第13話 デートなのに
すずねを呼んだつもりなのに出てきたのはミクちゃんの方。
見知らぬ顔の急な登場に、九条さんも驚いている。
「え、あの、あなたも妹さん?」
「私は真壁ミクです。九条さんってあなたのことですね?」
「え、ええ。私は九条ですけど。それが何か」
「……九条、龍華」
「え?」
「いえ、なんでも。今からおにいさんと遊びに行くのですか?」
「え、ええまあ」
なんかミクちゃんが怖い。
俺は人見知りな九条さんが心配で、後ろでおろおろしながら話に割って入る機会をうかがっているが、何か言おうとするとミクちゃんに睨まれて黙ってしまう。
そして彼女は九条さんの耳元に顔を寄せて小さく何かをささやいた。
「(私、おにいさんとは家族ぐるみのお付き合いなので)」
「え!?」
こっちがびっくりするくらい大きな九条さんの声が玄関に響く。
「じゃあ、いってらっさい。私はすずねとお買い物に行くので」
何か納得した様子でミクちゃんが奥に引っ込むと、二人で同時にほっと息を吐く。
「ごめん九条さん。あの、すずねの友達で。あ、クラスに真壁っているじゃんか。あいつの妹で」
「……早く行こう」
「え、うん」
急に表情が暗くなった九条さんは、さっさと外に。
知らない人と話すのがよほど嫌だったのか、それとも。
何か変なことを言われたのか。
「あの、ミクちゃんにさっき、なんて言われたの?」
「忘れた。知らない」
「……」
そんなわけはない。
あれだけびっくりしておいてそれだけはないって、わかる。
言いたくないことなのだろうか。でも、ひどいこととか言われてないといいけど。
「そ、そういえば今日何食べる?」
「猫」
「いや、猫食べたらだめだよ……」
もう言ってることもめちゃくちゃになってしまった九条さんは、スタスタと早足で行ってしまう。
これがまた速いのだ。
必死に小走りでついていくのだけど、彼女の細い足はしかし、相当な脚力の持ち主のようだ。
体も、手足もスレンダーなのに、この体のどこにそんな力が秘められているのか。
それもまあ不思議なのだけど、しかし今は彼女の機嫌を取り戻すのが先決。
何か話題は……
「あ、そうだ。ペットショップの近くにおいしいパスタのお店ができたんだって。行ってみない?」
「……」
「え、えと。それが嫌ならもう少しいったところにあるハンバーグのお店とか。ファミレスもあるしどこでも」
「……」
彼女は、一切応答しない。
聞こえてるのだろうけど敢えて無視。
そしてそんなまま、早くもペットショップに到着してしまった。
「……ついたけど。とりあえず猫、見に行く?」
訊くと、彼女は静かに頷いてからさっさと犬や猫がいるコーナーへ。
すると、
「かーわいいー!」
むすっとしていた表情がみるみる明るくなって。
ガラスケースにへばりついた。
「かわいい! ちっちゃーい! わー、なでなでしたい!」
さっきまでの怒った様子はなんだったのか。
しかし、彼女もすぐに我に返ってから、さっとガラスから離れてコホンと咳払い。
また、黙ってしまった。
「……あの、せっかくきたんだし楽しもうよ」
無理しなくても。
なんなら俺はほっといてくれていいからと。
気を遣わせないためにそう言ったつもりだったのだが、
「ほっといていいって……今日は、デートって言ったのに」
じわりと。
彼女の目に涙が。
え、泣くの? めっちゃ人いるよ、ここ……。
「う、ううっ」
「ま、待って待って! え、なんか勘にさわることいった?」
「だって、俺なんかほっとけって」
「いや、それはその、機嫌悪そうだったから」
「ミクちゃんって誰よー! 私と遊びに行くのに女の子を家に呼ぶなんてひどいよー!」
「く、九条さん!?」
もう、周囲にはすっかり誤解されていた。
家族連れやカップルからの白い、冷たい視線を感じる。
まるで俺が浮気男のように、軽蔑した目でみんながこっちを見てる。
「と、とりあえず行こう!」
とっさに。
彼女の手をとってその場から逃げた。
ああ、結構ここ来るんだけどなあ。
もうしばらくは来れないなあ。
冷たい視線の渦を抜けて、彼女を連れてきたのはフードコート。
まだお昼前なので閑散としていて、空いている席に彼女と座ると、ようやく涙を拭いて俺の方を向く。
「……せっかくお出かけなのに、ごめんなさい」
「いや、俺もごめん。あの、この後なんだけど」
「もっかい、猫見に行きたい」
「え? でも、それはちょっと」
「いきたい。猫、だっこ」
「……」
もう二度と訪れることはないかもと思っていたペットショップに。
とんぼ返りすることになった。
「わー、この子抱っこしてもいいですか?」
店員に嬉しそうに話しかけて、ゲージから子猫を出してもらう九条さん。
その様子を、先ほどの俺たちのやり取りを見ていた客の視線にさらされて胃に穴が開きそうになりながら見守る。
お腹いたい。早くこの場を去りたい。
「ねえ宮永君、かわいいよ! ほら、すっごくちっちゃい」
でも、はしゃぐ彼女を見ていると、少しだけその痛みも和らぐ。
やっぱりきてよかった。
だって、こんなに笑顔な九条さんが見れたんだし。
「うん、可愛いね。でも、九条さんのおうちはペット買えないの?」
「それが、親がダメだって。それに高いし……」
本当はほしいんだけど。
そんなことを言いながら、名残惜しそうに店員に子猫を返す彼女は、可愛いものが大好きなただの女の子。
可愛い女の子。
だというのに。
「あれ、九条さんじゃね?」
「ほんとだ。やべ、逃げよ逃げよ」
たまたま近くを通りかかった同じ学校の生徒たちが、彼女の姿を見てビビるようにその場を去っていく。
それを見ると、俺も悲しくなる。
彼女も、猫との別れを惜しむ時とは違う、少し浮かない表情をうかべる。
「……行こう、九条さん。ご飯食べにいこっか」
「うん、いいよ。でも、その前に……」
ここはまだ、ペットショップのど真ん中。
そこで、もしやと嫌な予感がしたがその予感通り、彼女が両手を広げる。
「きゅっ」
「あ、いや、ここは店だから、その」
「……仲直り、したい」
「え、うん、だからそれは向こうにいってからでも」
「きゅっ!」
「……」
ハグを要求された。
要求されたなんて言えば、嫌なのかと思われるがそうじゃなくて。
大勢の人の前でするのは誰だって恥ずかしいものだ。
でも、彼女は視野が狭いのか鈍感なのか、そんなことなど気にも留めずハグを迫ってくる。
……。
「じゃあ、うん。これでいいかな?」
「うん。仲直りだね、ふふっ」
「……」
彼女のハグは、優しかった。
そして、俺たちを見守るお客さんたちの笑顔も、優しかった。
優しさが、痛かった。
でも、そんなことが気にならなくなるほど今日のハグは全然痛くなくて。
彼女の甘い香りが、俺を包み込んでいた。
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