第14話 妹は見守りたい
〇
「おのれあの金髪ビッチめ! 人前で堂々と抱きつくなんてー!」
「聞こえるよミク」
今、ミクの要望(というよりわがまま、ていうか暴走)により、おにいと九条さんのデートを二人でストーカーしてます。
一人で行くと言い出したので、仕方なくついて行く形になったんだけど。
やっぱりついてきてよかった。
ミク、今にも飛び出して二人の邪魔をしそうだし。
それに、
「おにい、幸せそうだなあ」
家では見せてくれない、てれってれな兄の表情を見れただけでも、来た甲斐はあったというもの。
ご馳走様です。
でも、ちょっと妬けちゃうなあ。
「すずね、私今から仮病使って倒れるからおにいさんに報告して」
「仮病で倒れたって救急に言えばいいのかな?」
「そうじゃなくて! ミクが大変だからデートなんかしてる暇ないよって。そうでもしないとあの二人がどんどん仲よくなっちゃうじゃない!」
「そうでもしないとダメなら諦めようよ」
なにそれ、仮病って。
いやあ痛いなあ。
そうやって構ってほしくて自傷行為しちゃったりするようになるんだろうなあ。
この子だけは目を離したらやばいなあ。
「あ、二人でフードコートに向かったわよ!何する気かしら」
「絶対にご飯を食べるつもりだと思うよ」
もう一つ、ミクのことについて言及すると。
この子、結構頭悪いんだよね。
でも、おにいと同じ学校に行くくらいの学力はあるから、きっと進学先も私と被るんだろうけど。
やだなー、メンヘラな友達やだなー。
おにいの心配より先にこっちの方をなんとかしないとだなー。
「すずね、私たちもご飯にしましょう。離れた席から、おにいさんを見守るのよ」
「見守るというより、監視だよね」
「何言ってるのよ、あのビッチの魔の手から私がおにいさんを守るの。絶対騙されてるって。あの九条龍華よ? あなたも知ってるでしょ」
「まあね。でも、噂は噂。話半分だよ」
私だって、初めておにいと九条さんが一緒にいるところを見た時はそう思ったけど。
でも、多分やっぱり噂は所詮噂でしかないのだと。
あの人はきっと、とんでもない誤解を受けているだけで。
むしろ被害者なのだとすら思っている。
うん、こんなことまでわかっちゃう私って、やっぱりできた妹だ。
今日は帰ったらおにいに甘えちゃおー。
♠
「うわあ、人多いなあ」
さっきまでは全然人がいなかったフードコートに、人が溢れかえっていた。
空いている席を探すのも一苦労といった感じで、二人でうろうろしているとようやく二つだけ。
横並びの席が空いていた。
「こ、ここしか空いてないけど」
「じゃあ、ここにしよっか」
「でも、横並びでもいいの?」
「うん、いいよ?」
少し照れくさくて迷ったのは俺だけのようで。
彼女は気にしてる素振りも見せないため、俺は自分たちのカバンを置いて席を確保する。
「何にしよっか。こういうとこにくるといつも迷うんだよなあ」
「じゃあ、ドーナッツでもいい? 私、ここの好きなんだ」
ここの、というほどここでしか食べられないものではない、大手チェーンのドーナッツショップを指さす彼女は、「ゴールデンチョコレートにする!」と。
もう、その口になっていたようなので一緒に並ぶことにした。
「わー、おいしそう。どれにしようかなー」
「ゴールデンチョコレートじゃなかったの?」
「それだけじゃないよ。あと五個くらいは選びたいなー。百円セールだし」
「結構食べるんだね、九条さんって」
別に悪気はなく。
そんなに細いのによく食べるんだと、驚いたつもりで言ったのだけど。
彼女は少しムッとする。
「……いっぱい食べる女子ってやっぱり嫌だよね」
「え、そういうわけじゃないよ。美味しそうにご飯食べてる九条さんも俺は……あ、いや」
俺は。
思わずとんでもないことを口走りそうになった。
美味しそうにご飯食べてる九条さんも俺は。
好きだよ。
そう言いかけてやめた。
当然、恥ずかしくて言えるわけがない。
「……やっぱり嫌、かな」
「そ、そうじゃなくて。ええと、九条さんが美味しそうに喜んでたら、その、俺も嬉しいというかなんというか、ええと」
「あ、うん、それなら、うん、まあ……」
と。
互いに気まずくなってしまった。
言葉を失ったまま、列に流されて前に進み、ガラスケースに並ぶドーナッツの前に立つと、彼女も俺も、無言でそれを選んでとっていく。
そして会計の時。
千五百円と表示されたレジの金額を見て、俺も九条さんも緊張のせいで多く取りすぎてしまったことに気づく。
ただ、返品なんてできないし、後ろも混んでいたのでそのまま支払って。
大量のドーナッツを席に持ち帰った。
「……結局いっぱいあるね」
「どうしよう。五個くらいの予定だったのに」
「余ったら、すずねのおみやげにでもするよ。どうせなんだから好きなだけ食べよう」
「う、うん。そうだね」
隣同士に座って。
通りかかる人が二度見するくらいテーブルいっぱいに並んだドーナッツを二人で食べる。
ただ、それだけのことが嬉しくて。
「うん、おいしいね。なんか数を気にせず食べるのもいいかもね」
「だね。おいしいー。次はこれ食べちゃおっかな」
「やっぱり九条さんが美味しそうに食べてるところ、可愛いよ」
「……え?」
「……あ」
つい、言葉が漏れてしまう。
可愛いって、言ってしまった。
「あの、ええと、宮永君、それって」
「あの、ええと、別に、ご、ごめん変なこと言って」
「……」
「……」
照れくさくて目を伏せる俺。
同じく、気まずそうに下を向く彼女。
しばらく沈黙。
やがて、前の席の人が席を立ってどこかに行く。
お昼時の時間を終えた客が次々と席を離れ、段々と席がまばらになっていく。
そんな時、彼女が重い口を開く。
「ええと、ドーナッツ、食べないの?」
「う、うん。食べよっか」
「早くしないと、冷めちゃうよ?」
「……ぷっ。九条さん、元々あったかくないって」
「あ、そ、そうだね、えへへ」
彼女が少しおかしなことを言ってくれたので、少し和んだ。
また、二人でドーナッツを手に取る。
「食べたら、次どこに行く?」
「ゲームセンター行きたい。ぬいぐるみほしいから」
「じゃあ、そうしよっか。そうだ、よかったらクレーンゲームのコツ、教えてあげるよ」
「ほんと!? うん、じゃあお願い」
「おっけー。かわいいの、あるといいね」
「うん!」
ようやく、デートらしくなったかなと。
しかも次は俺の得意なゲーセンだし。
ちょっといいところ見せて。
……人のいないとこで、ハグしたいなあ。
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