第15話 九条さん、おこ
〇
「あー、最悪。席が全然空いてなかったしー」
「まあまあミクったら落ち着いて。ここのパスタもおいしいよ?」
フードコートに入っていくおにいたちの後を追ってみたものの、席がなかったためにそこでの食事を断念し、代わりに向かいのパスタのお店で二人でランチ。
ここにした理由は別にパスタが食べたかったからとかじゃなくて、フード―コートの出入り口がよく見えるからだとか。
こういうストーカー慣れしてるとこも、ミクのダメなとこなんだよなあ。
「まだ出てこないわね。も、もしかしてあの中で既に!?」
「既にご飯は食べてるかもねー」
すごいなあほんと。
どうしてそんなバカみたいな発想が次々と沸いてくるんだろう。
この子、小説家にでもなった方がいいんじゃないかな?
「あ、出てきた! 早く食べて後をつけるわよ」
「はいはい。でもデザートまだきてないよ」
「あー、なんでデザートなんか頼んだのよー」
「頼んだのはミクだよー」
せっかく監視できるポイントを見つけたんなら、飲み物だけ頼んですぐに出れるようにしとけばいいのにというのは、彼女が嬉しそうに食後のデザートを頼む前から気づいてたけど。
まあ、黙ってて正解かな。
おにい、ゆっくり楽しんでね。
♠
「わー、いっぱいあるー!」
ここのゲーセンは街の個人店より数段大きく、ゲームのバリエーションも格段に多い上、もちろん景品も充実している。
流行りのアニメのフィギュアや、特大サイズのぬいぐるみなんかもたくさん。
もちろん九条さんは、かわいいぬいぐるみにしか興味がない様子だけど。
「ネコだー! あのネコほしい!」
「わー、またでっかいなあ」
人間の子供サイズくらいあるぬいぐるみを指さして。
子供みたいにはしゃぐ彼女は、絶対にこれがいいと言ってガラスケースのむこうをかじりつくように見ていた。
「じゃあ、頑張ってみるよ。ついでに、やり方も教えてあげるね」
「あれー、宮永くんじゃん」
俺がお金投入口に百円を入れようとした時、聞き覚えのある声がした。
「あかねさん? どうしてここに?」
「いやあ、休日はここでバイトしてるのよ。あっちの店、休みの日はバイトいらないっていうからさ」
俺がいつも通っていた隣町のゲーセンの店員、あかねさんだ。
「あれ、その子ってこの前うちに来てた子じゃん。なんだ知り合いなんだ」
「え、まあそうですね」
「もしかして、彼女とかー?」
「そ、そんなんじゃないですよ! 友達です」
九条さんがいる前でなんてことを言うんだと、少し大きめな声で否定した。
せっかくいい雰囲気だったのにこんなことで気まずくなったんじゃたまらない。
「あはは、照れてる照れてる。じゃあごゆっくりー」
言いたいことをいって、さっさとあかねさんは仕事に戻っていった。
やれやれ、あの人もすずねタイプというか、壁ってもんが全くない人種だよなあ。
「ごめん九条さん、ちょっと知り合いだったから」
「……ぷいっ」
「え?」
「ぷいっ」
「……」
あからさまに、彼女が怒った素振りを見せる。
ていうか、自分でぷいって言っちゃう人、初めてみたけど。
「あのー、どうかしたの?」
「別に。友達だもんね、私たち」
「そ、そうだけど、それが何か?」
「いい。それより早くとって」
「う、うん」
なんで不機嫌なのかはわからないけど、あれこれ質問しても無駄というか、逆効果な気がしたので気を取り直して目の前の景品をとることに集中する。
「(そんなに否定しなくてもいいじゃん……)」
後ろで彼女が何かつぶやいた気がしたが、その時には既にアームを動かしている最中だったので何といったかまでは確認できず。
一回目のチャレンジは失敗した。
「あー、おしいー。やっぱり難しい?」
九条さんが心配そうに見てくる。
よほどこの特大ネコがほしいのだろう。
