第18話 気合いを入れてみた


 居間にて。


 宮永くんが持ってきてくれたネコと二人。


 私は、悶えていた。


「にゃーっ! すっごくハグ気持ちよかったー! 宮永君いい匂いしたー!」


 さっきのハグを思い出して。

 ネコのぬいぐるみにしがみつきながら悶絶。

 もう、頭が蕩けそうです。


「こら龍華、近所迷惑でしょ」

「あ、お母さんごめんなさい……」

「で、あの子は? もしかしてあんたの彼氏」

「かかかか、彼氏!? かれ、かれれ、彼、し……」


 母の直球な質問に私はまた、赤面する。

 もちろん彼は私の彼氏ではないけど。

 でも、今の状況ってきっといい方向に進んでるはずだから。

 だから余計になんと答えたらいいか全くわからずにテンパる。


「あー、そういう感じね。よかったじゃない、優しそうな子で」

「そ、そうだよね? 宮永君はね、すっごく優しくて、かっこいいなって思ってて、それでね、あのね」

「はいはいストップ。私、別に娘の恋愛話を赤裸々に告白されたいとは思ってないから好きにしなさい」

「訊いてくれないの?」

「訊かない。その代わり口出しもしないから勝手にどうぞ」

「……つまんない」


 本当は今すぐ誰かにこの状況を相談したかった。

 実の母でもいいから、家に来てくれた彼とハグして明日も遊ぶ約束をしたという現状が、彼との両想いを確信していいことなのかどうかを訊きたかった。


 でも、母はこういう人だから断固拒否。

 早く風呂に入れと言われて、そうすることにした。


「あー、みやながくーん」

 

 湯舟に浸かってリラックスした時にも、彼の名前が口からこぼれる。

 それくらい、私の頭の中は彼でいっぱいだった。

 

 こんな怪力女で、周囲から化物みたいに扱われる私のことを真っすぐ見てくれる宮永君。

 大好きです。

 もう、彼の為に何でもしてあげたいって思っちゃってる。


 でも、見てる感じだと彼は誰にでも優しそうだし。

 妹のすずねちゃんとも禁断の愛を感じさせるほどに仲がいいし。

 この前はすずねちゃんのお友達もいて、彼女も宮永君を好きなみたいだし。


 あー、私だけを見てくれないかなあ。

 でも、今日のはさすがに進展ありだよね?

 一歩リードだよね?


 うん。そうに違いない。

 明日も一緒って約束したし。

 なんか楽しいなあ。

 毎日ずっと、一緒にいたいなあ。



「にゃーっ!」

「おにいどうしたの?」

「ご、ごめんすずね。いや、ちょっと色々思い出して悶絶してた……」


 ついさっき。

 九条さんとの甘いハグハグタイムを経て帰宅した俺は。

 なんかすんごい恥ずかしいことをしてたんじゃないかと我に返って部屋で悶絶。

 キザだったよなー俺。なんかかっこつけて変なこと言ってないか心配だよ。


「おにい、九条さんとは仲直りできた?」

「ま、まあなんとか。それに明日も遊ぶ約束したんだ」

「ふーん。で?」

「で? って……。それにうちにまた来たいって言ってたぞ」

「ほーん。で?」

「いや、だからなんだよそれ。別に、それくらいしかないって」

「……なるほど、こりゃあ荒療治が必要だわ」

「な、なんの話だ?」

「いえいえこっちの話。おにいも今日はお風呂に入ってゆっくりしてね」

「あ、ああ」


 すずねは部屋から出て行くと、その後は自室にこもったままだったのか、今日は姿を見せることはなかった。



 さてと。

 そろそろ九条さんがこの生殺し状態に耐え切れずSNSで質問を立ち上げているはず。


 どれどれ……あ、あったあった。


『今日、同級生の男の子とハグして、明日もデートの約束をしたんですけどこれって向こうは私に気があるってことで間違いないですよね?』


 ……なんか質問の内容に進歩がないなあ。

 それにこの前はもっと積極的に行けって意味でいじわるなこと書いちゃったけど、多分ああいうのに敏感に反応して傷つく人だってわかったから、今日はフォローしといてあげよっかな。


