第16話 九条家へ突撃

 突然のエスカレーターの停止事故。

 それに駆け付けた店員に、九条さんは急いで頭を下げる。


「私が壊しちゃいました」


 しかし、そんな言葉を誰が信じるものか。

 どうやってエスカレーターって壊すんだよって、誰だって思うはず。

 目の前で見た俺ですら信じられない。


 ただ、事実である。


 だから何度も店員に謝り続ける彼女をみて、店員も困った様子だった。


 やがて、監視カメラの映像なんかも確認したそうだけど、彼女が手すりに手を置いたようにしか見えず、それで壊れたとは到底考えにくいという判断から、不問とされた。


 それに関して俺はホッとする限りだったけど、九条さんは納得がいっていなかった。


「私が壊しちゃったのに……どうしよう」

「で、でももしかしたら元々古かったからかもしれないし。ほ、ほら、やっぱりエスカレーターが叩いたくらいで故障なんておかしいから」


 フォローするつもりでそんなことを言ったけど。

 言いながらまずいと、すぐに気づく。


「やっぱり、私っておかしいんだ……こんな怪力女、おかしいよね。うん、変だもん絶対……」

「あ、いやそういうわけじゃなくて」

「私、帰る」

「え?」

「……えーん!」

「あ、待って!」


 突然のロケットスタートを見せた。

 そのまま、物凄いスピードで彼女はどこかに消えていった。


 ネコ、どうすんの?



「あーあ、最後どうしちゃったのよおにいったら」

「ふっ。エスカレーターの事故に巻き込まれて興醒めだなんてあっけない幕切れね。ざまあないわ、九条龍華」


 なぜか得意げなミクは、泣きながらどこかに消えていく九条さんをみて不敵に微笑む。


 ほんと、人の幸せを願えないやつは幸せになれないぞと、この子に教えてやりたい。


「まあ、今日はお開きってことで解散するわよ、ミク」

「え、今から傷心のおにいさんのところにいってNTRって展開は?」

「ありません」


 この物語にNTRなんてありません!

