第17話 九条さんに思ってること

「はい、九条です」


 女性の人の声が、インターホンから。

 九条さんに似た、でももう少し大人っぽい声だ。


「あの。九条龍華さんの友人の宮永と言います。龍華さんはいらっしゃいますか?」


 少し緊張気味にそう聞くと。

 ギイッと重い音を立てながら門が開く。


「どうぞ、中へ」


 そう言われ、俺たちはそのまま中へ進む。


「自動で開くなんて、すごいな」

「九条さん、お金持ちなのかな。じゃあ、逆玉だ」

「なんの話だよ。今から仲直りのために話にいくだけだ」

「はいはい」


 お茶目なすずねは、なんでもかんでもすぐに恋愛に結び付けたがる癖がある。

 そういえば初めてミクちゃんが家に来た時も「おにいのタイプじゃない?」とかいってたっけ。

 まあ、友人の妹をそんな目でみるのもなと思ったし、実際可愛いとは思ったけど接点も少なかったからそのままで。

 すずねもミクちゃんを推してくることはなくなったから、やっぱりあれも冗談だったのだろう。


「失礼します」


 門の先にある和風の家の玄関の引き戸をガラガラと開けて。

 すると、奥から和服を着た綺麗な人がやってきた。


「あら、龍華のお友達の方なんて珍しいわね。どうぞ中で待ってて」

「あ、あの」

「あ、ごめんなさい。私は龍華の母です。どうぞどうぞ」


 出迎えてくれたのは九条さんのお母さん。

 どことなく彼女に似た、やはり明るい髪の色をした美人。

 それに見事な和装とあって、少し俺の緊張は高まる。


 通されたのは入ってすぐの和室。

 床の間には「悪霊退散」と、達筆で書かれた掛け軸がかけられている。

 ……霊媒師の家系なのかここ。


 しかし人様の家は落ち着かない。

 

 広い居間に高そうな盆栽や焼き物。

 それらが並ぶ光景にそわそわしながら正座して待っていると、やがて奥から足音が聞こえる。


「あ、二人ともどうしたの?」

「九条さん!」


 九条さんだ。

 別れ際に悲しそうな顔をしていたけど、今はすっかり普段通りの彼女だ。

 よかった、なんか安心する。


「いや、さっき急に帰っちゃったから心配で」

「それで、わざわざ来てくれたの?」

「う、うん、まあ」

「そっか……うん、ごめんね急に帰っちゃって」


 今日あったことを思い出させてしまったのだろうか。

 また、悲しい目をする九条さんを見て、話題を変えようと慌てていると。


 すずねが口を開く。


「ねえ九条さん、九条さんのお家って今も道場をやってるんですか?」

「え? まあ、昔やってたみたいだけど」

「じゃあ、今は何もしてないんですか? こんなに立派なおうちなのに」

「うん、おじいちゃんがやってた頃の名残で。両親は別に格闘技とかしてないよ?」

「そっかあ。ふーむ」


 すずねは訊き終えると顎に手を当てて探偵みたいに考え込む。

 何かわかったのだろうか? いや、あてが外れたのか?


「ねえ宮永君、その袋は?」

「あ、ああ。さっきとったネコだよ。九条さんが置いて行ったから」

「わあ……届けてくれたんだ、嬉しい」


 九条さんは思わず、そのぬいぐるみをギューッと抱きしめた。

 可愛い。実に可愛い。


 でも、こうして彼女が喜んでくれるだけ幸せな気分になるなんて、俺も随分と惚れてしまったものだ。

 彼女の為人を知れば知るほどに好きになっていく。

 だというのに、彼女は自分のことをあまり好きじゃないみたいだから。


 俺はそうじゃないよって、ちゃんと言わないと。


「すずね、ちょっと彼女と二人で話がしたいんだけど」


 九条さんがぬいぐるみに夢中になっている好きに、小さな声ですずねに訊く。


「がってんしょうちのすけだよおにい。私は帰るから、あとは二人でよろしく」

「ああ、頼む」


 すずねは皆までいわなくとも言いたいことを理解してくれる。

 さすが我が妹だ。


「じゃあねー九条さん」


 すずねは、あっさりその場から去る。

 そして広い居間に九条さんと二人っきり。

 また、緊張が走る。


「……ええと、今日は楽しかったよ。ありがとね九条さん」

「わ、私が途中で帰ったこと、怒って、ない?」

「ぜ、全然怒ってないよ! それに、俺もちょっと無神経なこと言ったかなって、反省してる……」


 エスカレーターを叩いただけで故障させるなんておかしい。

 そんな言葉で彼女を傷つけたのだとしたら、やっぱりそれは俺が悪い。

 一番気に病んでるのは彼女なんだから、もっと他にかけてあげるべき言葉があったんじゃないかと。


「宮永くんは悪くないよ……私が変なんだもん、やっぱり」

「そ、そんなことないよ。九条さんは変じゃない」

「変だもん。抱きついただけで宮永君を気絶させちゃうし、地団太踏んだらタイルが沈没するし、緊張して手すり掴んだら折れ曲がっちゃうし、今日みたいにイライラして力を込めただけでなんでも壊れちゃうし……」


 彼女のその力の源が何か、俺は知らない。

 でも、そのことで彼女は今までずっと傷ついてきたのだろう。

 いわれのない噂を流されて、ずっと陰で泣いてたんだろう。

 そう思うと、悲しくなる。

 悲しそうな彼女の顔を見ると、辛くなる。

 抱きしめたく、なる。


「九条さん」

「……え?」


 俺は。

 そっと、九条さんを抱きしめた。


「九条さんは何も悪くないよ。怖くないよ。九条さんと、もっとこうやってハグして、もっといっぱい話して、もっとぬいぐるみプレゼントしてあげたい。だからそんなに悲しい顔しないで」

「宮永君……」

「九条さんときゅってしたら、いつもいい香りがするから俺、ハグするの好きだよ」

「……うん。きゅっ」


 九条さんの手がそっと俺の背中に回る。

 添えるように、優しく俺を包む彼女の腕は少し震えていた。

 でも、自然と怖さはなかった。


 彼女にだったら、このままぎゅっと締め付けられて背骨を折られたってかまわない。

 今、こうしていられることがすごく幸せだから。


「明日、また一緒にゲーセン行こう」

「うん。じゃあその後でおうち寄っていい? また、すずねちゃんに料理教えてもらいたい」

「いいよ。いつでもきてくれていいから」

「うん……」


 こうして。

 九条さんと仲直りができた。

 

 しばらく彼女と抱き合ったまま。

 やがて夕陽が沈み、辺りが暗くなっていくのを感じてそっと彼女から離れて。


 少し冷静になって、急に恥ずかしさが押し寄せてきてしまって。


 彼女に「また明日」と伝えてから、九条さんの家をあとにした。

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