でも、俺なら大丈夫。
「まあ見てて。あと二回もあれば獲れるから」
二回目のチャレンジ。
さっきは掴みやすいようにするために、わざとぬいぐるみを横に倒すために百円を消費しただけで。
続いて狙うのはタグの部分。
多分ぬいぐるみ自体は大きすぎてアームでつかめないし、重さで落ちてしまう。
だからこそのタグ。
細い隙間に引っ掛ける。
引っかかったら勝ちだ。
「……よし、いけた」
「え、うそ、ほんと?」
やはりゲーセン通いを趣味と豪語しているだけのことはある。
思ったより早く、二回のチャレンジで景品をゲット。
無事九条さんの手元にお届けすることができた。
「はいこれ。ちょっと大きいよ」
「やたー! すごいすごーい!」
はしゃぎながらぎゅっとそれに抱きつく九条さんは、あまりの嬉しさのせいか、その辺にいたおばさんに「やりましたー!」と声をかけていた。
やがて落ち着きを取り戻した彼女は、そのネコにすりすりと頬ずりしながらも、その大きさに戸惑っていた。
「ええと、どうしようかなこれ」
「さすがにこれを持って買い物ってわけにもいかないもんね。荷物も増えたし、今日は帰る?」
「うん。でも、よかったら晩御飯も一緒に、ど、どうかな?」
「え、うんいいけど。じゃあ一旦荷物を置きに帰る?」
「そだね。私のおうち、結構近いから」
というわけで一度ショッピングモールを出ることに。
大きめの袋をもらって、ぬいぐるみを俺があずかると、少し寂しそうな顔をする九条さん。
はは、可愛いなあ。
ほんと、めちゃくちゃ可愛い。
こんなに女の子っぽくて、怖いなんて要素が一切ない彼女が最恐なんて言われてるのはやっぱりいただけない。
今度学校で真壁にでも相談してみよう。
あいつなら結構発信力もあるし、皆の誤解を解くきっかけになるかもしれないし。
「あれって、あの九条龍華だよなー?」
「うわっ、マジモンじゃねえか。しかも男と一緒か?」
「違うだろ、あれは多分九条のパシリだよ。なんか町中に手下がいるって噂だぜ」
エスカレーターで一階に降りている途中。
そんなことを言う連中が後ろにいた。
大きな声で、聞こえるように。
多分九条さんを挑発している。
「……」
「九条さん、気にしなくていいよ。ああいうのはほっとこ」
「うん」
エスカレーターがいつもより長く感じる。
早く下につかないかなと。
そう思っている時にまた後ろから。
「でもよ、九条ってビッチらしいぜ。やらせてくんねえかなー」
そんな言葉が聞こえた。
もちろん、そんなはずはないとわかっていたし、俺は気にしてもいなかったけど。
「違う……」
「く、九条さん?」
「違うもん!」
「わーっ!」
彼女が。
エスカレーターの手すりを、苛立つ様子で思いきり叩いた。
すると。
手すりが陥没した。
そして、エスカレーターが止まった……。
その反動で投げ出されそうになった俺たちは、幸い下の方にいたのでそのまま一階に着地。
でも、まだ真ん中くらいにいた連中は腰を抜かし。
あまりの衝撃的な出来事に目を丸くしていた。
「ど、どうしよう……エスカレーター壊しちゃった……」
「え、ええと、店員さんのところに謝りに行こう? 俺もいくから」
「う、うん」
怪我人がいなくてよかったと。
少し涙を浮かべながらほっとする彼女はしかし。
さっき自分の悪口を言っていた連中の方を睨みつける。
「や、やばい殺される……」
「に、逃げろー!」
止まったエスカレーターを逆走するように二階に逃げていく輩たち。
そんな情けない連中を見上げながら、彼女はムッとした表情で一言。
「私、処女だもん……」
そういって、またグスンと。
涙を浮かべながら少し鼻をすすった。
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