 ……ってなんの話してんだろ私。


 それでも執拗におにいのところに行こうとするミクを家に連れ帰るのに手こずってしまい、おにいの方が先に、帰宅していた。


「ただいまー」

「ああ、おかえりすずね。おそかったな」

「おにいこそ、九条さんとデートだったのに晩ご飯おうちで食べるつもり?」

「いや、まあ色々あってな」


 色々。

 その色々を結構見てしまったことは伏せておこう。


 でも、おにいが傷ついてることを知っていてよかった。

 知らないまま、「おにいなでなでしてー」とか、甘えたりしてウザがらせてもいけなかったし。


 ある意味でミクには感謝かなあ。

 まあストーカーなんて絶対に容認しないけど。


「ねえおにい。よかったら夕食いかない? 私、今日は外食の気分だなー」

「いいけど、何か食べたいものとかあるのか?」

「うーん。ラーメンでいいよ安いし」

「よし、じゃあ着替えてくるから準備して出かけようか」

「わーい」


 最近は、九条さんにおにいを譲りっぱなしで構ってもらってなかったし。

 今日だってミクの暴走を止めるために半日頑張ったんだし。


 それくらいのご褒美はあってもいいかな。



 おにいとやってきたのは近くのラーメン屋。

 ただ近いというだけの理由で選んだお店だけど、結構おいしいので気に入ってるところでもある。


 ただ、おにいのテンションが低い。

 無理して笑ってても、顔が引きつってる。

 ほんと、ちゃんとしてよね九条さんも。

 おにいのこと、とっちゃうぞ。


「なあすずね、お前はコンプレックスとかあるか?」

「なにそれ、硬水?」

「それはコントレックスだろ」

「あはは冗談冗談。いやあ、私はあんまり他人の目とか気にしないから。それがどうしたの?」

「……」


 どうしたのと訊いてみたけどそれが何を訊きたい質問なのかはわかりきっていた。

 九条さんのこと、だろう。


 彼女、どういうわけかこの界隈で最恐とか伝説レジェントとか、そんな呼ばれ方をして恐れられてるみたいだけど、多分そう勘違いさせる何かがあるのだろう。

 それを彼女も気にしてて。

 そんな彼女をおにいは心配で。


 なるほどなるほど、実の兄の恋愛相談ですか。

 萌えるー。


「九条さんのことだよね?」

「え、うん、まあ。あの子、ちょっと自分のことで悩んでるみたいだから」

「九条さんがもし、何か自分の欠点とやらで悩んでたとしても、それを受け入れてくれる人がいればいいんじゃないかな?」

「もちろんそうなんだけど。中にはそう思わないというか、誤解したまんまの人もいてさ。そんな風に周りに思われてる自分が嫌って感じで。見ててかわいそうだなって」


 さてさて。

 それじゃあ九条さんは一体何で悩んでいるのか。

 もちろん他人のコンプレックスを妹とはいえ他人にぺらぺら話すようなおにいじゃないから聞かないけど。


 ……髪の色? だったら染めたらいいのにって思うのは、安易なのかな。

 もし、そうじゃないとしたら……喧嘩に強いこととか?

 いや、そもそも彼女が喧嘩なんかするのかな? ぬいぐるみをとってはしゃぐような人が、そんな乱暴なことを好んでするとは思えないけど。

 うーん……そうだ!


「ねえおにい。ご飯食べたら一緒に九条さんのところに行かない?」

「え、行くって……家に?」

「そうそう。玄関に置いてたぬいぐるみも、彼女のでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ決まりね。遅くなったらいけないから早く食べよ」

「う、うん」


 ちなみに。

 できた妹を自称する私は、九条龍華の家がどこなのかという情報についても既にゲットしている。

 ていうか、彼女はあまりに有名人過ぎて、以前彼女の家の前を偶然通った時に友人の一人が、「ここがあの九条龍華の家らしいよ」って言ってたから知ってるだけで。

 近くまで見送った時もそのすぐそばで別れたし多分間違いないだろう。


 まあ、おにいがビビらなかったらいいけど。



 急遽、九条さんの家にすずねと二人で向かうことになった。

 妹なりに、彼女のことで悩む兄を心配してくれているのだろう。

 そういう好意は素直に受け取るのも、兄妹仲が円満である秘訣。

 遠慮はしない。でも感謝はする。

 すずねがいなかったら多分、今日一日九条さんのことを考えて夜も眠れなかっただろう。


「もうすぐ着くよ」

「でも、よく彼女の家を知ってたな」

「有名人だからね彼女は。私くらい友達が多いと自然とそんな話も入ってくるだけ」


 全くかかわりのない赤の他人。

 しかも中学生なんかの間でも噂されるくらいに九条さんの評判は広まっている、ということか。


 ……全く、いい加減にしてあげてほしい。

 それで彼女は傷ついてる。

 でも、今日のエスカレーターの件とかもすぐに広まりそうだし。

 どうにかなんねえかな。


「あったわ、あれよ」

「……あれって?」


 すずねの指差す先。

 そこにあったのは、大きな門。

 瓦の屋根がついた、少し古そうなそれは、いつも通りかかる時に気にはなっていたが。


 まさか、ここが九条さんの家?


「すずね、ここで間違いないのか?」

「うん、道場やってるみたい。なんでもお爺さんがすごい人だとかって噂は聞いたことあるよ」

「……」


 なるほど、といえば彼女にしたらなのかもしれないが。

 九条さんのあの異様なまでの強さの理由が、少しだけわかったような気がした。


 もしかして、そのおじいさんとやらに鍛えられてああなったとか。

 それならおじいさんってどんな強さなんだ?

 俺なんかが訪ねていって、大丈夫なのか?


 ちょっと腰が引けたけど、さすがにここまで来て帰るという選択肢もなく。


 恐る恐るその門の前に立ち、玄関のチャイムを鳴らす。

 

 

 

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