『脈はあるんじゃないかなと。でも、いつまでも同じような関係が続くとそのうち友達としてしか見られなくなるので早いうちに勝負に出ることをお勧めしますよ』


 まあ、これが私の本音。

 早く素直になればいいのに。

 どう考えても両想いなのに。

 なにやってんだろう二人ともって感じ。


 お、返事が来た。

 ていうかこんなとこに書き込みしてる前におにいにラインの一つでもしなさいよ。


『でも、そこまで進展しても何もないってことは逆に向こうは私の事をそういう目で見てないってことになりませんかね? 心配です(´;ω;`)ウッ…』


 ……。


 いやあネガティブ出てるなあ。

 ちょっとめんどくさいなあ。

 でも、恋する乙女ってみんなこんな心境なのかな。

 私がサバサバしすぎてるんだろうな、きっと。


 ……。


『そんなことないですよ。向こうも緊張してるだけですから。それこそ手を繋いでみたらどうですか? さすがにそこまですれば主様の好意も相手に伝わるでしょう。あと、気分転換に髪型でもかえてみては? 相手の人もその新鮮さにドキッとするかも?』


 なんでここまでお膳だてしないといけないのか。

 やれやれ、できる妹は大変だぜい。


 とまあ、一息ついたところで彼女の書き込みも途絶えたので、就寝。


 おにい、明日は手をつなぐくらいのことはしておいでよ。



「おはよう」


 朝の教室で。

 今日も変わらず九条さんは、淡々とした様子で一言だけ朝の挨拶を呟く。


 しかし今日の挨拶に特段変わったところなどないのに教室はまた凍り付いていた。


 おそらくだが、その原因は彼女の見た目の変化によるものだろう。


 いわゆるシニヨンヘアと呼ばれる、束ねた髪を後ろにお団子でまとめた髪型。

 それがまたよく似合う。

 もともとうなじを意味する言葉から来たヘアースタイルだけあって、彼女の白いうなじがとてもセクシーだ。


 と、見蕩れているのはどうやら俺だけのようで。

 他の連中は彼女に聞こえないようにこんな言葉をささやいていた。


 『戦闘スタイル』


 彼女がこの髪型をする時は決まって大きな決戦があるのだと。

 ちなみに上級生を殲滅した入学式のあの日(実際は勘違いだが)も、この髪型だったそうで。


 多分入学式だからおしゃれしただけなのだろうと理解してるのは俺一人。

 他の連中は皆、揃いも揃って震えていた。


「お、おはよう九条さん」


 席に着く彼女に俺は声をかける。

 その瞬間、俺の行く末を見届けるようにクラスが静まり返る。

 ……見られてると緊張するな。


「おはよう、宮永君」

「髪型変えたんだね」

「え、うん。まあ、気分転換に。ど、どうかな?」

「うん、すっごく似合うよ。可愛い」


 あ……と。

 言ってから、少し恥ずかしくなる。


 可愛いって、言っちゃった。

 本音が漏れてしまった。


「え、か、かわ、いい?」

「え、ええと……その、髪型、すごくいいなって、あの」

「……」

「……」


 やっぱり、気まずくなってしまった。

 昨日みたいなことがあったせいで、勝手に気持ちが盛り上がってしまっているのか、恥ずかしいことをまた言ってしまった。


 九条さんがリアクションに困ってる。

 どうしよう……なんとか話題を逸らさないと。


「あ、あの。その髪型って、結構時間かかるんじゃないの?」

「え、うん、まあ。でも、見せたかったというか」

「見せたかったって、みんなに?」

「……宮永くんに」

「え?」

「あーもうやだー!」

「わっ!」


 みるみる顔が赤くなっていく彼女は、何かに耐え切れなかった様子で机をバーンと叩いて立ち上がると、そのまま教室を飛び出していった。


 そして、見ると彼女の机の脚がまるでゾウが踏んだかのようにへし折れていた。

 

 破壊された机と、ものすごいスピードで走り抜けていく彼女をみて、クラスのみんなはさっきまで以上に震え上がり。

 恐怖で立てなくなる連中や、貧血を起こす生徒が後を絶たず。


 その後すぐにやってきた先生も、九条さんの席が破壊されていることを見るや否や、「代わりの机をもってきますので」と言って逃げるように教室を飛び出して。


 また、自習になってしまった。

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