋に逃げ込むことに。
それに、彼女の胸は少し危ない。思春期の童貞男子には目の毒だ。
あまり見ない方がいい。明日九条さんと会うというのに、他の女の子に欲情した状態で会うなんて、あまりに失礼だ。
さっさと部屋に戻ると、ベッドに転がり込む。
部屋にはテレビがないので、スマホで動画を見るくらいしかやることがない。
でも、今日はさっさと寝て。
明日に備えよう。
ええと、そういえば明日って何時にどこ集合だったっけ?
決めてなかったっけ? まあ、本人に訊けばいっか。
彼女に連絡するいい機会だし。
そんなことを思いながらラインの連絡先をスライドして。
彼女の連絡先を見つけた。
今日はラインを送る理由があるから、用件だけ。
『明日、何時にどこで待ち合わせ?』
ドキドキしながら返事を待つ。
しかしそれはやってくることはなく。
もう、寝たのかもしれない。
朝になったら、多分返事が来てるだろう。
そう思うようにして、少し早いが寝ることにした。
明日は、楽しもう。
〇
「すずね、どういうことなのよこれ。おにいさんにいい人ができたってどういうことよ」
「まあまあミク、座んなさいって。焦っても事態は好転しないよー」
ミクは、結構前からおにいに片思いだ。
初めて会ったのは確か、中学二年の時に初めてうちに来た時。
その時に惚れてから、ずっとおにい一筋で。
家にくるのだって、私に用事というよりおにいに会いたくてって感じだし。
「九条さんってあのヤンキーで噂の九条でしょ? 綺麗なの?」
「めっちゃ美人だよ。細いし、なんか天然な感じのギャル」
「ギャル? おにいさんってギャルとか苦手そうなのに」
「ねー。私も、おにいはもっと萌え萌えした妹キャラが好きなのかと思ってたけど」
「私もだよ。だから絶対私、いけると思ってたのに」
私も、案外ミクとおにいがくっつくのではとか予想していた時期もあった。
でも、それは多分ない。九条さんがいるからとかではなく。
「明日デートとか、絶対邪魔してやる。ていうか今から部屋行って襲ってやるんだから」
「こらこら、妹の前で堂々と家族を襲う宣言しないで」
この子、メンヘラである。
ヤンデレ、というよりもう少し厄介な感じというべきか。
女子同士、気が合うから仲良くしてるけど。
恋愛としてはこの子は0点だ。
「あー、余裕ぶっこいてたのがいけなかったのかなあ。おにいさん、女っ気なかったからいけると思い込んでたー」
「まあ、まだ九条さんと付き合ったわけじゃないんだし。でも、邪魔したらダメよ? 余計に嫌われるだけだからね」
「……じゃあ、明日二人をストーカーするのは?」
「うーん、なしだね」
「それなら、デート中におにいさんに電話かけまくるのは」
「それも、なし」
「だ、だったらせめておにいさんの童貞だけでも私が」
「一番なしだよーそれ」
発想がいちいち怖い。
この子、野放しにしたら絶対やばいんだよなあ。
でも、制御するのも限界だし。
だから早くおにいにいい人が見つかればと思ってたけど。
見つかったみたいだから、はやくくっつけないとなあ。
「とりあえず、明日は変なことしたらダメだよー」
そう忠告しながら、ミクを見送った。
ほんと、邪魔しなきゃいいけど。
うーん、でもあの子のことだから平気でへんなことやりかねないし。
ちょっと気が乗らないけど、明日はミクに付き合ってみるかな。
◇
「あー、どうしよう」
朝から。
部屋で一人、もじもじしているのは俺。
九条さんと遊びに行く予定だというのに。
朝になっても彼女から連絡が返ってきていない。
とりあえず外出できる準備は整えて。
でも、いつどこに行けばいいのかわからないまま、彷徨うようにリビングに行くとすずねがテレビを見ていた。
「おはようおにい、今日はデートじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ……実は待ち合わせ場所も時間もわからなくて」
「連絡したらいいじゃん」
「それが、連絡がかえってこないんだ」
なんとも情けない話だ。
家も、送っていった時に近所までは行ったけど、あの辺住宅街だし見つからない可能性だってある。
どうしよう。
「多分九条さんに何かあったのよ。待ってたらそのうち返ってくるって」
「そ、そうかな」
「そうそう。だからゆっくりお茶でも」
妹に落ち着いてとなだめられているところで。
玄関のピンポンがなる。
これは、もしかして?
「お、俺出てくる」
もしかして九条さんが迎えにきてくれた?
いや、多分そうだ。それ以外に来客なんてない。
「はーい……ってあれ?」
「人の顔を見て首を傾げるのはどうかと思いますよ」
ミクちゃんだった。
昨日の今日で、連日うちにくるなんてちょっと意外過ぎて。
きょとんとしてしまう。
「あ、いや、おはようミクちゃん」
「おはようございます。おにいさん、今日はデートでは?」
「それが、向こうから連絡がこなくてさ。恥ずかしい話、待ってる状態なんだ」
「ふーん。なるほどなるほど。とりあえずお邪魔しまーす」
家にさっさと上がり込むミクちゃんは、そのまますずねのところへ。
女子二人の空間になったリビングでくつろぐのもなあと思いながらも、すぐに部屋に戻るのも愛想がないというか失礼な気がして。
一度俺もリビングに戻った。
「でも、連絡がかえってこないなんて、その人もだいぶ薄情ですねー」
ミクちゃんが嬉しそうに言ってくる。
なんだろう、人の不幸は蜜の味とかそういうやつか?
憎めない笑顔だけど、でもちょっと憎たらしい。
「いや、もしかして気づいてないだけかもだし」
「今時の女子高生で携帯見ない人とかいませんってー。それは未読ブッチってやつですね」
「未読、ブッチ……」
「既読スルーより辛いですねー。そんな脈なし女なんてほっとけばいいんですよー」
「……」
さすがに連絡がないことについて、あれこれ考えてはいたけど。
ここまではっきり言われるとやっぱり辛い。
「こらミク、おにいをいじめないの」
「はいはい。でも、本当に連絡が来なかったら、おにいさんも一緒に買い物とかどうですか?」
「お、俺も? いや、二人の邪魔したら悪いし」
「いいですよー。ね、すずね」
「まあ、おにいの予定が飛んだらね」
あまり喜ばしい話ではないけど。
九条さんとの予定がなくなってしまったとして、そのまま家にいるよりはいいのかと。
だからいいよと返事しようと思ってたところで、再び玄関のチャイムが鳴る。
「はーい」
もう、期待してなかった。
どうせ親かすずねが何か頼んだりしたんだろうと。
フラッっと玄関に出て扉を開けたら。
「あ、宮永君」
「……九条さん!?」
金髪の綺麗な女の子がいた。
九条さんだった。
「ご、ごめんなさい。連絡気が付いたのがさっきで」
「そ、そうなんだ。全然大丈夫だよ」
「うん。直接来た方がはやいかなって。迷惑だった?」
「そ、そんなことないよ。ありがとう九条さん」
なんだろう。
別に彼女が約束を覚えてくれてて、時間がわからないから家にきたというだけのことなのに。
涙があふれてきそうなほど、嬉しい。
それに。
無視されてなくてよかったー。
「ああ、ほっとした……」
「だ、大丈夫?」
その場にへにゃへにゃと座り込んでしまった。
急に力が抜けた。
「ふう。とりあえず、このまま出かけれるし。いこっか」
「う、うん。でもすずねちゃんにご挨拶だけ、いいかな?」
「ああ、そうだね。すずねー」
九条さんが来てくれたことに安心して。
そういえばもう一人家にいることなんてすっかり忘れてて。
すずねを呼ぶと。
ひょっこりと、もう一人が顔を覗かせる。
「おにいさん、その人が九条さんですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます